31 救いの手
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今回と次回は、複数のモブ視点となります。
● 北方から避難する民の視点
まったく酷いことになったものだ……。
突然、北の大森林から魔物の群れが溢れ、いくつもの都市が飲み込まれたらしい。
うちの村も危ないってことで、住民全員が着の身着のままで南に逃げ出したが、ロクに食料も無いから腹は減るし、一日中歩きづめで足も折れそうだ。
鉄道が通っているという、都会はいいよなぁ……。
もういっそ、死んだ方がマシだ……と思ったが、いざ迫り来る魔物の群れを見たら、あんなのに殺されたくないと思った。
必死で走って、走って、結局限界が来て、もう駄目だと思った時──空から巨大な何かが飛んできた。
しかも数え切れないほど多い。
一瞬魔物の増援だと勘違いしたが、そいつらは魔物の群れに炎を吐きかけ、あっという間に燃やし尽くしてしまった。
そこでようやく我々は、その存在に助けられたのだということを知ったんだ。
そして落ち着いて見てみることで、空を飛ぶその存在がなんなのかを知る。
「あれが、竜か……!
初めて見た……」
何故竜が我々を助けてくれたのかは分からないが、この命が救われたことは素直に感謝したい。
ただ不思議なことに、竜の背中に小さな子供が乗っていたような……。
もうそれが事実なのか、それとも何かの見間違いなのか……。
竜はとっくに飛び去ってしまい、確かめる術は既に無かった。
● 北方に派遣された兵士の視点
俺は今、南下している。
地獄のような戦場だ。
魔物の群れは、倒しても倒しても湧いてくる。
これでも王太后陛下の大魔法で殲滅された群れの本隊──その討ち漏らしでしかないという。
それでも我々は抗しきれず、避難民を守りながらの撤退戦を余儀なくされている。
既に同僚には多大な犠牲者が出ているし、俺もいつその仲間入りをするのか分からないな……。
また、魔物の群れが追ってきた。
次に追いつかれたら今度は我々兵士だけではなく、避難民も壊滅的な打撃を受けるだろう。
俺もいよいよ命を捨てる時が来たか……!
だがその時、魔物の群れの中を赤い線が横切った。
いや……線ではない。
炎を纏った獣か……?
犬か何かのような姿だが、尾が沢山あったような……。
そいつが魔物の群れの中を物凄いスピードで駆け抜け、なぎ払っていた。
そして通った後には巨大な火柱が立ち上り、群れを飲み込んでいく。
魔物同士で争っている……のか?
「神が……我らを救う為に、聖獣を遣わされた……!」
誰かがそう言った。
聖獣……聖獣か。
確かにそうなのかもしれないな。
炎に包まれて駆けるその姿は美しかった。
よし、今の内に避難民を、少しでも戦場から離そう。
まだ命を捨てる時ではないようだ。
● とある魔族の少女の視点
私の村は貧しい。
だから魔王軍から人間との戦いの為に──と、戦力や物資を要求された時、何も出すことができなかった。
すると魔王軍は村長を殺し、数少ない食料を奪い、そして私達を戦場へと連れてきた。
なんで同じ魔族から、こんな仕打ちを受けなきゃならないんだ……。
戦いなんか、したくないのに……。
それに最初は良かった戦況も、人間達が反撃の為に森へ火を放ってからはもう散々だ。
正直言って私達は、森林火災から逃げ回るだけで精一杯だったし……。
このままでは私達も、いつ戦場の露と消えるのか分からない。
そんな絶望に打ちひしがれる我々の前に、天使が降り立った。
天使と言えば、昔話では魔族の宿敵とされているけれど、今では実在していたのかどうかすら分からない存在だ。
誰も本当に天使の姿を見たことすら無かったもの……。
その天使が、目の前にいる。
弱った我々に、トドメを刺しにきたのだろうか?
だけど魔王軍にも逆らえなかった我々には、抵抗する力なんて無い……。
しかし天使は、意外なことを呼びかけてきた。
「我は新たなる魔王様の僕なり!
魔王様は四天王クジュラウスが起こした謀反により、その命を落とされた。
今の人間との戦いは、クジュラウスの身勝手によって起こされたものであり、魔王様の意思によるものではない!」
なんだよそれ!?
その四天王の所為で、私達が酷い目に遭っているっていうの……!?
私は怒りに震えた。
そして天使は、こんなことを要求する。
「どうか皆には、逆賊を討つ為に力を貸して欲しい!」
……と。
結局魔王軍と同じで、私達を利用しようっていうのか!?
ふざけるな……!
もう、うんざりだ。
誰も天使の呼びかけには、応えない。
当然だよ。
信用できるような相手ではない。
だけど天使の背後から、小さな女の子が現れた。
そこから空気が変わる。
あれ……あんな娘、さっきまでいたっけ?
少なくとも、人はいなかったと思うけれど……。
なんか丸い物体は……あったような気がする。
「この御方は魔王様の娘、シファ様の遺児であるユー様だ。
魔王様の遺志を継ぎ、打倒クジュラウスの為に立ち上がった」
そんな……あんな小さな子供に、何ができるっていうの?
そもそも本当に、魔王様の孫なのか分からないし……。
でも、魔王様や娘のシファ様を見たことがあるという大人の人達は、「確かに似ている」と、口々に囁いている。
そしてユーというその子供は、私達に呼びかけたきた。
「クジュラウスは人間を追い詰め過ぎた!
このまま人間が勝てば、彼らは魔族の存在をもう許さないだろう。
そうなれば魔族が生きていける場所は、この世界の何処にも無くなってしまうかもしれない!
そうなる前に、クジュラウスを止めなければならないんだよ!」
私も沢山の人間の死を見た。
魔物に殺され、その後も死体を食い荒らされ、凄惨な光景だった。
人間に反撃の機会があれば、次は我々がああなることは、簡単に想像できる。
「そ……それなら、人間に勝てるように、もっと魔王軍に協力した方が……」
そんな声も上がる。
だけどその声を、あの子は否定する。
「それは違うよ。
魔王軍が勝っても、君達は救われない。
なぜならクジュラウスは、魔族の未来なんかどうでもいいと思っているからだ!」
その言葉を受け、私達の間にざわめきが広がる。
この戦場に無理矢理連れてこられた私達には、心当たりがあった。
たぶん魔王軍は、私達のことを「使い捨ての道具」程度にしか思っていない。
「だけど私は人間の指導者から既に、この戦いに参加せず、魔王軍から距離を置く者までは追わない……と、確約を得ているよ。
だけどそれだけじゃ駄目なんだ。
クジュラウスを倒さなければ、その約束を守ってくれる人もいなくなる。
だからみんなに、人間と共闘する為の力を貸して欲しいんだよ!」
「……!」
その子は土下座をした。
王族が庶民に頭を下げるなんて、考えられないことだ。
それだけ私達のことを、真剣に考えてくれているってこと?
それ以前にこんな幼い子供が必死に足掻いて、魔王軍に立ち向かおうとしている。
そして助けを求めている。
それを見捨ててもいいのだろうか?
この子が挑もうとしている戦いは、絶望的なものなのかもしれない。
もしかしたら、人間に騙されているのかもしれない。
それに加担することは、危険なことなのではないかという疑念も捨てきれない。
それでもこのままなら、どのみち魔族の──私の未来は閉ざされるだろう。
それならばいっそ──。
「私は……協力したいです」
私が申し出ると、続いて何人も後に続いた。
全員が賛同したという訳ではない。
だけど──、
「ありがとう。
魔族の全員が人間の敵ではない──それを行動で示すことが大事なんだ。
これで魔族の未来が開けるよ」
と、小さな魔王様は笑った。
可愛らしい笑顔だ。
私はそれを見て、絶対にこの子を守ってあげなければ──と思った。
……まあ後日に、その魔王様が物凄く強いのだと知ることになって驚いたけれど……。
守られるのは、私達の方だったよ……。
土日はお休みです。




