32 反撃は続く
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●漁村に住む少女の視点
村の雰囲気は死んだようになっていた。
北の方で魔族との戦争が始まって以来、国の命令で海に出て魚を捕ることができなくなってしまったんだって。
それどころかいつでも避難できるように、準備しろと言われているそうだ。
父ちゃんと母ちゃんは……ううん、村の人はみんな、仕事ができなくて困っていた。
しかも万が一魔族が来たら、家も何もかも捨てて逃げなければならないって。
それは俺も困るなぁ……。
大体戦いが起こっているのは北なのに、この最南端の土地で「何故?」と思っていたんだよ。
どうやら国は、海からの攻撃を警戒しているらしい。
さすがにそれは心配しすぎなんじゃ……と感じたけど、70年ほど前には当時戦争をしていた帝国の工作員が海から現れて、海辺の村から人間を攫っていったということもあったそうだ。
そして実際、国の判断がは正しかったことを、俺は思い知った。
突然、避難警報が鳴り響く。
海から巨大な何かが接近してきているって!?
俺は慌てて家から飛び出す。
家は丘の上にあるから、見晴らしが良いんだ。
そこから見えたのは、クジラよりも大きな──しかしクジラではない化け物が、港に入ってこようとしている姿だった。
なんだ、ありゃ!?
海から来たのに、全体的には毛の長いウシって感じの姿だった。
ただし2本足で立ち上がっているし、腕はサルのように長い。
そして尻尾はヘビのような形をしていて、それがウネウネと動いている。
いくら魔物だとしても、ちぐはぐな印象をしているなぁ……。
まるで色んな動物を混ぜ合わせたような感じだ。
でも姿こそ不格好だけど、そいつが上陸してきたのは大事だぞ。
あんな大きな怪物が暴れ回ったら、村はあっという間に瓦礫の山になってしまう。
いや、俺達も早く逃げないと、命が無くなるな!
俺達は仕方がなく、村を捨てることにした。
だけど怪物は俺達を追ってくる。
動きは鈍そうだけど、身体が大きくて歩幅がある所為か、なかなか引き離せない。
これではいつか追いつかれる……と思った時、突然怪物が吹っ飛ばされた。
何事かと思ったら、さっきまで怪物がいた場所にメイドがいる。
あれは……犬型の獣人?
そいつがメイドの姿をしていた。
そのメイドが、起き上がった怪物を殴る。
その一撃で、怪物の身体は大きく揺らいだ。
信じられないことに、メイドは何倍も身体が大きな怪物を、素手で圧倒していた。
「凄ぇーっ!?」
俺はただただ驚くだけで、何もできず呆然としていることしかできなかった。
そして気がつくと、メイドはいなくなっていて、残されたのは怪物の死体だけだ。
もう何が起こったのか、理解が追いつかない。
だけど俺はこの時、決めたことがある。
「なあ……父ちゃん。
俺、将来メイドになる……!」
横にいた父ちゃんにそう話しかけたら、「何を馬鹿なことを言っているんだ、こいつ?」って顔をされた。
どうせがさつな俺には、無理だと思っているんだろう。
でも俺の目に焼き付いて消えない、あの強く……それでいて優雅なメイドの姿──それをきっといつか、ものにしてみせるぜ!
● とある中間管理職メイド隊員の視点
ひ~ん、さっきから念話の報告が鳴り止まないよぉ……。
私達は南方の海岸で、海からの魔族の襲撃を警戒していたんだけど、どうやら海沿いにある全ての市町村に対して、同時多発的な攻撃が行われているみたい。
しかも竜に匹敵するような、強大な化け物だとか。
その上、北方ほどではないにしても、魔獣の群れの存在も確認されているという。
う~ん……人員に限りがある所為で、海岸線の全てに警戒網は構築できなかったんだよね。
だからもしかしたら、まだ把握されていない敵の存在もあるのかもしれない。
それを確認したいところだけど、ただでさえ住民の避難誘導とかで手が足りない状態なんだよねぇ……。
念話でメイド長にお願いして、人員を回してもらおうか。
最悪、一般兵でもいいから……。
もしもーし、メイド長ー?
……え?
今なんと?
レイチェル陛下が来る?
え、いきなりそんな大物を、私が呼び出したみたいな形になっていいんですか?
……って、
「あ、あなたがこの辺の責任者ですね。
敵の分布情報を教えるのです」
「ひぃっ、レイチェル陛下!?」
転移して来たのか、いつの間にか陛下が傍にいた。
下っ端としては、緊張するからあまり関わりたくないんだけどなぁ……。
「す、済みません。
まだ完全に把握できていませんが、少なくとも人の集落がある場所は、全て襲撃を受けているようです!」
「そうですか。
それでは人口密度の高い所から、優先的に対処しましょう。
あなた達は、引き続き情報収集をお願いします」
「は、はい!」
そして陛下は、何処かへと転移していった。
たぶん最寄りの、襲撃を受けている大都市だろう。
……さあ、私も働くか。
はぁ~……偉い人から直接命令されたら、手は抜けないなぁ……。
● 港湾都市を治める領主の視点
なんだか巨大な怪物が、3体も上陸してきたのだが!?
住民は既に避難させているが、私が長年かけて発展させてきた都市が破壊されていく……。
くっ……!
国は北方での魔王軍の戦いで精一杯らしいし、これ以上の軍の増援は期待できぬ。
駐留していた部隊は、既に壊滅している。
……まさか我が港の象徴たる南方海軍旗艦・「曙光」が、ああも容易く撃沈されるとは……!
このまま蹂躙されるのを、なす術なく見続けるしかないのか……。
私も年老いた……。
せめてこの町と一緒に、運命を共にしよう……。
先に逃がした息子達がいつかここを復興してくれることを願いながら、私は城の尖塔から形を失っていく町を眺めていた。
つい涙が溢れてくる。
迫り来る怪物への恐怖よりも、悔しさの方が強い。
あんな奴らに、私が築き上げてきた全てが奪われるのか……!
だが、そうはならなかった。
突然3体の怪物の身体から、激しい炎が同時に吹き上がった。
「おお……怪物が燃えていく……!!」
多少は家屋に延焼しているが、既にかなり町が破壊された後だ。
今更どうでもいい。
それよりもあの憎き怪物が、滅ぼされたことに私は狂喜した。
しかし一体誰があの強大な怪物を、ただの一撃で……。
「あ、まだ人がいた」
「ひっ!?」
すぐ近くからかけられた声を受け、私は跳び上がるような思いだった。
私は独りで、ここに残っていたのだ。
私が声のした方を見ると、若い女がいる。
だが、ただの女ではない。
赤毛が目立つ頭にはキツネのような耳があるし、尻にもキツネのような尾が何本も生えている。
普通の獣人ではないが、噂に聞いたことがある。
確か王太后陛下が非公式にだが、そのような存在を妹扱いしている……と。
まさか、この御方がそうなのか……?
「逃げ遅れたのなら、運んであげるけれど?」
「いえ、私はここに残ります」
「そう?
じゃあね」
と、その人は唐突に消え失せた。
転移魔法か……。
高度な術を簡単に……あの怪物も倒せるはずだ。
ともかくあの御方のおかげで、危機は去ったようだ。
これからは復興の為に、この拾った命を使わなければならないな……。
そして復興が成った暁には、領の守護獣をキツネに制定しようか。
本当はもう1エピソード入れるつもりだったのですが、入りきらなかったので、代わりに短いエピソードを挿入しました。




