46 地下にあるもの
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「え……うん?
召喚士がダミーで、皇帝だった?
どういうこと?」
母さんから念話が届く。
どうやら魔物を──そしてもしかしたら勇者を召喚したかもしれない者に、逃げられたらしい。
なんでも死体を分身として動かしていたらしく、本体が何処にいるのか分からないようだ。
しかもその死体が皇帝だったようで、つまり皇帝を倒せば帝国をどうにかできるという話ではなくなったという。
『どうしたのだ、アリタ?』
「う~ん、なんだか面倒臭いことになっているみたい」
私はシルビナに説明する。
召喚士の居場所も、見つけなければならなくなった……と。
『これから行く、地下にいるということはないのか?』
「可能性は、あるね……」
帝国は地下に、何かを隠しているっぽいし。
それに知っている気配が、この先にある。
たぶん、あの勇者だ──。
私達は階段を見つけて、そこを降りて行った。
長い……長い階段だ。
この先にあるのが地下牢の類いならば──あるいは非常時に脱出する為の抜け道ならば、これほどの深さは必要無いだろう。
じゃあ、何の為なのかと言えば、それは実際に見てみないと分からない。
それだけ不自然な深さだ。
やがて私達は、広い空間に出た。
学校の体育館くらいの、広さはあるだろうか。
『地下にこんな広い空間が──?』
シルビナが驚きの声を上げるが、その気持ちは分かる。
自然の空洞ならばともかく、人工的にこのような物を作る意味が分からない。
かなりの労力が必要だろうし、適当に穴を掘れば地盤沈下を誘発して、城に害が及ぶ可能性だってある。
それでもやったということは、それなりに重要な意味があるということだ。
……床に魔方陣が描かれていることを考えると、ここで勇者の召喚をしたのかもしれないし、あるいは何か別の儀式をしたのかもしれない。
しかも更に奥には、別の空間がある……というか、切り立った断崖になっていて、更に深い地下へと繋がっている。
その底には──、
「ゴ●ラかいな……」
巨大な生物が眠っていた。
あれは……竜かな……?
でもあんな大きいのは、見たことがない。
100m前後はありそうだ。
そんな怪物が眠っている。
そう、眠っているのだ。
冬眠状態の所為か、索敵をかけても反応は小さいけれど、生きているからにはいつか目覚めるということだ。
そんなことになったら、この帝都は滅びるかもしれないぞ……。
母さんなら勝てるだろうけど、周囲に被害を出さずに……とはいかないかもしれない。
「どうだ、凄いだろ……?」
背後からあの勇者が、声をかけてきた。
いるのは分かっていたけど、攻撃してくる気配が無かったのでスルーしていた。
「なんなの、これ……?」
「さあ……?
いや、これはしらばっくれているんじゃなくて、本当に知らないんだよ。
ただ皇帝達は、一生懸命奴隷を生贄として捧げていたね」
「どれ……っ!!
まさか我が国から攫った人達の一部も……!?」
「僕は知らないけど、見つからないのならそうなんじゃない?」
平然とした態度の勇者。
あんたが攫った人達のことでしょうが……っ!!
『この……!』
「待った」
激高したシルビナが剣を抜こうとうするが、それを勇者は言葉で制する。
「戦いなら、この後でいくらでもしようじゃないか。
どうせ戦い始めたら、どちらかが死ぬ。
焦る必要も無いだろう」
「……冥土の土産とやらを、話したくて仕方がないのかな?」
「うん、まさにそんな気分だ。
まあ、僕もこの世界に呼び出された身だから、分からないことも多いんだけどねぇ……」
……余裕があるのか、それとも自暴自棄になっているのか。
仮に私に勝てたとしても、母さんに勝てないことは分かりきっているだろうしねぇ……。
「生贄と言えば、僕達勇者の召喚にも、必要だったらしいよ。
僕達が持っているスキルやパラメータは、元々はその生贄になった人達が持っていたものを、上乗せしたんだとか」
「なん……だと……!?」
それって母さんの「魂の融合」と、同じようなことをしたってこと……!?
じゃあ……生贄を捧げていたという、あの地の底に眠っている奴にも……!?
冗談じゃない!
母さんと同類が敵になるとか、悪夢以外の何物でもないじゃないか……!!
これは母さんに、念話で連絡を入れておいた方がいいな。
あの大怪獣の対処は、母さんに丸投げしよう。
……というか、母さんが捜している召喚士の本体って、あの怪獣なんじゃ……?
皇帝を操って生贄を捧げて……眠っている本体を復活──あるいは完成させようとしている?
そして──、
「そう……か。
あんた達勇者は、あれを完成させる為の実験台って訳なんだね……?」
もしかしたら、「勇者召喚」の秘術というのは、元々この世界にあったのかもしれない。
前回魔王を倒したという勇者についても、分かっていないことが多いらしいし、召喚勇者であった可能性はある。
だけど何者かが、その秘術の原理を解き明かし、その一部を応用して……あの最悪の存在を作り上げようとしている。
それはまさに、勇者を踏み台にして魔王を生み出すかのごとき所業だ。
「そう……かな?
そうかもしれないねぇ……」
勇者は自嘲気味に笑う。
「それでも僕は、必要とされるのが嬉しいんだよ。
あの世界で僕は、親にすら必要とされず、だから自ら死を選んだ」
うん? 単純な召喚ではなく、転生なのか?
魂だけを呼び寄せて、肉体はあとで再構成させた……?
ともかく彼の前世は、恵まれた環境ではなかったようだけど、同情はしない。
前世の酷さで言うのなら、私だって酷いし。
「そんな僕だからこそ、勇者としての役割を求められるのならば、最後までやり遂げてみせるさ」
と、勇者はあの魔剣を抜いた。
「……それが帝国を、滅びに導くものだとしても?」
このまま彼が帝国の勇者として戦ったところで、状況は好転しないだろう。
既に皇帝は死に、統治体制が瓦解するのは確定している。
その上あの怪獣によって、物理的に帝都が破壊し尽くされる可能性もある。
私と戦うことで、勇者が得る物なんて無い。
……無いとは思うのだが……、
「帝国は、正直どうでもいい。
僕が満足できる……そのことが重要さ」
勇者はそう言って笑う。
狂っているなぁ……。
もしかしたら彼の心は、前世で死を選んだ時点で死んでいるのかもしれない。
それならば──、
「私が──いや私達が、あんたに引導を渡してあげる」
そんな私の言葉と同時に、シルビナが剣を抜いた。




