エピローグ1 顔を取り戻す
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エピローグは1話にまとめるつもりだったんだけど、長くなったので分割しました。
私、アリタは、帝国での戦いが終わって王国へ帰還した数日後、ナタリー騎士爵家に──シルビナの母であるナタリアさんの元へと訪れた。
私の護衛としてシルビナも伴っているけど、さすがに正体は隠したままだ。
「お久しぶりです、ナタリア様」
「ようこそ、キンガリー様。
今日は何用でございますか?」
「え~と……シルビナの仇を討ち取ったので、その報告を……と」
「そ、それは……!
……あの……ああ……っ」
私の言葉を聞いたナタリアさんは、何か言おうとしても言えず、やがて涙を流し始めた。
「ナタリア様、無理しなくてもいいですよ。
ゆっくり、落ち着きましょう」
『……っ!』
ああ、シルビナも何かしたそうだけど、正体がバレるかもしれないから、どうしたらいいのかとオロオロとしている。
もどかしいだろうなぁ……。
……って、
『これ……よろしければ』
シルビナがナタリアさんに、ハンカチを手渡した。
刺繍が入った高級そうなものだったけど、そんなの持っていたんだ!?
鎧の身体となった今となっては、使う機会なんて無いだろうけど、生前からの習慣かな。
シルビナは学園時代、騎士を目指して体育会系のノリで修行に明け暮れていたけど、意外と乙女なところもあったからなぁ……。
まあ、騎士爵家の令嬢としては、ハンカチを持ち歩くのは当然のエチケットだけどさ。
私? 私はよく忘れる。
「…………済みません。
ありがとうございます」
ハンカチを受け取ったナタリアさんは、徐々に落ち着いていった。
「キンガリー様も、ありがとうございました。
娘の為に、危険なことを……申し訳なく存じます。
私はこの恩に報いる為にどうすれば良いのか……見当も付きません」
「いえ……私もやりたくてやったことなので」
それからナタリアさんには、勇者との戦いのことや、帝国のことなどを話して聞かせた。
まあ、彼女には心配をかけるので、私が死にかけたことなどはボカしてだけど……。
そして一通り話し終えたら、お暇する。
あんまり長居をしても悪いしね。
「また、お越しください、キンガリー様」
「はい、また来ます」
ナタリアさんは、玄関先まで見送りにきてくれた。
「……護衛の方も、またいらしてくださいね。
ハンカチの趣味が、娘に似ていて懐かしかったです」
『ハ、ハイ』
……ナタリアさんの顔、ちょっと確信を持っているような感じだし、何かに気付いているっぽいな。
そんな訳で、帰宅してからシルビナと話し合う。
「お母さんに、正体を伝える?」
『それは……。
しかし娘がこんな鎧の身体になっていることに、ショックを受けないだろうか……?』
鎧というか、死に損ない系の魔物だからねぇ……。
シルビナは母親に拒絶される可能性を、恐れているのだろう。
「でも、このまま正体を隠していて、後悔することにならない?」
『後悔は……するだろうが……』
母親に拒絶された時と、どちらが精神的にダメージが大きいのか──それで迷っている訳だね。
でも、ナタリアさんの反応を見ると、案外大丈夫な気がするけれど……。
「よし、顔を作ろう、シルビナ!
もっと人間っぽくなれば、お母さんに会う為の自信が付くよ」
『か……顔か?』
そう、顔だ。
ただし、仮面のように無機質な顔ではない。
質感を本物の肌のようにする為に、シルビナには「擬態」のスキルを獲得してもにらって、更に「変形」のスキルで表情を動かせるようにもなって……と、ハードルは高いけど、その辺はアイ姉がスペシャリストなので、協力してもらおう。
「可能なら、髪も生やせるようになった方がいいね。
駄目ならカツラでも代用できるけど、自前の髪も欲しいでしょ?」
『おいおい、あまり難しいことを言うなよ……』
「じゃあ、やる前から諦める?」
『いや……やる!』
それでこそ、私の相棒だ。
それからシルビナは、顔を作る為の厳しい特訓に入った。
しかし新たなスキルを獲得すること自体が、簡単なことではない。
まあ、明確なイメージと、それを再現する為の魔力の繊細なコントロールがあれば、不可能ではないけれど、元々は魔法よりも身体を動かすことの方が得意なシルビナにとっては、大変な努力が必要だった。
勿論、私だって協力はしている。
シルビナの顔の原型を作ったのは私だ。
記憶の中にある彼女の顔を、なんとかミスリルで再現したけど、そのままではただのデスマスクのようなものなんだよね……。
う~ん、某聖闘士漫画にこんなのいなかったっけ?
そのデスマスクに肌の質感と表情を与えるのは、シルビナ自身でなければいけない。
質感だけならアイ姉でも作ってやることはできるんだけど、表情を動かすと崩れたりすることもあるから、やっぱりシルビナ自身がコントロールする必要がある。
しかしそれがなかなか上手くいかず、一時期はマネキンよりはマシだけど、ダッ●ワイフみたいで違和感が酷い状態が続いた。
不気味の谷現象ってやつ?
それでも半年ほどが過ぎた頃──、
「やったね、シルビナ。
もう、全然不自然じゃないよ」
ようやく特訓の成果が現れた。
『そ、そうか?
というか、私の顔、こんなのだったか?』
シルビナは鏡を見ながら戸惑う。
おう……もう自分の顔を忘れているのね……。
私も記憶に頼って原型を作ったから、ちょっと美化されている可能性も捨てきれないけれど……。
「よし、これでお母さんに会いに行けるね!」
『そ、そうだな』
しかし──、
「その声のままでいいのかい?」
「『あ』」
アイ姉のツッコミが入った。
そうだった……シルビナの声は念話を使っているけど、必要に迫られた時は、魔法で発声している。
しかしそれは鎧の中に反響してくぐもり、不自然なものだった。
「どうせなら、完璧を目指そうか」
『お、おう……』
結局、声を作るのに、もう1ヶ月を要した。




