9 ゲロイン
ブックマークと☆での評価ありがとうございました。
なお、今回は後半から凄惨な描写があります。痛い描写が苦手な人はご注意を。
にゃん●すー。
ネコだけに。
……あの少女と別れた後、私は居心地が悪くて町の方に戻った。
今の私にできることと言えば、もしもあの娘が屋敷から逃げ出した時に、匿って面倒を見てくれそうな、優しい人を見つけることくらいだが……。
だが、まずは言葉が分からないと、誰がどんなことを考えているのかも分からないからなぁ……。
そんな訳で、できるだけ人間と接触して、彼らの言語を少しでも学習するしかない。
あるいは、乗っ取れるような人間の身体があればいいんだけど……。
今すぐ死にそうな人、いません?
……はぁ、地道に、「餌くれ」営業を繰り返して、人間との交流を持つしかないか。
それで少しでも情報を集める。
しかしそれも、楽な作業ではない。
中には私を抱きしめて、毛皮に顔を埋めつつ深呼吸を繰り返す、変た……もとい大のネコ好きもいるのだ。
しかも、脂ぎったおっさんだという。
せめて美少女にしてーっ!
やめてください、不快です、死にます。
私、脱法ネコをキメるのは、いけないと思うの。
他にも悪ガキが石を投げてくるようなこともあって、ネコも案外気楽ではない。
それでも、人間達との交流を繰り返すことで、なんとか「こんにちは」くらいは理解できるようになったよ。
……って、効率が悪すぎるわっ!!
この調子では、言葉を完全に理解できるようになるまで、何年かかるのやら。
これは一旦立ち止まって、今後の方針を考え直した方がいいかもしれない。
それなら取りあえず、そろそろあの娘の様子を見に行こうかな?
あれから何日も経っちゃったからなぁ……。
でも、今日はもう夜も遅くなっちゃったし、もう寝ていたりして。
それならまだいいけど、屋敷の主人から性的なことをされているところに、直面しちゃうなんてことも……?
うぁ~……あまり考えたくないなぁ。
現状では、通報もできないし。
そして案の定、あの娘がいた建物に近づくと、嬌声のようなものが聞こえてきた。
やっぱりそうか……。
そうかなとは……思ってたんだけど……。
これはさすがに、止めに入った方がいいのかな……?
で、建物に近づいてみると、嬌声とは少し違うことに気付く。
ん……?
これ、苦痛に呻いているというか、悲鳴にならない悲鳴のというか……。
私の建物の中を確認する為に、窓に飛びついた。
窓にはめられた鉄格子の向こう側は、夜なので木製の扉で閉ざされていた。
幸い鍵はかけられていないようなので、押せば扉は開く。
……ここで引き返していれば、私には違う未来の運命も有り得たのだと思う。
だけど私は、苦しむあの娘の声を、無視することができなかった。
その結果、どんなに苦しむことになったとしても、これは避けられない運命だったのかもしれない。
私は扉を開き、その奥の闇の中を覗き見た。
そこには──、
「──っ!!」
太った初老の男が、少女に馬乗りになっているのが見える。
しかしそれは、性的虐待をする為ではなかった。
むしろ、そっちの方がまだマシだったかもしれない。
男はナイフを手にしていて、そのナイフで少女の腹を切り裂いていたのだから──。
なにやっているんだ、お前ぇぇっ!?
私は思わず中に飛び込んで、爪で男の腕を引っ掻いた。
今の私の力ならば、二度と腕が使い物にならないくらいの大怪我を負わせたはずだ。
「~~っ!?
~~~~!!」
男は何事かを喚きながら、建物から飛び出した。
はやく治療しなければ、出血で命に関わる状態になるかもしれない。
慌てて逃げるのも当然だろう。
だけどそんなことなんて、今はどうでもいい。
私はすぐさま、少女の側に駆け寄る。
そして彼女の傷の状態を見て、絶望するしかなかった。
それはどう見ても、手遅れだったからだ。
切り裂かれた腹からは、腸がはみ出しているし、他にも体中に切りつけられた痕や、殴られたような痕がある。
しかも手の指に至っては、何本か切断すらされていた。
なんだこれ……。
拷問でも受けたのか……!?
一体なんの為に……っ!?
それは分からなかったが、ただ1つハッキリしているのは、この少女がもう助からないということだ。
回復系の魔法でもあれば別だが、これは今から医術による治療を試みても、回復は難しいだろう。
少女は浅く荒い呼吸を繰り返しながら、苦しそうに呻いていた。
既に意識がハッキリしているのかすらよく分からないが、それでもとても苦しそうだった。
……今の私には、命を奪うことで、1分でも1秒でも早く、この苦しみから解放してあげることくらいしかできない。
少女がそれを望んでいるのかは分からないけれど、私が彼女の身体と記憶を手に入れれば、何故この状況に至ったのかを知ることができる。
そして少女に思い残したことがあれば、それを叶えてあげることだって、できるかもしれない。
そうすることが正しいことだとは思わなかったけど、このまま何も分からないうちに終わるのも嫌だった。
だから私は、そっと少女の首筋に噛みつき、そこから毒を送る。
全身麻酔のように眠りを誘い、そのまま二度と目覚めないようにする為の毒を──。
するとすぐに、少女の顔は安らかなものへと変わっていった。
これだけでも、自分の判断が間違ってはいなかったのだと、身勝手にも思ってしまう。
でも、苦しい思いなんて、しない方がいいに決まっている。
私は罪悪感を消す為に、そう思うことにした。
やがて、3分ほど経過しただろうか。
私の視界は暗転した。
「………………」
私は起き上がる。
久しぶりの人間の身体だ。
念願の美少女の身体だ。
だけど、喜びは無かった。
今の私にあるのは──、
「うえっ……!」
猛烈な吐き気に襲われて、私は胃の内容物を吐いた。
あまりにも酷い記憶に直面して、精神的衝撃がダイレクトに胃を痛めつけたようだ。
……なんで、なんでこんな小さな女の子に、こんな酷い記憶があるんだよ……っ!?
これが、人間のやることかよぉぉぉぉぉぉぉっっ!!
「あああああぁぁぁーっ!!
あああああああああぁぁぁぁぁーっ!!」
私はいつの間にか、狂乱したかのように、いや、まさにその通りの状態で、悲鳴を上げ続けていた。
怒りや悲しみの、諸々の感情がグチャグチャになっていた。
ここから2章の終盤まで鬱展開が増えます。おそらくこの辺が作品全体で1~2を争うくらい重い部分だと思うので、この2章を乗り越えられる人なら、今後も問題無く読めるかと……。