23 命の盾
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あたしはフレアの背に乗って、国境をの方へと向かう。
竜の飛翔速度は、音速にも届く。
だから全力を出さずとも、目的の帝国軍の姿は、すぐに見えてきた。
ふむ……少なくとも5万以上の軍勢だな。
本気で王国を攻めるつもりのようだ。
だが上空からフレアの火炎息を撃ち込めば、帝国軍は一瞬で瓦解するだろう。
私達だけで来たのは、戦力としてはこれで十分だからだ。
しかし──、
「ん? なんか変だぞ……?
フレア、攻撃は暫くやめ!」
『えー?』
帝国軍の最前列が、獣人で固められていた。
帝国ではまだ奴隷制度が生きていて、そして獣人への差別意識も強いと聞いている。
つまり消耗しても構わない奴隷を、真っ先に被害を受けそうな場所に配置しているという訳だ。
反吐がでる。
……だが、戦法としては理解できる。
これはクラリスや院長が、嫌がるだろうなぁ……。
たとえ敵国の奴隷であったとしても、あの2人ならなんとかして助けることを考えるだろう。
ましてやそれが、自国民だとしたら──。
「な──!?」
最前列だけではなく、帝国軍の各所に全く武装をしていない者達がいた。
皆平民の格好をしていて、老若男女の様々な人の姿がある。
その全員が、首輪をしているようだった。
奴隷……?
何故、非武装の平民の奴隷を従軍させて……?
……まさか!?
「まさか、攫われた王国民なのか!?
それを人質に!?」
だとするのならば、このまま攻撃する訳にはいかなかった。
勿論、このまま帝国軍の進軍を許せば、国民に多大な被害が生じる。
そうなれば人質を犠牲にしてでも、帝国軍を討たなければならなくなるだろう。
だが、それを判断するのは、今この時でも、そしてあたしでもない。
これはクラリスと院長に、判断を仰がなきゃ駄目だな……。
いや……奴隷を支配している者を倒せば、人質を解放することもできるのでは……?
それが誰なのかが分かれば、難しくはないが……。
取りあえず指揮官らしき者を、片っ端から倒すとか……。
そんな風に私が迷っていると、
『愚かで邪悪なローラントの者よーっ!!』
「なんだと!?」
帝国軍の方から声が聞こえてくる。
おそらく遠くへと声を届ける、風の魔法だな……。
帝国軍の中心で指揮官らしき者が、叫んでいるのが見えた。
あいつか? あいつを殺ればいいのか?
『我らが偉大な皇帝陛下は、邪悪な獣人を重用し、魔族に与するローラントを、最早看過できぬと判断なされた。
そこでこの度の、大規模な派兵をお決めになったのだ!
これは邪悪を征伐する為の、聖戦である!!』
何を……何を言っているのだ、あいつは?
訳の分からない言いがかりをつけられているが、実際には奴隷の売買が1つの産業となっている帝国にとって、奴隷を基本的には禁止している王国の在り方が邪魔だというだけなのではないのか?
事実、クラリスが女王になってからは、帝国からの奴隷の輸入は禁止されているし、帝国としても経済的なダメージはあったのだろうな……。
これはその報復という訳か……。
……ふざけんなっ!!
クラリスと院長のおかげで、どれだけ多くの獣人や奴隷か救われたのか……。
その偉大な功績を侮辱するとは、それだけでも万死に値する。
今すぐ帝国そのものを、焼き払ってやりたいっ!
だが──、
『しかし慈悲深い我らは、貴様らに悔い改める機会を与えよう。
無抵抗で全面降伏せよ。
それが受け入れられぬのであれば、ここにいる貴様らの同胞は命を落とすことになるぞ。
こやつらには奴隷契約を施しており、我らの命令には絶対に服従である。
戦闘に入れば、命が尽きるまでローラントへの徹底抗戦を命じてある。
また、貴様達がこの奴隷達を救出しようとしても──そして奴隷達に命令ができる我々が死ぬか捕縛されても、同様に徹底抗戦か、それが叶わぬ場合は自害を命じてあるのだ。
貴様達には自国民の死を抜きにして、我々と戦う術は一切ない!!』
こいつら……王国民同士で戦わせようというのか……!!
『なあ……あの不快な奴を焼き殺してもいいか?』
フレアがそんなことを言うが、
「駄目だっ!!
味方を巻き込むっ!!」
あたしは止めるしかなかった。
『えー、あいつら味方かー?』
「くっ!」
そんなフレアの言葉も、分からないではない。
奴隷契約による命令は、魔法的な拘束力がある為に絶対だ。
確かに彼らを奴隷契約から解放しない限りは、我々を攻撃してくる敵だと言える。
だが、それは彼ら自身の意思ではないんだ。
『これより2時間の猶予をやろう。
それまでに町より撤退し、我らに明け渡せ。
そしてその後も、我らの進軍を妨げることがないことを期待する』
つまりそれは、今後の侵攻を一切邪魔するな……という訳だ。
このまま連中の要求を呑むのならば、この先のトガラの町は勿論、更にその先にあるアリシャール砦も放棄しなければならなくなる。
……だが、そうはならないだろう。
その前にクラリスと院長が、なんらかの手を打つはずだ。
「……フレア、帰るぞ」
『いいのか?』
フレアは残念そうだが、今はクラリスと院長に、この情報を伝えなければならん。
それからその情報を元にして、可能な限りの対策を、立ててもらうとしよう。
そして院長が動けば、奴らの侵攻はそこで終わりだ。
たぶん奴らは、楽には死ねないかもしれないな……。




