22 侵 攻
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今回は途中から視点が変わり、ちょっと時間も戻ります。
「只今、戻りました」
「アリゼ、遅い!」
私が転移でそこに到着すると、クラリスが苛立たしげに声を発した。
「済みません、色々とありまして。
南の方も勇者にやられていたようです。
無人になった村々を確認しました」
「くっ! 帝国めっ!!」
クラリスは悔しげにテーブルを叩いた。
ここは王国の西方にある砦、アリシャール。
クバート帝国に対する防衛の要である。
この砦を突破されると、王都まで敵の軍勢が到達する可能性が格段に上がる。
逆にここを無視して迂回しようとすると、山などの地形的な障害によって、かなりの遠回りを強いられることになるだろう。
おそらく月単位の時間のロスになるので、侵攻経路の選択肢としてはまず有り得ない。
そういう意味では帝国軍はこの砦を確実に攻めるだろうし、王国としては絶対防衛ラインとも言える拠点だ。
で、ここに女王であるクラリスが来ているということは、つまりそういうことである。
「で、帝国の動きは?」
「国境を越えてすぐの町、トガラに陣取っているわね。
住民を先に避難させておいて良かったわ……」
一応国境付近はメイド隊に監視させておいたので、帝国軍の動きが確認された時点で、近隣の町村には避難命令を出している。
昔から帝国との小競り合いがあった所為か、大きな都市が国境付近には無いことが幸いし、住民の避難自体は迅速に終わらせることができたようだ。
ただ、住民の財産の多くはその場に残すしかなく、それを帝国によって蹂躙されている現状は、業腹だ。
だがクラリスが怒っているのは、それだけが理由ではない。
「敵兵の数は、7万足らず……。
カーシャとフレアで上空から攻撃すれば、追い払えない数じゃないわ」
むしろフレアだけで、全滅させることも可能だっただろう。
だけど、それができなかった。
「あいつら、攫った我が国民を、盾にしているのよ!」
クラリスは再び、テーブルを叩いた。
テーブルの上にあったコップの中身が、零れるほど強く。
それだけに彼女の怒りのほどが、窺い知れる。
そしてその想いは、私も同じだった。
「これはちょっと、謝って許されるようなラインを超えましたねぇ……」
「そ、そうね……」
おっと、私から殺気が漏れたのか、クラリスがビクリと身を震わせた。
でもそれだけ私も、怒り心頭なのだ。
これで帝国を滅ぼすことは、既定路線になったと言える。
だが、帝国が人質を取ったというのならば、その救出作戦は慎重に行わなければならない。
無辜の民が犠牲になるようなことは、絶対にあってはならないからねぇ……。
その為にもまずは、直接帝国軍と接触したカーシャから話を聞いてみよう。
あたしはカーシャ・ノルン。
女王陛下の親衛隊長だ。
元々は孤児で、更に竜人という特殊な種族だけど、それでもこのような地位に取り立ててくれたクラリスとアリゼ院長には感謝してもしきれない。
今あたしは、西方の国境沿いにある町・トガラに駐留している。
最近クバート帝国の動きが怪しいということで、万が一の為にあたしはここに来ている訳だが、そろそろ出番が来そうだな……。
帝国側の国境沿いでは、既に軍隊の集結が確認されているし、このトガラの住人の避難も完了している。
後は帝国軍が、一線を越えるのを待つだけだ。
……待っている時は、時間の経過が遅く感じるなぁ……。
いっそ事態が早く動いてくほしい……って、本当は何も起きない方がいいのだろうけどさぁ……。
しかし現状は待機しているだけで、退屈極まりない状態だというのも事実なんだよな……。
いっそフレアのように昼寝でもしたいところだが、「待機」とは休暇ではないのだ……。
で、そのフレアは、あたしが待機している宿屋のベッドで眠っていた。
こいつの正体は火炎竜という上位竜族だが、あたしも持っている「人化」というスキルを得て、数年前から人間の姿にもなれるようになっている。
ところが人の姿になっても何かをする訳でもなく、普段は食っちゃ寝ばかりしていた。
大きな図体が小さくなることで、邪魔にならなくなったという程度のメリットしかない。
いや、見た目だけなら赤毛が似合う、ボーイッシュな美少女なんだがな……。
しかし院長の言うことはよく聞くが、あたしには反抗的で、本当に生意気な奴だ。
「隊長!来ました!
帝国が国境を越えます!」
その時、部下から報告が入る。
来たか!
帝国兵なんて、あたしとフレアで蹴散らしてやる!
「おい、フレア!
出番だ、行くぞっ!!」
「ん~?
あと5時間……」
しかしフレアはベッドから出てこない。
この駄竜……!!
「院長に『フレアが仕事をしない』って、言い付けるぞ!!」
「やめて、それはやめてっ!?」
フレアは、がばりと跳ね起きた。
こいつ……院長の名前を出すと、あっさりと言うことを聞きやがる……。
どんだけ院長が怖いんだ。
……いや、あたしも怖いが。
ともかく帝国が動いたとなれば、こちらも急がなければならない。
国境からこのトガラの町までは3kmほど離れているので、帝国軍が到達するまでにはまだ時間はあるが、フレアを竜の姿に戻して、鞍などの騎乗用の道具を装着させると、10分くらいはかかってしまう。
それだけの時間があれば、馬ならばここまで到達してしまうだろう。
まあ、いきなり全力疾走で突撃はしてこないと思うので、まだ余裕があるはずだか、ゆっくりとはしてられない。
ちなみにあたしにも翼が有るので、自力で飛べるのだが、やっぱり竜という強大な存在を従えているというのは、敵兵に対する精神的な威圧効果が大きいので、フレアに乗っていた方が有利に働くと思う。
「準備が終わったら行くぞ!!」
『へ~い』
あたしはやる気の無い返事をするフレアの背に乗って、空に飛び上がった。




