44 魅了の勇者
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私の名はニナ。
メイド長が率いる、吸血鬼メイド隊の一員さ。
ちょっと昔にやらかして、人間をやめることになったけれど、今の生活は案外気に入っている。
やっぱり偉い人の為に働くというのは誇らしいことだし、吸血鬼になったことでしがない冒険者だった頃とは比べられないほどの大きな力も得た。
なんだか万能感があって、悪くはない。
まあ……ミスリル鉱山での作業だけは面白くなかったけど、私は早めに昇進してお城での業務(夜勤限定)に移動できたので、結構楽しく働けている。
今のところ太陽の下を歩けないこと以外は、特に不満は無いかな。
で、今私は特別任務として、王国に戦争を仕掛けたクバート帝国を攻略する為、皇帝がいるとされる城へと突入している。
最優先の目的は拉致された王国民の救出だけど、居場所が分かっていないので、まずは帝国上層部の制圧が目標だ。
ただ、帝国には勇者という、あのアリゼナータ様ですら1度は負けた化け物がいるらしい。
そんなのに遭遇したら、私達では勝てないだろうなぁ……。
「ぐえぇーっ!!」
あ、リュミエルの首がはねられた。
吸血鬼の私達はあの程度では死なないけれど、暫く戦闘にはならないな……。
……うん、そうなんだ。
どうやら私達は、勇者に遭遇してしまったらしい。
相手は小さな女の子で、アリゼナータ様から聞いている勇者の1人と、特徴が合致している。
その戦闘力は、Sランク冒険者に毛が生えた程度で、私とリュミエルの2人がかりならば、勝てないほどの強さではなかった。
ただ、問題は取り巻きだ。
あの勇者を、多くの人間と魔物が守っている。
何故か人間と魔物が、統率の取れた動きで勇者を守り、そして私達の動きを邪魔していた。
個々の能力はそんなに高くないけど数が多く、しかも正確で迷いの無いその動きは結構厄介だ。
その上、中には侍女と思われる、明らかに非戦闘員の女の子の姿も混じっている。
これ……絶対に操られているやつだよね……。
戦うのが仕事の兵士はまだしも、非戦闘員を殺しちゃうのは可哀想かなぁ……。
メイド長は非戦闘員の犠牲者を出すのを嫌うし、殺さないで済むのなら殺さない方がいいんだけど……1人1人を無力化するのは、結構メンドイっ!
「くっ……あと2人……いや3人、こちらにも仲間がいれば……」
そうすれば勇者の取り巻きを同僚達が抑えている間に、あの勇者を倒すことができる。
しかし残念ながら同僚達は、他の場所を攻めているはずだ。
だから──、
『班長、コンスタンス班長!
応援を求む! 応援を求む!!』
念話で救援要請を出してみたが……、
『ごめんなさ~い、私達も魔物との戦闘中なので、無理ぃ~』
ああああ、これでは撤退するしかないじゃないっ!!
でも、せめてリュミエルの首だけでも回収しないと……っ!!
って、私の進もうとする方に、取り巻きが立ちはだかる。
そして次に進もうとした方にも。
これでは、撤退すら難しい。
あっ……勇者が近づいてきて……!!
「ガッ……!!」
勇者の剣での一撃が私のお腹に食い込み、上半身と下半身を斬り分けた。
あ゛~こりゃ駄目だ。
このまま死んだふりをしておこ……。
幸い勇者も誰かに操られている感じだったので、倒れた私にはあまり注意を払っていない……というか、そういう細かいことを考える能力は無くなっていそうだな……。
確か奴隷契約って、命令に強く抵抗すると、精神まで完全に支配されて、ロクに考えられなくなるって言うよね……。
だとすると、勇者もやりたくてこの戦いをしている訳ではないのだろうね。
そう思うと、ちょっと可哀想だな……。
だけど私達じゃ、勇者の相手は割に合わないよ……。
後で危険手当の増額を要求してやる……!
それから私は、死んだふりをして床に転がりつつも、ゆっくりと時間をかけて上半身と下半身の結合を進めていた。
勇者は先に進んじゃったけど、派手に動くことで気付かれて、戻って来られても困るからね。
私から流れ出た血は、スライムのように動いて、上半身と下半身の橋渡しとなる。
そしてお互いに引っ張り合って、やがて1つに合体するのだ。
まあ、吸血鬼の再生能力なら、30分もあれば完全にくっつくだろう。
ただリュミエルは、首を切断されたショックで気絶しているのか、まったく動いていないなぁ……。
やっぱり再生能力も、自動でやるのと意識的にやるのとでは、スピードが違うんだよね。
気絶していると、明確に効率が落ちる。
リュミエルの首は、後で私がくっつけてやるか。
「ん……?」
暫くすると私達が倒れているホールに、何者かが近づいてくる気配があった。
その人物は──、
「ひっ……!?」
私とリュミエルの惨状を見て、小さく悲鳴を上げた。
それはまだ少女とも言える娘で、少しぽっちゃりとしているけど、なかなか可愛らしい顔立ちをしている。
そしてふわふわの栗毛は、よく手入れがされていることが分かった。
ああいうすぐにクセ毛になりそうな髪質を整えるのには、結構手間がかかる。
そこに時間をかけているということは、暇を持て余している高貴な出身である証拠だ。
服装は地味な物にしているようだけど、それでもすぐわかるぞ。
もしかしたら皇族なのだろうか?
少女は顔を青く染めて怯えていたけど、それでも意を決して私達の横をすり抜け、勇者が消えていった通路の方へと向かう。
そのまま行ったら、魔物かあの冷静な判断力を無くした勇者にやられるんじゃないかな?
……仕方がないなぁ……。
「そこの人、そのまま先に進んだら危ないよ?」
「ひえっ、い……生きて!?」
私に声をかけられてその少女は驚愕し、そして──、
「はう……」
あ、驚き過ぎたのか、気絶して床に倒れた。
……まあ、このまま進ませるよりは、安全かな……。




