10 レイチェルの生涯
ブックマーク・☆での評価・感想をありがとうございました!
今回も精神的にキツイ描写が多いと思うので注意。まあ長くなりそうだったので、当初の予定よりはダイジェスト気味にまとめましたが。
これは……私が見た少女の記憶。
それは短い人生の、しかし苦痛に満ちた記憶──。
レイチェルは、ちょっと頼りない開拓民の父と、とても美しく優しかった母の娘として生まれた普通の少女だった。
ただし見た目が、田舎娘とは思えないほど綺麗だったことを除けば──。
近所の大人達からは、「貴族のご令嬢のようだ」と、よく言われたものだ。
もっとも貧乏な村娘の服装では、その綺麗な顔立ちとのギャップも大きく、故にからかいの意味も多少なりとも含まれてはいたようだが……。
いずれにせよ、その見目の良さが彼女の人生を狂わせる。
何処からかレイチェルの噂を聞きつけたのか、領主が彼女を養女にしたい──と、伝えてきたのが全ての切っ掛けだった。
勿論、両親はそれを拒否した。
大金を提示されてはいたが、領主の館には雇った女が2度と帰ってこないという、良くない噂もあったので、それがどんなに良い話でも、飛びつくのは躊躇われたのだ。
そしてレイチェル本人も、大好きな両親から離れるつもりなんて毛頭無かった。
さすがに本人達に拒否されれば、いかに領主といえども強引にレイチェルを攫えるような権限は無い。
だからこの養女の話は、これで終わる問題であるはずだった。
だがほどなくして、父に莫大な借金があることが発覚した。
酒場で出会った美女にたぶらかされ、彼女に貢ぐ為に高利貸しから大金を借りてしまったのだという。
あとは法外な利子で、返済が不可能な額になるまでは、あっという間だった。
一家はすぐに追い詰められた。
激しい借金の取り立てを受けて、まともな生活を送ることすら難しくなった。
十分な食事とれない日も増えてきて、このままでは一家で心中するという選択肢も視野に入るほどに追い詰められていた。
そんな金に困った一家に、何故か奴隷商人が接触してきて、娘を売ってくれれば借金を肩代わりしてくれると持ちかけてきた。
後にして思えば、父をたぶらかした女と奴隷商人はグルだったのかもしれない。
更に言えば、領主とも──。
それは後にレイチェルの身柄が、領主の館へ送られたことからも明白だった。
理不尽な罠にはめられた──それが分かっていても、他に選択肢が無かった両親は首を縦に振るしかなかった。
ただ、両親はレイチェルにこう約束してくれた。
「沢山働いて、いつかお前を買い戻してあげるから!」
レイチェルはその言葉だけを心の支えにして、売られて行った。
いつか両親に再会できるという希望があれば、どんなことでも耐えられるのだと思っていた。
その約束が、決して果たされることがないという、絶望的な未来が待ち構えているとも知らずに──。
その後、領主の支配下におかれることとなったレイチェルの生活は、地獄だった。
彼女は領主の命令で、娼婦の真似事をさせられた。
今更言うまでもなく、領主は小児性愛者の気があった。
レイチェルは泣き叫んで抵抗したが、大人の力には抵抗できなかった。
やがて抵抗が無駄だと悟った彼女は、大人しく行為を受け入れるようになったが、今度は「反応が無いと面白くない」と、暴力を振るわれるようになった。
領主は加虐性愛者でもあったのだ。
そんな心身ともに痛めつけられる日々の中で、レイチェルが正気を保っていられたのは、「いつか両親が迎えに来る」という希望に支えられていたからだ。
そして領主はそのことを見抜いていた。
だから領主は、殴っても反応しなくなりつつあったレイチェルに告げた。
「お前の父親なら、もうこの土地から逃げたぞ?
金策に疲れたのだろうな。
母親は娼婦に身を落としてまだ頑張ってはいるが、流行病にかかってもう長くないと聞く。
お前は、一生ここから出られないだろうな」
この時レイチェルは、売られてから1番の大声で泣いた。
残された最後の希望を打ち砕かれたというのは勿論だが、母親にまで自身と同じ、この忌むべき行為をさせてしまっていることが申し訳なかった。
しかも、その命も長くないという。
私の所為で、私の所為で……と、彼女は泣き続けた。
そしてこの日を最後に、レイチェルは泣けなくなった。
その精神が、ついに限界を迎えてしまったのだ。
心の動きがおかしくなってしまい、泣くことも笑うことも、怒ることさえ思うようにできなくなってしまっていた。
それからレイチェルは、1日の大半をぼんやり過ごすようになった。
もう何かを考えることすら、億劫になっていた。
領主からの行為も、なすがままに、まるで人形のように受け入れていた。
それでいて、何も無い時に、突然意味も無く暴れ出すようなことも増えた。
心が全く、制御できなくなってしまっていたのだ。
ただ、心の調子がいい時は、過去に家族と一緒に歌った、思い出の歌を口ずさんだ。
歌いながら、幸せだった頃の記憶に浸ることしか、レイチェルにはもう救いが無かった。
そんな彼女の前に、珍しい客人が現れたのは、その人生が終わる数日前のことだ。
それは、背中の毛の一部が赤い、黒ネコだった。
黒ネコは、鉄格子をすり抜け、レイチェルの手元にやってきた。
そして彼女を警戒することもなく、撫でられ続ける。
そんな黒ネコを見ている内に、レイチェルは無意識に呟いていた。
「お前は……自由でいいねぇ。
私は、ここから動けないのに……」
不意に羨望と共に、妬みの念が湧き上がる。
そこから先のことを、レイチェルはよく覚えていない。
気がつけば黒ネコが、怯えた視線で彼女を見ていた。
黒ネコが立ち去った後の後悔と孤独感は、更にレイチェルを苛む。
(私は……もう駄目だ)
そんな確信と共に、レイチェルの精神はいよいよまともに動かなくなった。
結果、領主から「完全に壊れてしまった」と判断され、彼女の廃棄が決まる。
だから最後に、徹底的に壊してやろう──そういうことになった。
レイチェルが売られてから、2年が経過しようとしていた。
……痛い、苦しい、ただそれだけが私を満たしていた。
そして、そんな苦痛だけを抱えて、私はこの世界から消えて行く。
何の為に、生まれてきたのだろう?……そう思う。
このまま無意味に人生が終わるのは、悔しくて寂しいような気もするけど、それよりもこの苦痛から早く解放されたい。
それだけを願って、理不尽な責め苦に耐えていた。
だけど、その責め苦が不意に弱まった。
気がつくと、あの黒ネコが側にいる。
私……たぶん酷いことをしちゃったのに、戻って来てくれたんだ。
……なんだろう?
あの黒ネコが首筋にすり寄ってきたと思ったら、凄く苦しかったのが、和らいだ。
黒ネコが……何かしてくれたの?
ありが……と──
──あれ……?
光が見える……。
まるで沢山の気配が溶け合って、大きな光を形作っているような……。
これが……天国?
私も、これと1つになるのかな?
……じゃあ、もう寂しくない……ね。
「──っはぁ!!」
私は大きく息を吐き出した。
ようやく混乱した心が落ち着いてきたのだ。
ああ……こんなことになるのなら、前回来た時に後先考えずこの娘を逃がしてやれば良かった。
その後どうなっても、きっとこうなるよりはマシだった……。
それは今更悔いても、仕方が無いけど……。
しかしなんだろう、あの最期の記憶は……?
あれではまるで、身体を乗っ取っているだけではなく、魂まで吸収して……?
それじゃあ……あの娘の魂は、私の中でまだ生きている……?
ならばこれからやることは決まった。
私は、私の仇を討とう……!!
このおぞましい記憶を生み出したあの領主だけは、絶対に生かしてはおけない。
それが人間になってから最初の、私の果たすべき使命だ。
一応「乗っ取り魂」というタイトルの本質に迫る描写もありました。
あと、当初は全編をレイチェル視点で書こうかと思っていたけど、あまりにも可哀想な内容になりそうだったので、終盤だけにとどめました。徐々に記憶を見ている「私」の意識と混ざったということです。




