27 命 令
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「貴様らには新たな命令を与える。
古い命令を破棄し、これからは自分達の意思で自由に生活してもいい。
ただし貴様らを保護してくれる王国の人間へは、協力的に接するように!」
と、私がしたのは、奴隷契約によって強制されていた、命令の上書きだ。
これによって、事実上奴隷契約による支配は無効化された。
この為に命令権がある人間の身体を、わざわざ奪ったのだ。
そして再び帝国の人間と接触して命令を受けなければ、彼らは人質としても奴隷としても機能しなくなる。
「やあ、お母さん。
保護した人達の受け入れ準備は整っているよ。
しかし随分と、醜い姿になったねぇ……」
「放っておいて……。
あとで元の姿に戻るから……」
アイが出迎えてくれた。
そう、ここは帝国と最も離れた土地だとも言えるノーザンリリィ辺境伯領だ。
ここならば、奴隷契約に影響を与えるような、帝国の人間はいないだろう。
ただ……、
「殺気立っているのが何人かいるんだけど、大丈夫?」
事はそう簡単には運ばないようだ。
裏切りを警戒してなのか、将軍の命令さえも受け付けないように、特殊な条件の奴隷契約を受けている者が何人か紛れ込んでいたらしい。
まあそういう事態を想定して、次善策は用意してあるが。
それは命令を受け付けない者を、私の空間収納の中に入れてしまうことだ。
低レベルの空間収納だと、その中身は生物の生存には適さない環境だけど、高レベルのそれならば中での時間の動きが無くなる為、収納された存在は一切劣化しない。
だから生物を入れても、全ての生命活動が一時的に止まるだけで、外に出せば再び動き出す。
当人にとっては収納の中でのことは、自覚することすらできないだろう。
そして少人数ならば時間がある時に外へ出して、私が1人ずつ奴隷契約を解呪することも可能だ。
そんな訳で、暴れだしそうな者達をさっさと空間収納にいれてしまおう。
……って、あれ?
「アイ、周囲に被害が出ないように、気を配ってください」
「いいけど、どしたの?」
「ちょっと関係者がいるかも……」
私はその目的の人物を残して、暴れだしそうな者を空間収納の中に入れた。
そして残ったその人物に近づいて行くと、彼……いや彼女かな?
獣人はちょっと性別が分かりにくい。
彼女は攻撃的な視線を私に向けるが、そこには明確な知性を感じなかった。
奴隷契約の命令に支配され、思考能力が奪われているようだな。
そして野生の狩猟本能に従うかのように、興奮状態で私へと襲いかかってくる。
ふむ……私の脅威になるほどではないけど、身体能力自体はかなり高い。
逆に言えば、私がいないところで暴れ出していたら、相当な被害が出ていたかもしれないなぁ……。
これは暗殺とか、穏やかではない目的で使われていた奴隷ということなのかな……?
だが、私ならば取り押さえることは難しくない。
蜘蛛糸で拘束しておくか。
「フグゥーっ!!」
彼女はまだ暴れようとしているけど、かなりきつめに拘束してあるので無理だろう。
で、もしかしたらこの人とは長い付き合いになるかもしれないので、私は「変形」のスキルでアリゼの姿へと戻ることにする。
すぐに使い捨てる将軍の姿で知り合っても、まったく意味がないからね。
そして変形自体は一瞬だ。
その昔、吸血鬼メイドを量産する際に、個人ごとに容姿をカスタマイズするのが面倒だったので、全く同じ姿へ自動的に変化させる技法を編み出したけど、それの応用でアリゼの姿をいつでも簡単に再現する技術はある。
……よし、変形は終わったが、服や鎧などの装備のサイズが合わなくて、ちょっと苦しい。
特に胸がね……。
ともかく元の姿に戻ったから、拘束していた者の奴隷契約を解除しようか。
彼女の身体に流れている魔力の流れがこうだから……術式はこんな感じか。
じゃあ、魂に食い込んでいるこの術式をほぐして……身体から引き剥がす感じで消して行く……と。
うん、これで奴隷契約から解放できたんじゃないかな?
実際、彼女は大人しくなっている。
ただ、今まで極度の興奮状態だった所為か疲弊しており、「はあ、はあ」と荒く息を吐いていた。
「大丈夫ですか?」
私は彼女の拘束を解きながら、呼びかける。
「あれ……?
私……?」
うむ、意識は完全に回復しているようだな。
「あなたは、マルガを知っていますか?」
「マルガ……マルガレテのことですか!?」
そう答えた彼女は、オレンジ色の毛並みを持つ、猫型獣人だった。
なんだか似ているとは思ったけど、やはりマルガの家族か。
姉か母親ってところかな?
というか、マルガレテってのが本名なの?
知らなかった……そんなの……。
「ええ、彼女とは親しい付き合いをさせてもらっています。
落ち着いたら、会わせてあげますよ」
「そ、そうですか。
今も無事なんですね、あの子は……!」
と、彼女は安心したのか、目に涙を浮かべた。
長い間生き別れだったのだから、当然だとも言える。
……もしかしたら帝国には、他の家族も残っているかもしれないな。
また帝国に行かなければならない理由が、増えてしまった。
「あの……お母さん?
取り込み中、悪いんだけどさ……」
「ん? どうしたのですか?」
アイが話しかけてきた。
何か急を要することが起こったのか?
「保護した王国民の家族や知人なんだけど、結構な人数がいないみたい」
「な──!?
何人くらいですか!?」
「少なくとも100人以上は……」
多いな!?
確かに人質の中には、収容所での生活や行軍で命を落とした人もいたようだが、それは十数人くらいだったはずだ。
ということは、攫われた人間の全てが人質として使われた訳ではなく、違う目的で別の場所に運ばれたということか……?
美人の人なら、性的な奴隷として横流しにされた可能性もあるし……。
ぐぬぅ……何が何でも、帝国へ乗り込まなければならない理由が、また増えたじゃないか……!
マルガの家族については、ちょっとだけ過去に伏線を入れたこともあるのだけど、「別に回収しなくてもいいかな……」と思っていたもの。
でも、この章の展開の中で回収する余地が生じたので、回収しておきます。




