閑話 増える苦労人
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なお、ギルドマスターの名前は変更しています。
俺はザグル。
クラサンドの冒険者ギルドで、ギルドマスターをやっている。
正直自分は責任者をやるような柄じゃねーんだが、過去にSランク冒険者をやっていた関係で、ギルドマスターを押しつけられた。
ダンジョンで片目を失っていなければ、まだ冒険者をやっていたんだがなぁ……。
で、今日は休憩がてらに、酒場で一杯ひっかけて、これからギルドに戻るところだ。
決してサボりじゃねぇ。
あくまで休憩だ。
「ん……なんかギルドが騒がしいな?」
俺がギルドに戻ると、なにやら場が騒然としていた。
何か事件でもあったのか?
なんだか……急に酒場へと戻りたくなったぞ……?
しかし責任者としてはそうもいかないので、ギルドの中を覗き込む。
中で誰かが乱闘している──という訳でも無さそうだな。
ちょっと前にも、小さな女の子が暴れて色々と破壊したと聞くが……。
ふむ……どうやら冒険者や職員が、何事かを興奮した様子で話し合っているようだ。
そういや、ドラグナが60階層に挑戦していたはずだが、それが成功したか……あるいは失敗して未帰還になったか?
「あ、マスターっ!!
いいところにっ。
75階層を突破した者が現れましたっ!」
「はあっ!?
……ドラグナの野郎、そこまで行ったっていうのか!?」
受付をやっているシェリーの報告に、俺は度肝を抜かれた。
つい最近まで、50層を攻略するのにも手こずっていたのに、なんだそれ!?
だが、驚くのはまだこれからだ。
シェリーは声をひそめて、信じがたいことを告げた。
「いえ……それが、新人の小さな女の子達が……。
3姉妹というパーティーです」
「……それはひょっとして、ギャグで言っているのか?」
「そういう反応になるから、あまり大きな声では言いたくなかったのにぃ……。
でも、事実らしいです。
ちょっと納品された物を見てください。
それで信用してもらえるはずです」
「お、おう……」
俺はシェリーに連れられて、納品された魔物達が保存されているという倉庫へ向かった。
解体場には入りきらなかったので、一時的に保管しているという。
倉庫の中は肉などの鮮度を保つ為に、魔法で低温が維持されている。
俺はそこに入った瞬間、全身を震わせた。
寒さの所為ではない。
驚愕によって──だ。
「こいつは……!!」
「……ね?
事実だったでしょう?」
そこには膨大な数の魔物の骸があった。
しかもその殆どは、全身が丸ごとあり、中には5mを超える巨人の姿まである。
こんなのは、物理的に持ち運べる訳が無い。
だから多くの冒険者は、持ち運べる重量を考慮して、貴重な部位だけを持ち帰ることも珍しくないのが現状だ。
まあ、大容量の空間収納があれば、その限りではないがな……。
つまりこの魔物達を納品した者は、その大容量の空間収納を持っているということだ。
とはいえそんな術者は、町に1人いればいいくらいのレアさだぞ?
更に言えば、見たことが無い新種の魔物も多い。
これは確かに、75層を突破したという話も頷ける……。
いや、この目で見ても信じがたいが……。
「ん……?」
魔物の死体の中に、黒焦げになっている物があった。
他のは比較的損壊が少ないのに、これだけは元の姿が辛うじて分かるといった感じだ。
それだけ激しい戦いを繰り広げた結果──ということなのだろう。
おそらくこいつが、今回納品された魔物の中でも、1番の強敵だったに違いない。
だが、それも当然だろう。
「まさか……こいつは魔族?」
「やはり……そう見えますか?
これの対応については、さすがにギルドマスターに方針を決めてもらわないとどうしようもなくて、査定の作業すら手を付けていません」
ん……まあそうだろうな。
これは一介のギルド職員の手には余る。
いや、俺の手にだって余るわ。
魔族──その可能性を否定したかったが、その黒焦げの死体には、確かな悪魔の特徴がある。
それによく見たら、黒焦げの死体の陰に小さな悪魔らしき死体が3体あった。
おいおいおいおい……!!
魔王が勇者に倒されたとされてから、約250年──。
一部の例外を除いて、魔族の姿はほぼ確認されていないはずだ。
その魔族が、このダンジョンの地下に潜んでいるというのか……!
いや……あるいは魔王と何か関係があるのか?
だとしたら、国に報告して指示を仰がなければならなくなる。
くっそ……面倒事を持ち込みやがって!
これから色々と、対策を話し合わなければ……。
その前に、これを持ち込んだ者に話を聞くのが先か?
「あれを持ち込んだやつらは?」
「疲れたから……と、宿に帰りました。
後ほど報酬を受け取りに来ると思いますが……」
「じゃあ、顔を出したら、俺と面談だ。
応接室に通せ。
あと、他に話が分かる奴はいるか?」
「ドラグナさんが、彼女らと途中で合流して一緒に帰ってきたとか。
まだ食堂の方にいたはずですが」
「すぐに呼べ。
色々と聞きたい。
あと、査定の作業を急がせろ。
最低額だけでもいいから、出してくれ。
それによっては、大幅なランクアップも考慮しなければならん」
「は、はいいっ!」
これから数日は、眠る暇すらも無くなるぞ……!!
「あのレイとかいう娘とは、絶対に敵対するな……!」
応接室に呼び出したドラグナは、開口一番でそう言った。
「ん……?
どういう意味だ?」
「あれは俺が知る限り、この世界で最強の存在……だと思う。
もしかしたら魔王を倒した勇者というのは、ああいう存在だったのかもしれん」
「はは……そんな馬鹿な」
俺はそう否定したが、ドラグナは俺の顔をじっと見つめたまま沈黙した。
信じないのなら、これ以上話をするつもりはない……とでも言うかのように。
こいつ、本気だ……!
元々冗談を言うような奴ではないが、いつも以上にガチだ。
「そこまでなのか……?
確かにあの大容量の空間収納だけでも、常識外れだが……」
それに魔族を倒したのも、事実ではあるようだ……。
「彼女さえその気なら、単騎で国を滅ぼせるだろうよ。
だからこそ、なんとしても味方に抱き込め。
もしも彼女の逆鱗に触れるような事態が起きたら、俺は冒険者をやめて田舎に逃げるぞ」
「馬鹿野郎……俺には荷が重いわ……」
俺は思わず頭を抱えた。
「取りあえずSランクという立場を与えて、首輪にしたらどうだ?
本人は嫌がりそうだが、責任感が全く無いタイプには見えなかった。
それなりの立場があれば、自重してくれるかもしれん」
「む……そうするしかないか……。
あとは報酬をケチらないとか、待遇面で配慮するしかないな……」
俺はドラグナの提案を採用することにした。
だが、それで問題が解決した訳ではない。
場合によっては、もっと問題が大きくなる可能性だってある。
……全く頭の痛い話だ。
しかしこれはまだ始まりにすぎなかった。
これからレイという娘が、この町を救うという偉業を成し遂げ、そしてあっさりとこの世界から消えていくことになろうとは……。
この時点では、誰も予想できなかっただろうな……。