26 新しい身体
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帝国の要人がいると思われる宿屋へと、私は侵入した。
この宿に誰が泊まっているのかは知らないけれど、索敵をかければ要人の居場所程度なら分かる。
ふむ……部屋の前に、護衛らしき2人が立っている場所があるな。
となると、この部屋の中身が要人だろう。
私はその部屋へと直接転移する。
部屋の中では……髭面のおっさんが、ベッドで眠っていた。
テーブルの上には、空になった酒瓶があるし、これから戦争だというのに呑気なものだ……。
よし、こいつでいいだろう。
部屋の中には帝国軍の鎧もあるし、その持ち主が一般人ということは有り得ない。
私はその男と一緒に、転移した。
「ガハッ!?」
ベッドに眠っていた男は、急にベッドが無くなったことで地面に投げ出された。
「な、なんだ……!?」
男は周囲を見回すが、広い草原と私以外は何も見えないだろう。
ここが何処なのかは勿論、何故ここにいるのかすら理解できないはずだ。
「め、メイド……!?
なんだ、貴様はっ!!」
「…………」
私は男のその問いに答えない。
会話をするのも不快だし、聞きたいことはいくらでもあるが、それは記憶を奪えばそれで済む。
私は爪を伸ばして、男の胸に突き刺した。
「ぐっ!!
な、何を……っ!?」
男は訳が分からないという顔をする。
爪を刺されたことで痛みはあったのだろうけれど、あまりにも傷が浅かった所為で、私の意図が分からなかったようだ。
彼にとっては殺傷目的の攻撃だとも、拷問だとも思えなかっただろう。
だが、変化はすぐに現れる。
「はっ……はっ!?」
男が苦しみだした。
しかも彼は声を出そうとしても、出せないようだ。
「毒で呼吸器官を麻痺させたので、あなたはもう呼吸ができませんよ?」
「……っ!?
……っっ!!」
男は苦しみ、激しく悶える。
顔色もどんどん悪くなってきたねぇ……。
おや、私の方に手を伸ばしているけど、助けを求めているのかな?
だけどそんな言葉は聞きたくもないし、応じるつもりもないから、声を出せないようにしたんだよ?
我が国民を害した者を、楽に死なせる訳がないじゃない。
喧嘩を売ってはいけない相手に手を出してしまったことを、後悔しながら逝くといい。
やがて私の視界は、暗転した。
「ふ~……」
久しぶりの感覚だ。
どうやら問題無く「乗っ取り」は成功したようだ。
しかし今まで無かった記憶が、大量に流れ込んできて気持ちが悪い。
……真っ当な人生を送っていないなぁ、こいつ……。
しかもその記憶によると、既に人質の中から死者が出ているようだ。
やはり過酷な行軍に、耐えられなかった人もいたのか……。
その酷い記憶のおかげで、クズを殺したことに罪悪感を憶えなくても済むという意味ではありがたいが、やはり気持ちのいいものではない。
そして目的だった情報だが……よし、この男は将軍で、軍と奴隷への命令権限を持っているな。
取りあえずこれだけあれば、奴隷達の保護は成功したも同然だ。
ただ、奴隷達を完全に解放する為に必要な奴隷商の情報は、ぼんやりとしか知らないな……。
まあこれは別人を乗っ取って、情報を得ればいいだけだ。
あと、勇者の情報もよく分からないか……。
どうやら勇者は皇帝直属の配下という感じらしく、将軍でも命令権限は無いらしい。
それだけに今は何処で何をしているのか分からないようだけど、この戦争に参加してくる可能性も、決してゼロではないということだな……。
あんなに脅したから、しばらくは大人しくしてくれるとは思うけど、一応勇者については念話でクラリス達に警告を出しておくか。
ともかく計画は上手くいきそうなので、部屋に戻って明日に備えよう。
だけどその前に──、
私は間近に倒れているアリゼの遺体の手を取り、
「今まで本当にありがとう……」
心の底からの礼を述べた。
そしてこのまま遺体を朽ちさせるのは忍びないので、「吸収」のスキルで私の体内に取り込んだ。
これでアリゼの身体は、私の中で生き続けることになるだろう。
翌日、いよいよ帝国の進軍が始まる。
私は人質と奴隷の全員を、最前列に配置するように命じた。
帝国軍は彼らを盾にするつもりだったようだから、特に不自然な命令だとは感じなかっただろう。
あとはタイミングを見計らって、最前列にいる人質と奴隷を私の転移魔法で移動させれば、保護は殆ど終わったも同然だ。
「はい、到着」
転移によって、人質と奴隷を帝国軍から引き離すことに成功した。
もしも彼らが軍の各所にバラバラで配置されていたら、こうも上手くはいかなかっただろう。
だけどそういうことができないようにする為に、私は軍の命令系統のトップにすり替わった訳だしね。
しかも軍を指揮するはずの将軍も一緒に消えているのだから、今頃帝国軍は大混乱に陥っているだろうねぇ。
この時点で、帝国軍の敗北は決まったようなものだ。
……ただ、帝国軍を直接叩き潰すのは、他の者に任せようか。
私の他にも、帝国に対して腹に据えかねている者達はたくさんいるからさ……。
それよりも私には、真っ先にやらなければならないことがある。
保護した人達はまだ混乱しているようだけど、この状況が帝国によって与えられた命令に反していると判断された場合は、暴れ出すか自害をしようとするだろう。
その前に──、
「こちらに注目──!!」
私は声を張り上げた。
これから奴隷契約によって与えられた命令を、無効化しなければならない。




