34 戦後のこと
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「あら、アリゼ。
おかえりなさい。
……何処がとは言えないけれど、なにか変わったわね?」
救助した人質や奴隷達をアイに預けてアリシャール砦に戻ると、戦闘は我らの勝利という形で終わっていた。
そして出迎えてくれたクラリスの、開口一番の言葉がそれだ。
あれ……?
前と全く同じ姿に変形したつもりだったけど、微妙に何か違うのかな……?
私でも分からないことを、一瞬で見抜くとか凄いな……。
「その……例のスキルを使いましたので……」
「ああ……あの他人の身体を奪うっていうやつね。
……そうなんだ」
と、クラリスは軽い態度で流した。
「そうなんだ……って、他人の身体になっていることが、気持ち悪くありませんか……?」
そう思われるのが1番心配だった。
だけどクラリスは、
「私と初めて会った時点で、あなたは本来の身体じゃなかったでしょ。
そんなの今更なのよ。
どちらかというと、そのどこのどいつとも知れない奴が、アリゼと1つになっていることが妬ましいわ。
アリゼ、昔言った『もしもの時は私の身体はあなたにあげる』って約束は、忘れていないからね」
ああ……私の家に初めてクラリスが泊まりに来た時に、そんなことを言っていたな……。
それはつまり、「死んでも私とは離れない」という誓いだ。
その気持ちは今も変わっていないということか。
だからクラリスにとっては、些細なことは気にする必要もないということなのだろう。
「ありがとうございます」
私は頭を下げる。
「別に礼を言われるようなことは、してないわよ」
……ホント、私の妻はいい女だ。
その後、帝国との戦争について報告を受けた。
今回の戦いで、帝国軍の死者が約3万人で、残りの生存者約4万人は捕虜となっている。
1人たりとも逃走を許さず、完全に一網打尽だ。
それだけ徹底的に、帝国兵の心を折ったということでもある。
それに対して、王国軍の死者は約2千人。
数の上では大勝利だし、これだけの実力差を思い知れば、帝国も2度と侵攻しようとは思わないだろう。
……だけど死人が出るのは、やはり気分がいいものではない。
しかし戦いと平和の維持に、犠牲はつきものだという実感も伴わずに、ただ勝利という結果だけを残しては、「戦争は悲惨なもの」という教訓を将来に残すことができない。
結果的に戦争を安易に考えた王国側が、今度は侵略する側にまわるという未来が無いとは言えないからね……。
だから私は、今回の戦争では直接戦闘には参加しなかったし、娘達にもなるべくサポートに徹するようにと伝えてある。
私達がその気になれば、王国軍に1人の犠牲者も出さずに勝利することも可能だったのだろうけれど、一方的な勝利は何かのバランスを大きく欠き、別の問題を生じさせかねないと思うからだ。
まあ、私達の存在はある意味核兵器みたいなものだから、本当は出番が無い方がいい。
そもそもいくら敵だからって、大量殺戮をしたい訳じゃないし……。
私達が本気で戦うのは、相手も核兵器──つまり勇者のような存在を出してきた時だけにしたい。
勿論、私達が動かないことで生じる犠牲については、葛藤が全く無いわけではないけれどね……。
「はぁ~……」
「なによ、アリゼ。
憂鬱そうね……?」
「我ながら理屈っぽくて面倒臭い性格だな……とは思っています」
長く生きていると、子供の頃のように、善悪を単純には割り切れなくなり、正解も分かりにくくなる。
未だにこの大きすぎる力をどう使えば良いのか、よく分からない。
まあ、だからこそ、他人の意見を聞くことが大切になるのだが……。
「何を悩んでいるのかは知らないけれど、迷ったら取りあえず行動して、その後でどうするのかを考えた方がいいわよ?」
……うん、クラリスのような考え方も、時には大事だな。
「そうですね……。
それなら私は、帝国へ行ってこようと思います」
「奴隷達の解放術式を、帝国の奴隷商から得る為ね?」
「まあそれもありますが、実際に帝国を見てみないと、今後どうすればいいのかも分かりませんからね……」
少なくとも現在の帝国の支配体制は、強制的に解体するのは確定だが、その後は未定である。
良い傀儡になりそうな者がいれば、その人物に任せて帝国を属国化させるのもいいし、そういう人物がいないのなら帝国を併合して、王国が直接統治するしかなくなる。
いずれにしても近い将来、帝国の統治者は現在の皇帝とは別人になるだろう。
まあこれだけ戦争に大敗したのだから、国民からの激しい突き上げを受けて、勝手に体制が崩壊する可能性もあるが。
そして現体制が無くなるのならば、捕虜の返還や戦後賠償については、いくら交渉しても意味が無い。
そういう話は、帝国が新しい体制になってからとなる。
それはつまり、帝国の新体制が決まるまでは、捕虜の扱いや生じた被害への賠償など、諸々のことは全部王国が肩代わりして行わなければならないということでもあった。
まあ、帝国への揺さぶりとして、形だけでも要求するものは要求だけしておくのもいいかもしれないけれど、それらの詳細を考えるのは私ではない。
これから国内政治は、はちょっと忙しくなるだろうなぁ。
「そんな訳で、国内のことはクラリスとレイチェルに任せます」
「「え~……」」
クラリスとレイチェル、嫌そうな顔をしない。
どちらかというと、2人とも帝国へ一緒に行きたいと思っているのだろうけれど、さすがに女王と王女が敵国に行くのはね……。
そんな2人に対して、
「まあ、私も手伝いますから、頑張りましょう!」
と、エリ。
見た目は頼りないけど、サポート役としては本当に優秀な子だ。
しかも先日には、アイドル伝説も打ち立てたらしいし。
レイチェルとのライブは、私も観たかったな……。
「それに私と帝国へ行く人間は、既に決まっていますので……」
勇者と因縁があるアリタとシルビナ。
そして──、
「まずはマルガに会いにいかなくては……」
帝国で奴隷をしていた生き別れの家族──それが見つかったマルガが、これからどうするのか──。
それは彼女の判断に、委ねられることとなる。




