48 カイリの願い
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今回は途中で視点が変わります。
カイリには妹がいた。
まだ小さくて、弱くて、1人では何もできない。
だから妹は、いつもカイリにベタベタとくっついてくる。
そしてカイリもお姉ちゃんだから、妹を守ってあげなければいけない。
お母さんは忙しい人で、お父さんもいなかったから、カイリが頑張らないと妹がいる生活は成り立たなかった。
学校が終わったら幼稚園に妹を迎えに行って、その後はずーっと一緒にいるのが日常だ。
勿論、妹は可愛かったけれど、時には我が儘を言うこともあったし、カイリだって常に機嫌が良い訳じゃないから、たまに妹が鬱陶しく感じることもあったんだ。
その日のカイリは虫の居所が悪くて、すがりついてくる妹の手を振り払い、遊びに来ていた公園に妹を置き去りにしてしまった。
カイリはすぐに冷静になって、元の場所に戻ったけれど、そこにはもう妹はいない。
慌てて捜すと、妹はすぐに見つかった。
けれどその時の妹は家に帰ろうとしたのか、公園から出て道路を横切ろうとしていた。
しかもそこへトラックが迫ってきている。
カイリは必死に走って追いつき、妹を突き飛ばした。
その時妹が見せた、「なんで?」という表情が忘れられない。
あの子はカイリが意地悪で、突き飛ばしたと勘違いしたのかな?
そして勘違いしたままなのだとしたら──そう思うと胸が苦しくなる。
カイリは決して、妹のことを傷つけたいとは思っていなかった。
その気持ちを、妹に伝えたかった。
でも結局、妹が助かったのかどうか──それは今も分かっていない。
生きていれば、カイリの行動の意味も分かってくれたとは思うけれど、それを確かめる方法が無い。
直後に受けた物凄い衝撃からの記憶は無く、気がついたらカイリは知らない世界にいたからだ。
カイリは妹を守れたのだろうか?
それが分からないから、せめてメディナッテは守ってあげたいと思っていた。
だけどカイリは、差し伸べられたメディナッテの手を振り払い、置き去りにしてしまった。
また、カイリは間違いを犯してしまったの……?
私とリュミエルがメディナッテ皇女を連れて、副メイド長と勇者が戦っているという場所に駆けつけると、勝敗はもう見えていた。
「「「「ぐあっ!?」」」」
副メイド長が放った弱い電撃の魔法を受けて、勇者が操っていた人々や魔物が倒れる。
ただ、中には耐性があるのか、倒れない者もいたけど、そういう者達を副メイド長は各個撃破していった。
しかも人間は気絶させるだけにとどめる一方で、魔物に対しては確実にトドメを刺している。
素晴らしい力加減だ。
結果、勇者の取り巻きは、程なくして制圧された。
だけど勇者は、まだ抵抗を続けている。
とはいえ、副メイド長との実力差は明白だ。
……明白であるはずなんだけど、副メイド長は勇者を気絶させることに苦労しているようだ。
私達は既に副メイド長に対して、「勇者カイリの保護」を念話で打診しているので、彼女はそれに応えようとしてくれているのだとは思うけど、「なるべく傷つけないようにする」というのが難しいらしい。
どうにも手加減した攻撃では、勇者はなかなか気絶してくれないようだった。
いくらダメージを受けて倒れても、彼女は再び起き上がって戦いをやめない。
奴隷契約の命令にただひたすらに従っているのではなく、なにやら執念めいたものを感じた。
「────」
戦いながら、勇者カイリは何事かを小さく呟いている。
耳を澄まして聞いてみると、
「守る……カイリはお姉ちゃんだから……守る……!
守る……皇帝を?
違う……私が守りたいのは……皇帝じゃなくて……皇帝じゃなくって……!!」
なんと奴隷契約の命令に抵抗しているようだ。
半ば正常な思考能力を失いながらも、凄まじい精神力で、抵抗の言葉を繰り返していた。
だけど身体は命令に抗しきれず、戦い続けている。
これはさすがに可哀想だ……。
早く止めてあげないと……とは思うが、私達ではその力が無いし、今は副メイド長に託すしかないね……。
その時──、
「カイリ様ぁ!」
「あっ!?」
メディナッテが前に飛び出した。
「馬鹿ぁ!
ちゃんと見ていろよ!」
いや、お前もだぞ、リュミエル!!
でも、あの気弱そうな皇女が、戦いの場に飛び込むとか、予想外じゃん。
しかしメディナッテの行為は、自殺行為だよ!?
副メイド長は攻撃を止めてくれるだろうけど、あの勇者はどうなのか分からない。
いや、駆け寄ってきたメディナッテに、勇者は一瞬襲いかかろうとした──が、
「ガ、アァ、ア!!」
その動きが一瞬止まる。
身体は戦いの邪魔をしようとしたメディナッテを排除しようとしたらしいけれど、それを精神力で強引に止めたのか!?
「ふんっ!!」
副メイド長はその隙を見逃さず、強烈な拳の一撃によって、勇者を床に叩き伏せた。
「ガハッ!?」
勇者が叩きつけられた床には亀裂が走り、軽く陥没している。
さすがに勇者も、これではもう動け……いや、まだ起き上がろうとしている!?
怖すぎでしょ、勇者……。
この勇者カイリは弱い方だと聞くけど、それでもこの生命力……。
アリゼナータ様が負けるのも納得だわ……。
しかし起き上がろうとした勇者に、メディナッテが覆い被さる。
「カイリ様……っ!
もう戦わなくていいです。
いいですから……っ!!」
その言葉が聞こえているのかどうか、勇者は弱々しくもまだ藻掻いていた。
これはメイド長を呼んで、奴隷契約を解除してもらわなければ駄目かも……。
いや、私にもやれることはあるか。
「勇者カイリ!
あなたが魔物を操って引き連れていかなければ、メディナッテ皇女は魔物に襲われて、今頃は命を落としていました。
あなたは皇女の命をしっかりと守っている!」
実際、ここまで来る道中も、魔物がいなくなっていて楽だった。
「そうです、カイリ様!
私は、あなたのおかげでこの通り無事です。
もう大丈夫! 大丈夫なんです!」
その呼びかけに勇者は、
「ア、ア、アあぁぁぁぁー!」
と、悲痛な声を上げた。
それは子供の泣き声のようでもあり……いや、実際に子供なのか。
その声を残して、勇者は意識を手放したらしく、ついに動かなくなる。
奴隷契約の呪いが、自身の役割を全うしたと、認識したのだろうか?
ともかく、勇者との戦いは終わった。
眠っている勇者の顔は、少しだけ安堵しているかのようにも見え、その目には涙が浮かんでいた。
土日の更新はお休みします。他の作品は更新しますが……。




