25 開 戦
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途中で視点が変わります。
「「「「──!?」」」」」
奴隷達が一斉に消えた。
まさか転移魔法!?
だが数千人規模の人間を1度に転移させるなんて、勇者でも無理なのではないか!?
突然の理解しがたい現象に、我らが討伐軍の中にざわめきが広がった。
しかもそのざわめきは、更に大きくなることとなった。
「竜だーっ!!」
先日の竜がどこからともなく飛来し、そして我らの前方に炎を吹き付けてから、砦の方へ飛び去っていく。
その激しい炎の所為で、我々はこれ以上砦に近づけなくなった。
いや、火勢が衰えるのを待てば……、
「は、背後から敵軍──っ!?」
しかし何者かによるそんな声で、我が軍はいよいよ混乱状態に陥った。
振り返ってみれば、確かに数万は数えるであろう、敵軍の姿がある。
い、一体何処から現れた!?
数万ともなれば、いよいよ転移魔法で運ぶのは無理だろう!?
いずれにしても、我々は炎と敵軍に挟まれ、逃げ場を失ったことになる。
なんでいきなり、こんな窮地へ陥っておるのだ!?
その時──、
『武器を捨て、投降する者の命までは取らない。
だが、抵抗を続けるのならば、覚悟せよ!
貴様達は我らの怒りを、その身に受けて思い知ることになるだろう!!』
周囲に響き渡るその声を聞いて、我は震え上がった。
こ、この状況は、かなり拙い状況なのではないか──!?
事実、直後に突撃してきたローラント軍の勢いは、凄まじいものだった。
奴らは獣人を重用している。
そして獣人の身体能力は、普通の人間よりも高い。
その獣人が多く含まれた軍勢が手強くなるのは、当然の話だった。
だが、こちらにも奴隷の獣人達がいれば、対抗できるはずだったのだ。
しかしその奴隷達は、何処かへ消えてしまった。
それに獣人だけではなく、ローラント兵は全体的に強いように見える。
な、何故こんなに、力の差が……!?
特に先頭を切って突撃してくる、女ばかりの部隊は異常だ。
トカゲのような尾を生やした長身の女は、その尾の一撃で何人もの人間を吹き飛ばしているし、子供のような小さな女は、自分よりもはるかに大きな──しかも鎧を着た男を軽々と投げ飛ばしていた。
──化け物揃いか!?
それにスコップを操る妙な集団や、何故かメイド姿の者もいるが、そいつらですら強い。
これは戦闘経験の乏しい我では、対抗できぬかもしれん。
我はいつ投降すべきか、そのタイミングを計り始めた。
いきなり投降しては、味方から裏切り者として処罰されかねないのでな……。
しかしそれがいけなかった。
タヌキの獣人が視界に入ったと思ったその瞬間、そいつは巨大な炎の球体を生み出し、それをこちらに投げ放ったのだ。
「そんな──!!」
我にその炎の球を回避できるとは思えな──……熱っ!
身体を焼かれながら、我はもう国に帰れないことを確信した。
私はアリゼ──だった者。
だが、今は違う。
大変不本意だが、今は侵攻してきた帝国軍を指揮する将軍の肉体を借りている。
何故こんなことになっているのか、それを振り返ってみよう。
時は帝国がアリシャール砦へと侵攻する、前日の夜に遡る。
帝国に我が国民が攫われ、人質にされた。
最悪の場合は、彼らを見捨てでも国を守る必要はあるが、人質を見捨てれば大なり小なり女王としてのクラリスは国民からの信頼を失うし、そこにつけ込もうとする勢力も出てくるだろう。
だから人質の救出は、必ず成功させなければならない。
ぶっちゃけ、人質の身柄を確保するだけならば、時間をかければアリゼのままでも不可能ではないのだが、奴隷契約による精神支配を受けている状態では大人しく保護を受け入れてくれないだろうし、開戦まで全員を救出するには時間も足りない。
故により安全な対策が必要となる。
その為にも情報と、奴隷達を制御する方法が必要だ。
そして手っ取り早くそれを得るには、帝国軍要人の身体に「乗っ取り」を仕掛け、その記憶を丸ごと奪うのが1番いい。
そんな訳で私は、帝国軍に奪われたトガラの町へ侵入していた。
「隠密」のスキルがカンストしている私にとっては、敵地に侵入することなど、某大泥棒三世よりも容易い。
で、標的を誰にするのかだが、この町に駐留している帝国軍の中で、1番地位が高い者が良いだろうか。
おそらく将軍に相当する地位の者がいるはずだし、もしかしたら皇族もいるかもしれない。
そいつらがいるとしたら、この町で1番高級な宿屋かな?
その宿屋へと向かう道すがら、そこで見た町の様子は荒れていた。
帝国兵が民家に入り込み、金目の物や食料を略奪しているし、更に広場に設置されていた女神の銅像も破壊されている。
帝国人にとっては異教の神なのかもしれないが、廃仏毀釈かよ!
宗教が嫌いな私から見ても、文化を蔑ろにする野蛮な行為だわ……。
また、町の各所では、人質や奴隷達が雑用にこき使われていた。
特に戦闘に従事させることが目的ではない人質達は、従軍できる必要最低限の扱いしか受けていないようで、衣服は汚れているし、顔色も悪く身体も痩せ細っている。
どうやらまともな食事も、与えられていないようだ。
……これは既に衰弱や病気で、命を落とした者もいるのではないか……?
そう思うと今すぐにでも、目に入る帝国兵を片っ端から処してやりたい気分になる……。
『フニャーッッ!!』
おっと、私の怒気に反応したのか、野良猫が騒ぎ始めた。
もっと「隠密」を完璧にしないと……。
それから目的の宿屋に到着すると、そこは厳重な警備で固められていた。
少なくとも要人がいることは確実だな。
それでは中に侵入して、犠牲となる者を物色するとしようか……!




