52 渾身の一撃
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なんとか間に合った。
勇者の魔力が大きく膨れ上がった次の瞬間、彼の正面の空間が水面のように揺らぐ。
「冥界の扉──」
勇者がそう唱えると、その揺らぎから何かが飛び出した。
「──こいつ!?」
一直線に私達へ襲いかかってくるそいつは、あの帝国との戦争の時に、私が倒した格闘家勇者だった。
あの勇者め、元仲間を死に損ない系の魔物として召喚したのか。
……うん、他人のことは言えないな……。
『アリタ、気をつけろ!』
「うん、分かってる」
この格闘家は、勇者の攻撃の本命ではない。
なぜならば、勇者の魔力はまだ膨れ上がっているからだ。
この格闘家は、本命攻撃の準備が整うまでの、時間稼ぎに過ぎないのだと思う。
いやこの格闘家、動きが以前よりも速くなっているし、力も上がっている。
生きている人間ならばかけらけているはずの、身体が限界以上の力を出して壊れないようにする為のリミッターが外れているのだ。
今この瞬間だけ時間稼ぎができれば、後のことはどうでもいいということか。
「うお、危なっ!!」
格闘家の回し蹴りが、私の「結界」を破壊した。
……まともに戦えば、こいつの方が苦戦しそうだな。
でも再生怪人は、弱体化しているというのがお約束。
そう、死に損ない系の魔物には、致命的な弱点がある。
「ほい、浄化!」
『グオッ!!』
浄化の光を受けて、格闘家の身体が崩れていく。
私の浄化魔法に耐えられる死に損ない系の魔物は、この世に存在しないだろう。
だけど勇者にとっても、単なる時間稼ぎだったので、それでも問題はないはず……。
『む……そろそろか!』
どうやら、勇者の方の準備は万全のようだ。
魔力が限界まで充実しているのが、オーラを視ただけでも感じ取れる。
「受けてみるがいい……。
『天地の怒り』を!」
来る!
勇者による最大最強の魔法攻撃が!
『うおっ!?』
唐突に頭上から、無数の雷が降り注ぐ。
それは豪雨の如く、数百か、それとも千を超えるか──。
とても全てを躱せるような数ではない。
視界の全面が眩い光に染まり、目を開けるのにも苦労する。
これは「結界」で防御するしかないな。
──って!?
私は慌てて跳躍した。
いきなり床が溶け落ち、溶岩と化したのだ。
さすがにここへ落ちたら、脱出には手こずるよ!?
それに長時間浸かっていたら、さすがにシルビナのミスリルボディでも溶けるかもしれない。
それはもう、ターミ●ーターのように!!
勿論、中身の私も焼け死ぬだろう。
早く安全圏まで脱出した方がいいんだけど、未だに雷は降り続けているし、更に溶岩も間欠泉のように吹き上がってくるので、下手に動けない。
私達は空中で「結界」を張って、防御に徹することになった。
そんな私達にとってすら危険な空間に、勇者が生身で突っ込んでくる。
『「なっ!?」』
いや、勇者の右腕だけが、炎の塊となっていた。
あの炎の巨人に変化する術のパワーを、腕1本に集中させたのか。
どちらにしても捨て身だ。
自分自身の魔法攻撃で、ダメージも受けている。
それでも構わずに、勇者は炎と化した右腕を私の結界に叩きつけた。
その一撃で、結界が破壊される──だと!?
その力、さっきの格闘家と同等以上だ。
まさか魔剣を失ってもなお、ここまで私達を追い込むとは!
だけど私達も引く訳にはいかない。
「よーし、シルビナ!
私達もあいつに応えよう!
防御は捨てる!」
『ああ、これが最後だ!!』
シルビナが上段に剣を振り上げた。
結果、がら空きになった胴体目掛けて、勇者が渾身の拳を打ち込んでくる。
「あああああああああ──っ!!」
『はああっ!!』
拳を振るう勇者目掛けて、シルビナが剣を振り下ろす。
まともに受ければ、勇者は致命傷を負うことになるだろう
それでも構わずに、一切の回避行動を取らずに攻撃に集中した勇者の執念は、シルビナの一撃を上回った。
そう、その斬撃が身体を斬り裂く前に、勇者の拳は私達の胸に届いたのだ。
「ふぎゃっ!!」
勇者の拳を受け止めた鎧は大きく陥没し、それが私の脇腹に食い込んだ。
これは、肋骨が逝ったか!?
そしてその衝撃でシルビナの斬撃は逸れ、勇者の左肩を浅く斬り裂くだけに終わった。
つまり今の攻防は、勇者の方に軍配が上がったことになる。
──が、シルビナの斬撃が外れた瞬間、私は動く。
振り終わった剣から左手を離し、勇者の身体を振り払うかのように横へ薙いだ。
その指先からは、熱線が放たれている。
「……これで満足か?」
「──」
勇者は熱線で喉を斬り裂かれ、既に言葉を発することはできない状態になっていた。
だけど彼は、確かに笑みを浮かべたような気がする。
満足したのか、それは勇者本人にしか分からないけれど、その笑みを私の記憶に残して、彼の首と胴体は離ればなれになり、溶岩の中へと落ちていった。
さすがにこれで終わりだね……。
さっさと安全なところへ、退避しよう。
しかし実際には、床に着地してからが、大変だった。
「ガフッ!?」
『ア、アリタ!?』
私は豪快に、吐血することになったのだ。
あかん、内臓も逝ってる……。




