9 キエルの事情
ブックマーク・☆での評価、ありがとうございました。
なお、昨日は更新予定ではなかったのだけど、更新しています。
宿で出された夕食は、1度に大量の食材を調理してコストを下げているようで、なんか色々と煮込んだスープとパンだけだった。
他にメニューは無く、別料金で酒類があるだけだ。
どうやら貧乏な冒険者でも腹が膨れるように──というのがコンセプトらしい。
だから味については、冒険者ギルドの食堂から比べると明確に落ちるが、量はそこそこ多かった。
うん……何処かの新聞社の社員なら、難癖付けそうな味だな……。
これは予算に余裕があれば、町の料理店を食べ歩いて開拓した方がいいかもしれない。
前世でも『孤●のグルメ』の真似事は、よくやったものだ。
で、食事が終わると、キエルが何か言いにくそうにしていた。
「……どうしました? キエルさん」
「あ……え……と、今更なんだけど、うちとパーティーを組んで本当に良かったのかな……って」
本当に今更だな。
でも、彼女がそう言うからには、色々と問題があるのだろうな……。
「例の噂のことですか?
そもそも、どのような内容なのかは、詳しく知りませんが……」
「ああ……そうだね。
君達には話しておくよ……」
噂話の真相については、私も現場にいたのである程度知っていたが、私があの場から去った後に、キエルにとっての問題が生じたようだ。
「あの討伐隊は……結果的には古代竜の素材を手に入れることができたので、利益はあった……。
でも、実際には冒険者達は何もできずに、あわや全滅しかけた……。
それを失態だと考える者達もいてね……。
それで、不確かな情報を持ち込んだうちの責任だ……と、言い出す者も出てきて……。
結局、うちは町にいづらくなってしまってさ……」
ああ、その責任を求める声に尾ひれがついて、キエルの立場を悪くした訳か。
なんだよ、あの冒険者達!
こんな女の子に責任転嫁するような奴らなら、手加減なんかするんじゃなかった!
……しかしその噂が、この町にも伝わって、キエルを未だに苦しめているのだな……。
これはどうにかしないと、いけない問題だなぁ……。
「私達は気にしませんよ。
むしろ後ろ暗いところがあるのは私達も同じなので、もしもそのことであなたに迷惑がかかるようなら、遠慮無く切り捨ててください」
「そ、そんな!
うちはそんな薄情なことしないよ!」
「じゃあ……私達も同じです」
「そうにゃっ」
「レイちゃん……マルガちゃん……!」
私達の言葉に、キエルが涙ぐむ。
彼女にとって私達は、まだ得体の知れない存在であるはずなのに、私達の言葉を信じてくれたらしい。
正直、そんなチョロくて大丈夫か?……とも思うが、誰かにすがりたくなるほど精神的に弱っていたのかもしれないし、だからこそ私が守ってやろうと思う。
「取りあえずは、おかしな噂を吹き飛ばすほど、我々が大きな功績を挙げればいいのです。
所詮この世は、勝者の言葉の方が通りやすいのですからね。
だから明日から、ダンジョンの攻略を頑張りましょう」
「レイちゃん……年齢の割には、しっかりしているね……。
うん、頑張ろう!」
それから私達は、明日のダンジョン攻略について、色々と話し合った。
そういえばまだパーティー名を決めていなかったので、私の発案で「3姉妹」ということに決まった。
北欧神話の引用は中二病っぽいかもしれないが、自覚があってあえてしていることだから、指摘されても効かないんだぜ?
あ──さ──!
はい、新しい朝が来ましたね。
いよいよ待ちに待ったダンジョンに、挑戦する時がきましたよ。
私達は準備を整えてから宿屋を出て、現在はダンジョンの入り口に向かって歩いている。
ああ……憧れのダンジョンに、ようやく入れる。
前世で『ウィザー●リィ』や『ダン●ョンマスター』、『ディー●ダンジョン』等のゲームに慣れ親しんでいた私としては、かなり楽しみなのだ。
そんな訳でテンションが上がってしまい、いつの間にか鼻歌が漏れてしまう。
するとキエルが、思わぬ指摘をしてきた。
「あ、それ……うちの故郷でも流行っていた歌だね?」
「!?」
やっば、うっかりレイチェルと私が、初めて会った時に聴いた曲を歌っていた。
出身地が同じって気付かれたか?
だが、レイチェルの正体に繋がりそうな情報は、なるべく隠しておかなければならない。
なんとか誤魔化せ!
「ええ、私は歌が好きで、色んな地方の歌を知っていますよ。
たとえばこんなのとか……」
私は鼻歌を、「自分の顔を引き千切って他人に与える」という、ある意味猟奇的なヒーローの主題歌に切り替える。
「へ~、初めて聴く曲だね」
「レイ姉はよく歌ってるにゃ」
「はい、珍しい曲ならまだ何十曲もありますから、今度教えてあげますね」
アニソンなら任せておけ!
なんなら、『がん●れ!蜘●子さんのテーマ』だって歌えるぞ。
ふむ……この前世の知識を活かして、音楽で生計を立てるというのも有りかもしれんな。
異世界でアイドルをマスターするのも面白そうだ。
いや……あまり目立つと、正体がバレかねんな。
今は大人しく、地下に潜っていた方がいいかもしれん。
……っと、そんなことを考えていたら、ダンジョンの入り口を取り囲む、巨大な壁が見えてきた。