35 猫と対話せよ
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帝国との戦争がひとまず終わってから数日。
落ち着いた頃を見計らって、私はガーランド領・クラサンドのレイチェル孤児院へと訪れた。
同伴者は、あの解放した猫型獣人だ。
彼女はマルガの姉で、セポネーテと言う名前らしい。
略してセポネだな。
「おや、レイちゃんどうしたの?」
孤児院に着くと、丁度庭に出ていたキエルが出迎えてくれた。
「こんにちは、キエルさん。
ちょっとマルガに用があるのですが……」
「マルガに?
もしかしてその子……
ちょっと応接室で待っててね」
キエルはセポネの姿を認めて何かを察したのか、すぐにマルガを呼びにいった。
私はかつて知ったる我が家なので、応接室へと勝手に向かい、そこで暫し待つ。
するとマルガが顔を出した。
「レイ姉、どうし──」
「マルガレテ!」
セポネはマルガの顔を見た途端、一気に間合いを詰めて抱きついた。
マルガがほとんど反応できないって、結構凄いな。
「に゛ゃっ!?
この人、誰にゃっ!?」
「あなたのお姉さんですよ」
「姉っ!?
マルガにそんな人がいるなんて、知らないにゃっ!!」
「ああ……マルガレテ……!
最後に会ったのは、あなたが小さかった頃ですから記憶に無いかもしれませんが、確かにあなたは私の妹です。
その毛並みと色も私や母様によく似ています」
「そんなこと、言われてもにゃ……」
突然現れた姉に、マルガは困惑していた。
さすがに再会の喜びとかは、無いようだ。
実際、彼女にとっての家族は、私やキエルだという認識だろうしね……。
「うう……それにしても、おかしな言葉遣いを仕込まれて……。
奴隷として売られた先が、よっぽど性癖のねじ曲がった人間だったのですね……!
他に酷い目に遭わされていませんか?」
「マルガは奴隷商のところにいたけど、奴隷としては売られていないにゃ。
そうなる前に、そこのレイ姉に助け出してもらって、一緒に暮らしていたにゃよ」
おい、余計なことを喋るな!?
「え……?」
ほらぁ! セポネが疑わしげな視線を、こちらに向けてきたじゃないか!
私はそっと視線を逸らす。
あの語尾は、出来心だったんや……。
「でも、マルガを育ててくれたのはレイ姉だし、今の家族はキエ姉にゃ……。
だからいきなりお姉ちゃんと言われても、困るにゃ……」
「そんな……マルガレテ……」
マルガはまだ、目の前のセポネが姉だと言う現実を、受け止めることができないようだ。
それでも──、
「それでもマルガ、お姉さんのお話くらいは聞いてもいいのではないですか?
あなたの知らない自分のことや、お姉さんのこれまでのことなど、色々……とね」
「そう……にゃね」
そんな訳で私達は、セポネの話を聞くことになった。
セポネによると、マルガ達の一族は、帝国の山奥に住んでいたらしい。
そしてマルガの父は、一族の長だったのだとか。
セポネにはどことなく、お嬢様然とした雰囲気があるのは、その所為か。
で、彼らは「猫神の民」と呼ばれ、外界とはあまり接触せずにひっそりと、それでいて平和に暮らしていたそうだ。
ただ、彼らは猫型獣人の中でも上位の存在で、戦闘力が非常に高かった。
……なるほど、マルガも幼い頃から、普通の冒険者よりも強かったな。
私の鍛え方の成果なのかと思っていたけど、それだけではなかったのか。
で、そんな「猫神の民」に目を付けたのが奴隷商だった訳だが、ただの奴隷商が相手ならば戦闘力に特化した「猫神の民」単独でも撃退することはできただろう。
しかし帝国では実質的に「国営」とも言えるような奴隷商が存在しており、そいつらは国の軍隊を動かした。
さすがに「猫神の民」も多勢に無勢では抵抗しきれず、里は蹂躙されて多くの者達が奴隷にされてしまった。
「その時の戦いで父は命を落とし、母は今どこでどうなっているのか分かりません……」
そして生き残った者達は、その高い能力を活かす為に、暗殺者などの裏家業の育成を受けることになったようだ。
今でも帝国では、血生臭い環境で働かされている一族の者達がいるという。
で、肝心のマルガが王国へ来た経緯だが、それはセポネも把握していないようだ。
おそらくは幼児である為に奴隷としての使い道も無かった為、愛玩用として王国の奴隷商に売り飛ばされた……って感じなのだろうな。
そんな風に辛酸を舐めてきた「猫神の民」だが、状況に変化が現れた。
私が介入することになったからだ。
将来的には帝国の奴隷達も、犯罪奴隷以外は解放するつもりなので、彼らにも新たな未来が開けることとなる。
「幸いアリゼさんは、一族の解放に協力してくれるそうなので、私は一族の再興を目指したいと思います。
できれば、マルガレテにも手伝って欲しいです」
そんな姉の言葉に、マルガは、
「ん~、興味にゃい」
と、バッサリだった。
マルガにとっては、ほぼ会ったこともない者は、たとえ血縁者だとしても他人も同然だということなのだろう。
他人の為に今の生活を犠牲にして、動かなければならない義理も無い。
「そ、そんな!?」
「大体、一族の再興って何をするにゃ?」
「それは……我々が住んでいた土地で村を再建して、一族も減ってしまったから、私達もお婿さんをもらって子孫繁栄を……」
ようするに子供を産み育てて欲しいということだ。
それってマルガ個人としては、何の得も無いな。
そもそも婿をもらうというところが、絶対に受け入れられないことだろうし。
「それは無理にゃ。
マルガの生活はここにあるし、キエ姉というお嫁さんもいるにゃ」
「もう、マルガったら……」
マルガの言葉に、キエルが恥ずかしそうに──それでいて嬉しそうな表情をした。
うむ、まだまだお熱いようでなにより。
「えっ、お嫁さんって、その人は人間で、しかも女の人ですよね!?
そ、そんなの、おかしいですよ……!」
ああん? お前は今、全百合好きを敵にまわした!
その想いはマルガも同じだったようで──、
「レイ姉、全力で毛繕いしてもいいにゃ」
実の姉に対して、無慈悲な裁定を下した。
「え、いいのですか?
ではセポネさん、怖くないですから、私に身を任せてくださいね」
「え? は?」
混乱し、怯えるセポネ。
しかしいざ事が始まると──、
「ふにゃああああああぁぁぁ……!!
こんにゃ、こんにゃことってぇぇぇぇ!」
とろっとろに蕩けた甘い声を上げている。
これが終わった頃には、女同士とかそういう細かいことは気にならなくなっているだろう。
……悪質な洗脳のようにも見えるかもしれないが、たぶん気の所為じゃないかな……。
「……にゃ」
「うわぁ~……」
おや? マルガとキエルが羨ましそうに見ている。
今夜は2人で、お楽しみってことになるのかな?
ふふ、お盛んですね。
そんな私の冷やかすような視線に気付いたマルガは、取り繕うように、
「まあ……一族の解放を手伝うくらいなら、してもいいけど……にゃ」
と言った。
それが譲歩できる限界であり、それで同じ一族としての義理は果たす……ということなのだろう。
ただ、その言葉はセポネの耳には届いてはいなかったが。
「もう、らめにゃあぁぁぁぁ~!!」
そんな訳でマルガも、帝国へ行くことになったのだった。




