20 鏡
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巨神像がどこから来たのか──それはミスリル鉱山にあった大穴の下にある空洞であるらしいことが分かった。
経緯は分からないけど、あんなところで眠っていたのだから、古代文明も持て余して封印していたのかもしれない。
「フレアが棲み着いていた空洞が、まさか巨神像に繋がるとは……。
予想外なのです……!」
レイチェル姉さんは、左手の結婚指輪を見つめながらつぶやいた。
その指輪は、空洞から持ち帰ったミスリルで作ったものだから、何か運命めいたものを感じているのかもしれない。
ちなみに指輪は、エリお兄さん達の分も形見として、親指以外の4本全てにはめている。
「たぶんあそこは古代文明と、何かしらの関係があったんだろうねぇ……。
鉱山に残っている吸血鬼メイドに、改めて調べさせようか?」
「そうですね……。
有益な情報が出てくるのは、あまり期待できませんが……」
そんなものがあったら、母さんが直接現地に行った時に気付くか、棲み着いていたフレアが回収していそうだしなぁ……。
たぶん巨神像の移動に伴って、四天王のクジュラウスとやらがどうにかしているはずだ。
「それとこうなっては、さすがにママの力を借りなければいけないでしょう。
そろそろ部屋から、引っ張り出さなければならないのです……」
「あ~……」
母さんには、もうちょっと休んでいてほししかったんだけどねぇ……。
実際のところ、巨神像の件さえなければ、母さんがいなくてもなんとかできていた可能性が高いし……。
竜族をこちらに引き込んだ時点で、魔物の群れはいかに雲霞のごとき大軍だったとしても、殲滅が可能な烏合の衆だ。
上位竜族の息攻撃の一撃で、数万体の魔物を焼き払うことが可能だから、千を超える竜族が時間さえかければ、相手が数千万の大軍勢でも撃破することは難しくない。
勿論人類が被る被害の規模は少し違ってくるだろうけれど、最大の被害を受けた最初期の大規模侵攻は不意打ちみたいなものだったから、ぶっちゃけ母さんがいてもいなくても対応が遅れて結果は変わらなかったと思う。
だけど巨神像は、私達姉妹が全員でかかっても、倒せないかもしれない。
やはり母さんの力が必要だ。
「しゃーない、ちょっと母さんの様子を見てくるか……」
と、私が席を立とうとした時、
「待て」
ファーンが私を止めた。
そして姉さんに向かって問いかける。
「あんた……この国で……いや、人間の中で1番偉い奴か?」
「間違ってはいませんね。
1番強い……というのならば、違いますが」
母さんが引退状態の今、人類の頂点に立っているのは姉さんだ。
まあ、純粋な戦闘力に関して言えば、母さんやアイ姉は勿論、今や私にも劣るとは思うけれど、権力という面に関して言えば、姉さんが1番だろう。
「じゃあ聞くが、あんたは魔族をどうするつもりなんだ?」
「……」
ファーンの問いに、姉さんは少しの間沈黙した。
実際その質問は、酷く答えにくいものだったと思う。
だが、姉さんは包み隠さずに、本音を口にする。
「……根絶やし……ですかね」
「なっ……!?」
姉さんの答えに、ファーンは驚愕する。
でもこれ、そんなに驚くようなことか?
「魔族にだって、非戦闘員の女子供もいるし、この戦いに参加していない部族もいる。
そんな者達まで、殺すっていうのかっ!?」
「それはまあ、当然でしょう。
あなた達魔族が、人間を絶滅させる勢いで戦いをしかけてきたのですから。
同じことををやり返すことに、何の不思議がありますか?」
「そ、それは……しかし……!
我々は人類に追い立てられ、命や住む場所を奪われ続けてきた。
その報復がいけないことだったって言うのか!?」
ファーンは私達の実力を知り、魔族が敗北する可能性に思い当たったからこそ、こんなことを言い出したのだろう。
もしも魔族が優勢のままだったら、何の疑問も持たないまま、人類が滅びることが当然だと思っていたはずだ。
そんな彼女に、こんな都合の良いことを言う資格があるのだろうか?
「どちらが先に攻撃を仕掛けて追い詰めたのか……それはもう関係ありませんね。
あなた達魔族が蒔いた種なのですよ?
我ら人類の寿命は短い。
もう魔王の脅威を直接経験している者は、既にこの世にはいないのです。
そして新しい世代は、魔族のことなど知らずに生きてきた為、敵対する気持ちは無くなっていたのです。
そのはずだったのに、あなた達がことあるごとに人類に攻撃をしかけ、魔族に対する恐怖心と敵愾心を煽った。
しかも今回の戦いで、数十万人もの犠牲者が出ている……。
そんな危険な魔族を許し、野放しにしてもいいと考える人間がどれほどいるのか……。
まあほぼ存在しないでしょうね」
「そんな……!」
そう、私達は隣人に対して、「鏡」のように付き合っていく。
善意には善意を、悪意には悪意を返しながら──。
悪意に対して善意を返すような甘い対応では、この厳しい世界では生きていけない。
魔族が何処かの時点で、人類との和解の道を模索した形跡があれば、私達も和解の道を模索したのだろうけれどね……。
まあ、その「鏡」のルールは、恣意的に曲げることもできる。
柔軟さもなければ、やっぱり生きてはいけない。
「だから、根絶やしにされるのが嫌ならば、あなたが魔族を止めなさい」
「え……?」
姉さんの言葉に、ファーンはポカンとした顔をした。
「我々も暇ではありません。
戦いを捨て、我らの目が届かないところへ逃げた者達を、わざわざ追跡して殺して回るようなことはしないでしょう。
あなたがこの戦いに参加している魔族達を止めて、魔王軍から離脱させなさい。
そうすれば全滅を回避する道は、途切れることがないのです」
「しかし……この私の今の姿では、話を聞いてくれないだろうし……」
まあ天使だしね。
この世界ではどうなのか分からないけど、魔族にとっては不倶戴天の敵だというのがお約束だ。
「無理矢理に拘束をするなりすればいいでしょう。
説得も生きていればこそ通じるのですし、言うことを聞かせるのは後回しでもいいのですよ?
ただし、そうやって逃がした者が再び人類に牙を剥くようならば、今度こそ魔族を根絶させる……という判断になるかもしれません。
そうならないようにする為にも、逃がす者の人選は慎重にし、逃がした後にも万が一のことがあれば、あなたが処断するのです」
「そうか……それなら……。
おい!」
と、ファーンは私に向き直った。
おい、じゃねーよ。
熟年夫婦の呼び方じゃないんだからさぁ……。
「ご主人様……はさすがに勘弁してあげるから、せめてアリタ様と呼びなさい。
いいよ、魔族を止める為ならば、自由に動くことを許可する。
勿論、人間への敵対行動は禁止だし、私達の情報を魔族に漏らすようなことは駄目だよ」
「ありがとうよ、ご主人様!」
いいのか、ご主人様で!?
デレるのが早いなぁ……。
「あと、さすがに魔王ともう1人の四天王は許さないから、そっちには接触しないで」
「う……うむ。
分かったぞ」
ファーンは少し躊躇うような表情を見せた。
クジュラウスとかいうやつはともかく、なんだかんだで魔王は敬愛していたらしい。
だけどすぐに表情を引き締め、転移魔法で何処かへ行ってしまった。
彼女が背負った使命は、種の存亡を懸けた重い物だから、迷っている暇は無いのだろう。
まあともかく、ファーンに対してはちょっと甘い対応かもしれないけど、これで魔族の戦力が少しでも削がれるのならば、結果オーライだね。
そしてこうしてかけた情けを、魔族も「鏡」のように返してくれればいいんだけどなぁ……。




