11 職務と良心の狭間
ブックマーク、☆での評価ありがとうございました。
鬱展開は前回がピークだったはず……。
もしもし、私レイチェルさん。
今、領主の館の離れにいるの。
はい、あの憎き領主をぶっ転がす為に、そろそろ動き始めますかね。
あ、折角なので、この身体に付いていた「レイチェル」という名前は、このまま使わせてもらおうと思う。
生まれて初めて、ようやく名前を得た!
うん、やっぱり名前があると、人間に近づけたという感じがする。
……いや、人間になれたと断言できないのは、動物の生活が長すぎたというのもあるけど、今の私の能力って、人間の範疇に収まるのか?──という疑問もある。
まあ、この能力があれば、領主も余裕で倒せるだろうから、ありがたくもあるのだが……。
お、もたもたしていたら、索敵能力に反応が。
領主が差し向けた刺客か?
しかし馬鹿め、わさわざ我が領域に踏み込むとは。
飛んで火に入る夏の虫ですわ。
「ここに領主様を傷つけた魔獣がいるはずだ。
見つけ次第処分しろ!!」
と、武装した集団が踏み込んできたが、この時点で対策はもう終わっている。
「あら、ごきげんよう、紳士の皆様方」
「!?」
私はカーテシー・スタイルで挨拶をした。
あのスカートの裾を軽く持ち上げてやるやつね。
これがこの世界で初めて喋る、人間の言葉だ。
うむ、ゴブリンの時と同様に、言葉の方もちゃんと使えるようになっているな。
しかし彼らには、私の初々しい挨拶を見ている余裕があったのだろうか?
「な、なんだっ!?
身体が動かんっ!?」
既に侵入者達の身体は、拘束している。
ちなみにまた麻痺毒ではワンパターンなので、今回は蜘蛛糸を使っているよ。
これは以前乗っ取ったことがある、牛ほどのサイズの蜘蛛型モンスターが持っていた糸を生成する能力だ。
つまりあらかじめ張っておいた蜘蛛の巣に、突入してきた男達は自ら絡まってしまったという訳だね。
この強靱な糸は、人間程度の力では抜け出せないだろう。
で、蜘蛛の身体の時なら、このまま彼らにトドメを刺して餌にしちゃったんだろうけど、さすがにそんなことはしない。
だって恨みがあるのは、領主だけだからね。
それに前世の時も時代劇を観ていて、「悪いのは悪代官なのに、そいつの巻き添えで倒されてしまう、部下の侍達は可哀想だなぁ……」とか思っていた。
彼らにも家族や生活があっただろうに……。
だからこいつらが私に対して敵対的な立場をとっていたとしても、それが職務として仕方がなくやらざるを得ないというだけならば、命を奪うほどの理由にはならない。
そんな訳で、こいつらは拘束したまま放置でもいいんだけど、ちょっと気になることがあるから聞いてみるか。
「ねえ……あなた達は、領主が人身売買組織と繋がっていることをどう思っているんです?
こんな小さな女の子を犯して苦しめていることについて、なんとも思わないのですか?
あなた達がどんな立場にいる者なのか、それは私には分からないけれど、もしも正義を守るべき立場にいるのならば、剣を向けるべき相手は領主の方なのでは?」
「!!」
私の言葉で、数人が「痛いところを突かれた」という顔をして視線を逸らす。
うんうん、いけないことだとは分かっていても、上司には逆らえなくて、見て見ぬ振りをしてしまうことだってあるよね。
私だって、前世で上司に振り回された経験があるから、その気持ちは分かるよ。
……でも、上司の悪行を知りながら、それを放置していたのは、無罪とは言い切れないかなぁ……。
ここはちょっとだけ、お仕置きしておこうか……!
「!」
私が纏う空気が変質したことを悟ったのか、男達の顔色が変わった。
まあ、既に拘束されている彼らには、抵抗することなんてできないんだけどね。
できるとしたら、精々──、
「ど、奴隷ごときが、何を言うかっ!!」
「!?」
──喋ることくらいなんだけど、空気が読めない子がいますねぇ……!!
この状況で私を挑発するって、死にたいのかな?
実際、そいつ以外の者達は、「余計なことを言うな」と慌てている。
だけどそいつは止まらない。
「平民は貴族の所有物なのだから、何をされても唯々諾々と受け入れるのが当然ではないか!
貴様の不敬な発言を、我々は罰せねばならぬ。
大人しく縛につくがよい……!」
「……それ、私に何の得があるのです?」
「損得の問題では無い!
貴様は罪を犯したのだから、罰せられるのが当然というだけの話だっ!」
「…………」
あ~、これ挑発じゃない。
天然でそう思っているんだ。
こいつは騎士か何かで、そういう価値観を教え込まれてきたのだろう。
たぶん身分制度が絶対で、人権とかいう概念すら知らないのだろうな……。
しかしだからといって、庶民の苦しみを無視してもいいと考えるのは、あまりにも視野が狭くないか?
同じ人間ならば、多少は共感してもいいだろうに……。
駄目だこいつ……早く何とかしないと……。
おそらくこいつは、自身の価値観が絶対だと思っているから、身分が下の者から反撃を受けるという発想もないのかもしれない。
だからこの絶対的に不利な状況でも、こんなことが言えるのだ。
これはちょっと、分からせてあげないといけませんねぇ……。
「でもね……私達も同じ人間なのですよ?
身分に関係なく、傷つけられたら痛くて苦しいのですよ?
私は領主に指を切られ、お腹を裂かれましたけど……あなたも同じ経験をしてみます?」
私の言葉に、馬鹿な発言をした男の顔色が変わる。
そして彼の同僚達は、「自分は関係ない」と言わんばかりに、ぶんぶんと首を横に振っている。
それじゃあ馬鹿1人だけ、見せしめに痛い目を見てもらおう。
私は右手の人差し指の、爪を伸ばした。
長年繰り返した乗っ取りのおかげで、この程度の身体操作もできるようになっている。
そしてその爪を、男の腕に押し当てた。
「な……何をする気だっ!?」
「ふふ……ちょっと毒を注入するだけですよ?
なに……死にはしません。
あなたが苦痛に負けて、自害でもしない限りはね」
「!?
やめ──っ!!」
私は男の制止の声を無視して、爪をその腕に突き刺した。
本当は軽く傷つけるだけでも十分なんだけど、ついでだから爪を突き刺したまま、グリグリとしてあげましょう。
「ぐあああっ!?」
そして更に、トドメの一言。
「ん!?
まちがったかな……」
「えっ!?」
私のふざけた発言で、男の顔は驚愕に染まる。
何かの手違いで、命に関わる事態になるという可能性に、思い至ったのかもしれない。
実際、これから毒を注入するので、絶対に安全という訳ではないのだけどね。
「今あなたに注入した毒は、命を奪うほどではありませんが、毒が消えるまでは激しい痛みが全身を襲いますよ。
さて……毒が消えるまで、何日くらいかかりますかね?」
そう言っている間に、男の身体が震え始める。
私が使う毒は、魔法で生成している所為か、効果も即効性なんだよねぇ。
しかも痛みの程度は、最大で痛風くらいかな?(外道)
「ひぃっ……いたっ、いたたたたっ!?
あが……ああっ!!」
男が苦痛に悶え始めた。
そしてその姿を、仲間達は為す術無く見せつけられることになっている。
彼らも誰かに救出されるまでは、蜘蛛糸の拘束からは抜け出せないし、精神的にはかなりの苦痛を味わうことになるだろう。
「た……助け……っ!!」
「それと同様の苦痛を、私は領主から受け続けていたのですよ?
そのことを少し思い知ってください。
……反省すれば、少しは解毒も早くなるかもしれませんね?」
嘘である。
他人の痛みが分からない馬鹿は、精々長く苦しんで欲しい。
まあ、毒の効果は徐々に弱まって行くと思うから、痛みのピークさえ過ぎれば、なんとか耐えられるでしょ。
命を奪わないだけ、ありがたく思え。
……さて、ちょっと邪魔が入って遅れたが、さっさと本命を狩りに行こう。
って、建物の入り口は、蜘蛛糸で拘束されている男達で塞がれているなぁ……。
じゃあ、壁に穴を開けて出るか。
壁を破るだけなら魔法を使うまでもなく、蹴るだけで十分だろう。
私は壁に開けた大穴から外に出て、冷たい地面を踏む。
あ、靴が無いじゃん……。
服もベビードールだけだし、屋敷の方に着替えられるような物が何かないかなぁ……。
次回は通常なら日曜0時頃に更新予定だったのですが、その日は『おかあさんがいつも一緒』の更新予定なので、こちらは前倒しして土曜0時に更新したいと思います。