59 一時の平和
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カイリは今も、皇女メディナッテの護衛をしている。
「疲れました~……」
と、メディナッテは、ぐったりと会議室の椅子に身体を預ける。
先程ようやく、今日の分の仕事が終わったところだ。
ここは急遽建てられた仮説の庁舎のようなもので、帝国の政治はここで行われていた。
「お疲れ、メディ。
何か飲み物を用意するね」
「ありがとぉ……」
メディナッテは、今日も敗戦処理や国政の立て直しに奔走していた。
帝都が崩壊したあの日、帝国は敗戦国となってしまったから……。
ただ、その事実は多くの国民……というか、帝都の住民は受け入れている。
城から現れたあの巨大な怪物が、この帝都を崩壊させた。
あれは人間が勝てるような相手ではない──誰もがその姿を一目見て、理解したと思う。
なのに王国の誰かが、あの怪物を倒してしまったのだ。
それに私よりも何倍も強かった九重お兄ちゃんも、負けて死んじゃったらしい。
どう考えても帝国は、最初から王国に勝ち目なんて無かったんだよね……。
それを思い知らされたから、帝国の人間は王国に逆らおうという気持ちが起きないのだろうけれど、そればかりが理由ではない。
あの崩壊した帝都で、多くの住民が王国の人に助けられた。
そのことへの感謝も、きっとあるのだと思う。
それに王国の最新技術によって、地震にも強いという建物が次々に建てられているので、そこに安心感を覚えている人も多いのかもしれない。
……って、これらの建物、日本で見慣れたものとそっくりなんだけど、王国にも転生者がいるの……?
あの怪物を倒したのも、きっと召喚された勇者なんだろうね。
ただ、王国もただ優しいばかりではない。
メディナッテが皇族としての責任を取る為に、処刑されるようなことこそなかったけれど、多額の賠償金は請求されたし、犯罪奴隷以外の奴隷制度の禁止や、両国の戦死者遺族への賠償など、いくつもの条件もつけられた。
とはいえ、その賠償金の多くは、反王国政策を主導した貴族の財産から没収したもので賄われたので、国民に対する税金が大幅に上がった訳ではない。
上がった税金も都市の復興費用という名目だったので、そちらはむしろ積極的に納めてくれる人もいるという。
だから今のところ、国民から大きな反発は起こっていないようだ。
勿論、財産を没収された貴族の反発はあったけど、それはカイリの魅了スキルで黙らせた。
……カイリのスキルは、悪用しようとすればいくらでも悪用できるので、あまり濫用するのは駄目な気もするけれど……。
というか、実際に悪用できないように、奴隷契約によってカイリのスキルは制限されている。
それは誰かを人質に取られて、無理矢理命令されたとしても、スキルは悪用できないほど厳しい制限だという。
それでも使えたというのならば、反抗的な貴族を黙らせる程度のことは、制限の範囲外だったのだろう。
それならば遠慮無く、メディナッテの立場を守る為にスキルを使わせてもらうよ。
……まあ、王国の要人に対しては、スキルが使えないように制限はかけられているから、帝国内でしか通用しない権力みたいなものだけどね。
そのカイリのスキルが効かない人の内の1人が、今も会議室の中に残っている。
「今日もお仕事、頑張りましたね、皇女殿下」
「グラス様こそ……」
王国から送り込まれ、現在この帝国で宰相をしているグラス様だ。
この人、初めて会った時の服装からメイドなのかと思ったけど、やたらと政治に詳しいし、ただのメイドではなかったらしい。
そして実質的に今の帝国を動かしているのは、この人だと言ってもいい。
メディナッテって実質的に今はまだ、お飾りの国主だということになるね……。
まあ実際、まだ正式に女帝へ就任した訳ではないし……。
「私はまだまだ上手くできなくて、情けないですぅ……」
「最初から上手くできる人なんて、殆どいませんから、少しずつできるようになっていけばいいと思いますよ。
それを助ける為に私がいるのですから、どうか頼ってください」
「そぉーよー!
うちのクラリスちゃんだって、昔は酷かったんだから!」
「クリス様……!」
その時、会議室に入ってきたのは、王国の王太后──つまり現女王クラリス様の母親であるクリス様だった。
女王の母親とは言っても、まだ30才くらいにしか見えないほど若々しい。
異世界だと、老化を止めるような美容方法でもあるのかな?
将来カイリが老けてきたら、聞いてみよう。
で、クリス様は、宰相をやる為にこの国へ移り住んできたグラス様に付いてきて、一緒に暮らしているらしい。
どういう関係なのかは分からないけれど、2人はとても仲がよさそうだ。
少なくともクリス様は、こうしてグラス様の仕事が終わった頃合いを見計らって、わざわざ迎えに来ているくらいだし。
「クリス……。
お前が言うな。
お前はもっと酷かっただろう」
と、グラス様は、クリス様の頭をペシペシと叩いている。
一方クリス様も、
「や~ん、グラスちゃんだって、酷かったじゃない~!」
と、反撃していた。
……本当に仲が良いのだろうか?
でもグラス様は、クリス様に対してだけ口調が変わるので、素の自分を出せる相手ではあるんだよね……。
「それでは、お先に失礼します」
「じゃあね~」
そして2人は家へと、帰ってゆく。
それを見送りつつ、メディナッテは羨ましそうに、
「……なんだかあのおふたりは、長年連れ添った夫婦のようで素敵ですね」
そう呟いた。
「……羨む必要は無いよ。
カイリだって、これからずーっと、メディから離れないから」
カイリはメディナッテを、一生守り続ける。
この誓いは、もう決して破らないと決めている。
「そうでしたわね……」
メディナッテは微笑む。
カイリと彼女の関係は、これからも続いていくけど、帝国の新しい歴史は始まったばかりだ。
これからの道程は、カイリには想像もできないくらい大変だろうけど、メディナッテの為にも、この国の平和は守っていきたいと思う。
「明日も、頑張ろうね」
「はい」
さあ、私達の部屋に戻ろうか。
あれほど強化した──既にかつての魔王様以上の力を得ていたヘンゼルすらも敗れるとは……。
まだまだ準備不足ということか。
ここは計画を見直す必要があるようだな……。
となると、次に動く時まで……数十年はかかるかもしれないが……。
「いいだろう、人間共よ!
一時の平和を、今は噛み締めているがいい!」
だが、次に我々が動き出した時、そこから先に人間共の未来は無いぞ。
「ククククク……クックック……ハーッハッハッハー!!」
今はまだ、魔族にとっての雌伏の時だ──。
実質的に今回から6章のエピローグです。




