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12 後悔と共感

 ブックマーク、☆での評価ありがとうございました。

 私、レイチェルさん。

 今、領主の館の裏口にいるの。


 私の索敵能力は遮蔽物があると精度が落ちてしまうけど、扉の向こうに人がいることくらいは分かる。

 さて、どうしようかな?

 誰がいるのかは、大体見当がついているけど……。


「ノックして、もぉしも~し?」


 私は裏口の扉にノックをする。

 暫く待つと、扉が開いた。

 あ、素直に開けてくれるんだ?


 そして扉の中から出てきたのは、先日ネコの私を(ほうき)で追い立てたおっさんだ。

 あの時はいつか仕返ししてやろうと思っていたけど、レイチェルの記憶を得た今では、そうもいかない。


「レイチェル……っ!!

 お前さんのところに行っていた領主様が、怪我をなされた……と。

 さっきも、護衛の騎士が離れに向かったのに……。

 何故、お前さんがここにいる?」


「ごめんなさい、ダグズおじさん……。

 私はもう、耐えられなくなりました」


「……!!

 そうか……」


 ダグズという名の庭師の男は、私の言葉で何かを理解したようだった。

 勿論、実際に何が起こったのか、それを直接見ていないこの男には把握できないだろうが、それでも私の気持ちは察してくれたのだろう。


 もう、領主を許せないということだけは──。


 この人は、レイチェルの生活の世話も担当してくれていた恩人だ。

 ご飯も運んでくれたし、部屋の掃除もしてくれたし、レイチェルが領主に痛めつけられた時には治療もしてくれた。 

 それはただ仕事だからというだけではなく、優しい言葉をかけてくれることも幾度となくあり、彼自身の善意による行為も少なくなかったのだと思う。

 実際彼の仕事は丁寧で、レイチェルをぞんざいに扱ったことは無かったからだ。

 

 そんな彼がいてくれたからこそ、レイチェルはこの辛いことばかりのここでの生活を、なんとか耐えることができたのだと言ってもいいくらいだ。

 彼がいなければ、レイチェルは両親と二度と会えないと悟る前の段階で、心が折れていたかもしれない。


 だから箒で追いかけられた程度のことは、忘れてあげるよ。

 というか、たぶん領主が動物嫌いだから、ネコを見て機嫌を悪くした彼がレイチェルに当たり散らすようなことがないように配慮して、ネコ()を屋敷の敷地の外へと追い出そうとしたのだと思う。

 実際にそういうことが、過去にあったからね……。


 本当にダグズには、頭が上がらない。

 だからこれ以上、巻き込みたくない。


「おじさん……できれば今すぐに、この館から……いえ、可能ならこの町から逃げてください。

 これから起こることに、あなたも関係していると国に疑われたら、何をされるか分かりません。

 どこか遠くで……別人として幸せに生きてください」

 

「いや、ワシのことなんてどうでもいい……!!

 ……ワシは、お前さんがどんな目に遭っているのかを知りつつも、何もできんかった……。

 そんなワシの身に何かあったとしても、それは当然の罰だ……」


 ……それは私も同じだよ……。

 だからこそ、ダグズには許されて欲しいと思う。

 彼が許されるのなら、私も許されていいのだと、少しだけ思えるから……。


「そんなことよりも、お前さんはこれからどうするつもりだ?

 領主様に逆らって、無事でいられるはずはなかろう?

 お前さんこそ別の土地へと逃げて、幸せに暮らすべきだ

 なんならワシが、お前さんの生活の面倒を見てやる」


 ……ああ、そうなったら良いだろうなぁ。

 でもそうはならなかった……ならなかったんだよ。

 私はもう本当のレイチェルじゃないし、あのクズ(領主)が生きている限りは、レイチェルの魂は安らかに眠れないのだから……!!

 

「ごめんなさい、おじさん……。

 私はもう、後戻りはできないの。

 だけど、信じてもらえないだろうけど、勝ち目はあるからこのまま行かせてね……」


 そして私は、「心配いらないよ」という意味を込めて微笑んだ。

 しかしダグズの顔は歪む。


「……お前さんの笑顔は、初めて見るなぁ……。

 こんなに可愛く笑える子だったのに……我々はずっと……!!」


 ダグズは、レイチェルから笑顔を奪い続けていた領主の所業を止められなかった。

 そんな自身の無力さを悔やんでいるのだろう。

 しかし彼にも立場があったのだし、ただの庶民が貴族の権力に逆らえるはずもない。

 彼が何もできなかったのは、彼の所為ではない──そうは言っても、何の(なぐさ)めにもならないのだろうな……。


 どのみち、こんなに後悔しているダグズを、これ以上苦しませるのは酷な話だろう。

 私は立ち尽くす彼の脇をすり抜けて、館の中に踏み入る。

 レイチェルの記憶の中にあった想いを、一言だけ残して──。


「ありがとうね、おじさん……」


 それはレイチェルがダグズに対して、常に思っていた言葉だ。

 しかし辛くて辛くて、実際に口から出そうになるのは、八つ当たりするような言葉ばかりだった。

 だから何も言えず、ついぞ伝えられなかった彼女の本心からの想いだ。


「…………っ!!」

 

 背後から、ダグズが膝からくずおれて、嗚咽(おえつ)を漏らしはじめる気配が伝わってきたけど、私は立ち止まらずに歩み続けた。

 前回と状況は似ていますが、日頃の行いと反省度合いで、「私」からの扱いが全く変わるという話でした。

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