3 遠征前の夜
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その昔、母さんがミスリル鉱山にできた大穴から連れてきたフレアは、火炎竜という上位竜だ。
彼女ならば東の山脈に生息するという竜族と、平和裏に接触することも可能なのかもしれない。
「そういうことですから、竜族との交渉を頼みますね、フレア」
「え、あたし?」
レイチェル姉さんに命じられて、フレアは困惑顔になる。
「あ、あたしはちょっと……」
「なんですか?
私のお願いが聞けない、理由でもあるのですか?」
「そ、それはそのぉ~……」
フレアは明らかに同族であるはずの竜族とは会いたくない──そんな様子だった。
間違い無く彼女にとって、都合の悪い何らかの理由があるのだろう。
しかしそんな彼女に対して、姉さんはじっ……と、鋭い視線を送り続けていた。
「わ……分かりましたぁ~!
やってみますぅ~!」
「よろしい」
そしてフレアはついに折れた。
どんな理由があるにしても、姉さんを怒らせることの方が損だということを、彼女は理解しているようだ。
「じゃあ、私も行くよ。
フレアがひとりぼっちじゃ寂しいもんね」
「それならば私も」
そこで私とシルビナも手を上げる。
「お嬢!?」
「フレアだけじゃ心配だし……。
それに私なら、何かあってもすぐに転移で戻ってこられるから……」
「ありがとう~!
お嬢がいれば百人力だよ~っ!」
フレアは私にすがりつくようにして、泣いて喜んだ。
相当不安だったらしいね……。
つまり竜族との接触で、上位竜のフレアですら大きな力を借りなければならないような事態が、発生する可能性があるってことか。
「そうですか……。
それではアリタ、お願いするのです」
「かしこま!」
そんな訳で、私達は東の山脈へ行くことになった。
とはいえ、すぐに出発する訳ではない。
まずは自宅に戻って準備を整える必要もあるし、睡眠も十分にとっておきたい。
出発は夜が明けてからだ。
シルビナも現在は陞爵した母親から受け継いだ男爵家の当主ということになっているので、自宅に帰って色々と手続きすることもあるだろう。
まあ、シルビナの場合、ノルン学院から受け入れた養子が実質的に家を取り仕切っているので、いきなりいなくなってもさほど問題は無いのかもしれないけれどね。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいまケシィー。
お姉ちゃんって、呼んでもいいんだよ?」
「私はあくまでメイドですので……」
自宅に帰ると、ケシィーが出迎えてくれた。
しかしこのケシィー、実は2代目だ。
本人の強い希望で、寿命が尽きそうになった時に母さんからの「乗っ取り」を受け、新たに誕生したのが、今の彼女だ。
つまり現在は私の妹である。
ケシィーが妹になったのは、かれこれ20年くらい前だ。
あの頃は母さんと古くからの顔なじみが多く存命していたけど、ここ10年くらいで一気に減った。
その積み重ねがあったからこそ、ケシィーと同じことをクラリス母さんにした時、生じる心の痛みが想定以上だったのだろうなぁ……。
それはさておき、今は妹のことだ。
「昔は、お姉ちゃん、お姉ちゃんって、甘えてきたのに~」
「……それは自我がまだ育っていなかった頃です。
今は自身の役割を思い出しましたので……」
と、ケシィーは頑なだ。
もう母さんや我が家に対する忠誠度が、カンストしているんだよなぁ……。
「そういうつれないことを言う子は、こうだぁ~!」
「きゃうんっ!?」
私はケシィーに組み付いて、毛繕いを施す。
「あっ、あっ、いけませんお嬢様!」
ケシィーは口で抵抗はしているけど、本心では抵抗していない。
その証拠に、頃合いを見計らって私が手を止めると──、
「あっ……!」
ケシィーは、物欲しそうな顔で私を見る。
私はニヤニヤとして、次の彼女の言葉を待つだけだ。
そしてついにケシィーは、その言葉を口にした。
「………………やめないで、お姉ちゃん」
「はっはっは、愛い奴、愛い奴!
よ~し、よしよしよし」
「あぁぁ~っ!」
このあと滅茶苦茶可愛がった。
で、ケシィーが幸せそうな顔をしつつもぐったりした頃、母さんの部屋の方を見たけど、気配は無かった。
「……母さん……」
以前なら女の子同士でイチャイチャしていたら、何が何でも見に来る人だったのに……。
まだまだ立ち直るのは先のようだ……。
で、母さんは反応しなかったけど……、
「君達は、何を見ているのさ……」
こちらを覗き見ている影があった。
「お姉ちゃん達こそ、玄関で何をやっているの~?」
その声がした方を見ると、レイチェル姉さんの孫がいた。
君達、この家の子じゃないよね……?
土日はお休みします。




