13 潜む者
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私、レイチェルさん。
今、領主の館の階段の前にいるの。
……私は領主の館の1階を一通り探索したが、そこには領主はいなかった。
ただ、使用人が数人残っていたので、その者達は脅して外へと逃がした。
最終的にはこの領主の屋敷を完膚なきまでに破壊する可能性もあるので、それに巻き込まれたら可哀想だしね。
あと、ついでに私が着られるような服はないものか……と、探してみたけど、子供服はさすがに無いなぁ。
辛うじてショールのような物があったので、それだけ羽織っておく。
まあ、下着同然の格好ままというのはアレなので、無いよりはマシだ。
で、領主はどこに行ったのかというと、おそらく館の二階かな?
あの怪我で館の外に逃げ出す余裕があったとは思えないし、これから馬車などを使って医者に駆け込むにしても、まずは止血の処置くらいは受けてからだろう。
領主が怪我をしてから私が屋敷に入るまでは、まだ15分程度しか経っていないし、その短時間でそれらの処置や馬車の準備が終わったとは思えない。
……転移魔法とかが無いことを祈ろう。
まあ、あれだけの大怪我なら、下手に領主を動かさずに医者を呼ぶという判断をした可能性の方が、高いんじゃないかな?
そうだといいなぁ。
いずれにしても、私が屋敷に入ってからは、領主が屋敷の外に出たという気配は無い。
我が索敵能力に隙は無し!
うん、マジで無い。
「……そろそろ、姿を現したらどうです?」
私は階段を上りきるなり、正面の暗がりに向かって呼びかけた。
今は深夜なので、照明はもう消されている。
普通の人間ならば、そこに人がいても気付かないかもしれない。
まあ私は夜目が利くから見えるけど、調度品などの物陰に隠れられたら、視力だけでは察知できない可能性もある。
だけど私の索敵能力は、そこに何者かがいることを示していた。
しかし返答が無かったので、牽制程度の弱い風の魔法を撃ち込んでみる。
「ここですか?」
すると私が狙った場所から、人影が飛び出してきた。
それは全身黒ずくめの中肉中背で、しかも覆面で顔を隠しているので、性別もよく分からない存在だった。
まるで忍者だ。
あいえええぇぇ、忍者!?
忍者、なんで!?
いや……おそらくは、領主の護衛……というか、政敵などの邪魔者を処分する為に雇われた暗殺者なのだろうな。
「……何故、俺の居場所が分かった?
完全に気配を消していたはずだが……」
あ、声を聞く限り男だな。
「完全に消していたからですよ?
不自然に気配が全く無い空間があったら、逆に何かあると思うでしょ?」
そう、私の索敵能力は、私が放出した魔力に触れた物の反応で存在を感知している。
だから我が索敵能力の範囲内の空間は、少なからず私の魔力の気配で満たされているのだ。
それにも関わらず壁や調度品がある場所でもないのに、私の気配すら無い場所があるというのは、明らかにおかしい。
いかに身体の動きを極限まで抑え、気や魔力の動きすらも止めて気配を断っていたとしても、その不自然さまでは消せない──いや、むしろ明確にしている。
ともかくこの時点で、私の能力がかなり高いということは、相手にも伝わったと思うのだけどなぁ……。
「あの……私に用が無いのなら、何処かへ消えてくれませんかね?
私も無益な殺生はしたくないので……」
私には目の前の暗殺者と、何の因縁も無いので、戦う必要性を感じていなかった。
殺人だって、できればやらないにこしたことはない。
だからこいつが逃げてくれるのなら、それが1番楽な結末なのだ。
しかし、暗殺者は立ち去るどころか──、
「へへ……こんな上玉を見逃すとか、冗談だろ?
その綺麗な顔を切り刻んだら、どんな可愛い声を聞かせてくれるのか、今から楽しみで仕方がないってのによぉ……!」
あ~……これは領主と同類の、加虐趣味ですか。
私はレイチェルが受けた所業を思い出し、新たな憎悪で心が満たされる。
よし、こいつのぶち殺し確定ね!
よく考えたら、暗殺者の時点で消しておいた方が、世の為だわ。
「はあ……そうですか。
まだ殺人への忌避感がある私の為に、わざわざ練習台になってくれるとは、見上げた心がけですね。
それでは遠慮なく……いっぺん死んで見る?」
「!!」
私は殺意を剥き出しにして、暗殺者に向かって走り出す。
相手も短刀を抜き放ち、私に斬りかかってきた。
その太刀筋には迷いが無く、殺人に慣れているということが察せられる。
──が、これならゴブリン王の方が、いい動きだな。
私は余裕をもって攻撃を回避し、振り切って勢いが無くなった短刀を手刀で叩き落とす。
「遅いですね」
「なっ!?」
暗殺者は驚愕しているが、その動揺から立ち直る隙は与えない。
私が放ったローキックは、彼の両足の骨を一撃で粉砕した。
「ぎぃやぁっ!?」
「お別れです。
あの世で後悔してくださいね」
「なっ……があっ!?」
両足を砕かれて倒れようとしていた暗殺者の身体を私は掴み、窓の外へ目掛けて全力で放り投げた。
窓を突き破り、ガラスを撒き散らしながら彼は飛んでいく。
たぶん、100m以上飛んでいるから、これで生きていたら人間じゃないな。
なお、射程距離外なので、乗っ取りは発動しない。
あんな奴の身体なんか、絶対にいらん。
ふぅ……目の前に死体が無い所為か、あまり殺人を犯したという実感が無いな。
後悔や忌避感はさほど大きくはないし、現時点では領主を殺すという決心は、まだ鈍ってはいないようだ……。
なんだかんだで、野生の世界で生きる為に延々と殺し合いを続けてきたから、殺人に対する抵抗感も、かなり下がっていたのかもしれない……。
……そんな精神的耐性なんて、別に望んでいた訳じゃなかったんだけどなぁ……。
普通の人間として転生していれば、必要無かったのかもしれないのに……。
しかし、普通の人間として生まれたレイチェルの惨状を考えると、人間に転生していたとしても幸せになれたのかどうか……。
まったく……この異世界はままならないものだ。
ともかく、ちょっと時間をロスした。
さっさと領主のところに行こう。
……ん?
近くの部屋に、2人ほど潜んでいるな。
……やっぱり、ちょっと寄り道して行くか。
そういえば、領主以外にも片付けておかなければいけない奴が、まだいたわ……。
どうやら隔日でも更新できそうなので、暫くはこのペースでやってみたいと思います。




