閑話 その後のゴブリン達
ブックマーク・☆での評価、ありがとうございました。
※本来のゴブリン語ではもっと片言ですが、今回は読みやすく翻訳されています。
俺、元ゴブリン王。
王からは、王の座に復帰しろって言われていたけど、正直言って彼の代わりなんて誰も務まらない。
だが、王は死んだ。
あの巨大な怪物──我らが一族の故郷を襲い、多くの仲間を食らったオオトカゲに、王は立ち向かって相討ちとなった。
それは神の如き偉業だった。
未来永劫、子孫に語り継がなければならないものだ。
だから偉大な王の存在を差し置いて、俺が王になる訳にはいかない。
精々代理だ。
それに王の存在は、まだ完全には滅んでいない。
俺は「北へ向かえ」という王の命令を無視して引き返し、王の遺体を回収した。
故郷の土地で、手厚く葬る為にだ。
遺体を箱に収め、定期的にゴブリン魔術師の冷却魔法で凍らせて、腐敗を抑えている。
これから故郷の土地までは、大急ぎで1ヶ月ほどかかるだろうか。
それまでは、王の遺体を腐らせる訳にはいかない。
その旅は、途中までは順調だった
しかし我々は、予想外の存在に出会ってしまう。
それは、スライムとキツネという、奇妙な組み合わせの二体だった。
我々はその二体を、外敵として排除しようとした。
だが、その二体は予想以上に強かった。
スライムは元々弱くはない魔物だが、それでも本来は魔法があれば余裕で倒せるような相手だ。
だがその桃色のスライムは、物理攻撃は元より、魔法攻撃も通用しなかった。
それでいて、スライムのくせに魔法まで使ってくる。
更に赤いキツネも、炎を操る難敵だった。
ただの動物かと思いきや、よく見れば尻尾が3本もある。
どうやらこのキツネも、魔物の類いであるらしい。
結果我々は、この二体に完全敗北することになる。
だが、誰も殺されなかった。
どうやらこの二体は、我々に対する害意がそもそも無かったらしい。
我々が勝手に敵だと思い込み、攻撃してしまっただけなのだ。
悪いのは我々なのに、それでも誰の命も奪わなかったことに関しては、感謝の念しかない。
だが、困ったことになった。
何故かその二体は、我々の旅についてきたのだ。
あれだけ強大な怪物なのだから、その意図が読めないのは怖い。
ただスライムは、「我々に出会えたことが、嬉しくてたまらない」という様子にも見える。
なにやらポヨポヨと陽気に跳ね回り、その喜びを全身で表現しているかのようだった。
まあ、言葉は使えないので、意思の疎通は困難ではあったが……。
そもそもスライムとは、知能が全く無い、本能だけで動く存在だったはずなんだがな……。
しかしそのスライムとキツネは、地面に描いた模様でしっかりと意思の疎通ができているようだった。
我々には理解できなかったが、「あ」とか「い」とかの無数の模様を組み合わせて、会話をすることができているのだから、もう意味が分からなかった。
そんな魔物なんて、見たことも聞いたこともない。
結局、我々についてくるその二体については、黙認する以外の対応策が無かったので放置していたが、これがいけなかった。
ちょっと目を離した隙に、凍らせておいた王の遺体を、スライムが食べてしまったのだ。
これには俺も怒った。
たとえ勝ち目が無くても、戦うことを決意するほどに──。
ところがスライムは、予想外の行動に出る。
「やあやあ、私は悪いスライムじゃないよ!
我が母の、仮初めの身体を保存しておいてくれてありがとう。
その身体に残った脳の記憶を解析することで、ゴブリンの言葉が理解できるようになったよ」
流暢に喋り始めたのだ。
そんなスライムなんて、初めてだ。
そしてスライムの話によると、彼女の母とも言える存在が王に取り憑いていて、今は別の身体に移動しているのだという。
彼女たちは、その行方を追っているらしい。
ちなみに、キツネは王の妹だそうだ。
うむ、全く意味が分からん。
いずれにしても彼女らにとっては、探していた存在の情報がようやく手に入った……と、物凄く喜んでいた。
その一方で、行き詰まった……とも。
「どうやらお母さんは、人間の世界に入り込んでしまったようだねぇ……。
魔物の我々では、人間の町の中に入り込んで探すのは難しいし、なんとか人間達と交流を持つ手段を考えないといけないなぁ……」
そこでスライムは、話を持ちかけてきた。
人間達と取り引きができるように、我々と町を作り、貿易ができるような産業を立ち上げたい……と。
我々には難しい話はよく分からなかったが、結果として王を再び我らの群れに呼び戻せるのならば、悪くない話なのではないか……とも思う。
まあ、キツネの方は、そんな回りくどい手段には不満のようだったが、闇雲に人間の町に入り込んで人間と敵対するようなことにでもなれば、最悪の場合は人間の姿を借りて生きている王までも敵に回してしまうかもしれない。
そうスライムに諭されて、納得したようだ。
我々も実力では敵わない二体には逆らうこともできないので、その話に乗ることにした。
王には「人間に関わるな」と言われていたが、仕方が無い……。
「じゃあよろしくね。
ちなみに私は、アイと名乗っておこうか。
こちらのキツネは私の叔母で、う~ん……そうだなあ、お母さんの妹だから、シスターのシスで」
それから故郷に辿り着いた我々は、アイ様の指導を受けながら、町を作り始めた。
アイ様は我々には想像もできなかった知識を持っており、それによって我々の生活水準は一気に向上する。
さすがは王の身内だ。
我々の繁栄は約束されたようなものだった。
だが、その変化のスピードは劇的で、我々にとっての「平和」とは少し程遠かったかもしれない。
アイ様は、我らに「日本語」という文字をはじめ、色々な教育を受けることも要求してきたし、彼女の期待に応えるのは、なかなか大変だった。
そして更に時は経ち、我らの生活に、更に大きな変化をもたらす存在が現れる。
それは人間の町から逃げてきた、元奴隷の者達だった。
彼らは追っ手から逃れる為に、普通の人間が踏み込まないような森深くに踏み込んだものの、森での生活経験も乏しい彼らは困窮していたようだ。
そんな時彼らは、我らの旅の形跡を見つけて追ってきたらしい。
食事に使った即席の竈の跡とか、そのまま残してきたからなぁ……。
それを人間が使ったものだと、勘違いしたようだ。
彼らは人間がいるのならば、食料を分けてもらえるのではないか──と、思っていたようだが、町に住んでいるのがゴブリンばかりだと知って混乱していた。
我らも人間達となれ合う理由も無いので、本来ならば彼らを皆殺しにして終わっていたはずだ。
しかしアイ様がそれを止めた。
そしてアイ様は、長い時間をかけて人間達の言葉を学び、彼らと意思の疎通ができるようになった。
その結果、アイ様は彼らから王に関する情報を得たらしい。
それからアイ様は、我らの町に人間達を移住させることを決めた。
彼女はその有用性に、目を付けたようだ。
つまり彼らを人間の世界に送り込んで情報収集をさせたり、我々が作り出した品を人間の町で売る為の人員として使ったりすることを考えたらしい。
ただ、その為にはまだ人間の数が足りない。
もっと多くの移民を受け入れることができないか……と、言い出したアイ様の為に、我々はもっと人間について学ばなければならなくなりそうだ。
取りあえず、言葉からだな……。
意思の疎通が出来なければ、同じ町で共生なんてできないし……。
なにやら更に忙しくなりそうだ……。
狩りの時以外はいつものんびりと寝ていることが多い、シス様が羨ましい……。
次回から第3章です。