20 修行の開始
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どうやらここは、ノーザンリリィ辺境伯領らしい。
ここなら私よりも強い人がいるし、広い土地もあるので修行には丁度いいのかもしれないねぇ……。
どちらにしても、修行に入るのはまだ先だ。
死にかけたばかりだし、いきなり無茶はできないもの……。
とはいえ、時間は限られているのかもしれない。
帝国の動き次第では、私も修行をしている場合ではなくなってしまうだろう。
「母さんは、もうここにはいないんだよね……?
やっぱり帝国への対応で、まだまだ忙しいのかな?」
私がリゼに訪ねると、気になる答えが返ってきた。
「ママはあたしに話を聞いたら、すぐに何処かへ行っちゃったよ」
「話?」
リゼは南方で起こったことを、話してくれた。
やっぱり南にも、勇者は現れていたのか……。
「ああ……その船はたぶん、勇者の移動用だね。
勇者は転移魔法を使えるけど、初めて行く場所には使えないから、その船で次の村に向かおうと考えていたんだと思うよ。
まあ、その時の勇者は丁度北方で、私と戦っていたタイミングみたいだけど……」
リゼが海竜を倒した直後に、私の気配が消えかけたのを感じたというのだから、きっとそうなのだろう。
本来なら索敵も効かないほど距離は離れていたけど、やっぱり双子だと不思議な繋がりがあるんだなぁ……。
それと気になるのは、海竜が船員に対して口封じをしたということか……。
上位の竜種は人間よりも頭がいいから、あらかじめ指示を出しておけば、そういう行動を取ることもあるだろう。
だけど誇り高き竜種が、自身よりも弱い人間の言うことを聞くなんてことは、まずありえないよね……。
誰がどんな手で、竜を支配下に置いたのだろう……。
そもそも何を隠そうとしたんだ?
勇者の存在が、まだ王国には知られていないと思っていた?
それとも勇者以外に、何か隠したいことがあったのだろうか……。
そんな風に考え込んでいると、リゼは私のことを心配したのか、
「お姉ちゃん、その勇者って奴、あたしがやっつけてやろうか?」
と、言い出した。
だけど、ここで甘える訳にはいかない。
「まあ……また私が勝てなかったらお願いするかもしれないけれど、まずは私にやらせてよ」
リゼならたぶん勇者には勝てるだろうけど、妹に尻拭いをさせるようでは、さすがに姉としての沽券に関わるからね。
それにしても勇者め……。
私達に動きを悟られないようにする為に、北と南を交互に襲撃していたようだけど、攫った村人をいちいち帝国に運んで、何をしようとしていたのだろうか……。
嫌な予感がする……。
ともかく早く体調を回復させて、再戦に備えなきゃ。
数日が経過して、私達はノーザンリリィの町から離れた場所にある岩山に来ていた。
ここで修行をする訳だけど、その相手はアイ姉だ。
いきなりラスボス級……って、酷くない?
この人、時には母さんよりも訳の分からない攻撃をしかけてくるから、ぶっちゃけ1番敵に回したくない存在なんだけど……。
でも母さんから修行の相手を頼まれているらしく、私には拒否権が無い……。
「さあ2人とも、好きなようにかかってくるといいよ!」
アイ姉の姿は、初めて会った時から変わらない。
本体がスライムなのだから当然かもしれないけど、昔から幼い姿のままだ。
今では私の方が、お姉さんのように見えるのかもしれないな……。
……もしかして、外見上では4姉妹の長女に見えるのは、私なのでは……?
姉2人は合法ロリだし、リゼは身体こそ私と同程度の発育具合だけど、性格が子供っぽい所為か、私よりも年上には見えないと思う。
いずれにしても、4姉妹の中で1番幼く見えるのはアイ姉だ。
そもそもスライムに寿命があるという話も聞いたことが無いので、もしかしたら不老不死なのかもしれないなぁ。
で、そんな子供のような外見のアイ姉を前にして、シルビナは攻撃をして良いものかと、戸惑っている。
『うぐ……凄くやりにくい……!』
「見た目に惑わされない方がいいよ、シルビナ。
母さんと同じくらい強いと思って、やった方がいい」
『あ……あのアリゼ様と……!?』
シルビナの顔色が変わる。
母さんの実力を見ている彼女ならば、アイ姉の実力も察することができたのかもしれない。
『行きますよっ!!』
シルビナが魔法剣で、アイ姉に斬りかかった。
しかしアイ姉は、避けようともしない。
『あっ!?
──えっ!?』
シルビナの攻撃が、アイ姉の身体を斬り裂いた。
一瞬殺してしまったのか──と、シルビナは狼狽えたようだけど、次の瞬間には別の驚きが彼女を襲う。
斬り裂かれたはずのアイ姉の身体が、瞬時に元に戻ったからだ。
アイ姉に対して攻撃は、ほぼ効かない。
その不定型なスライムボディに物理攻撃はほぼ無効だし、魔法攻撃への耐性もある。
しかも一見小さなアイ姉の身体だが、実際には山のようなサイズのスライムが本体だ。
たぶん本体は空間収納のようなものの中に入っていて、その欠片だけが人の姿として外に出ているに過ぎないのだろう。
それが消滅したところで、本体から身体を補充すればいくらでも復活できる。
だから私も、遠慮なくやれる。
とはいえ、今の私に必要なのは、勇者と互角に渡り合える接近戦の能力だ。
それを鍛える為には、魔法などの特殊能力は使うべきではない。
「アイ姉、そちらも攻撃を避けたり、反撃してくれないと、修行にならないよ。
でも加減はしてくれると、嬉しいかなー?」
「そうかい?
それならそうするよ」
と、アイ姉が答えた瞬間、
『っ!?』
アイ姉の手刀が、シルビナの首に突き刺さっている。
まあ、幽霊なので、手刀を突き込まれてもダメージは受けないけど、シルビナとしては動きにまったく反応できなかったことが、驚きであるようだった。
でも、私には辛うじてアイ姉の動きが見えた。
私はその背後に回り込み、その後頭部に剣を振り下ろす。
「ちぇ●おーっっ!!」
気合一閃!
だけどその斬撃は、あっさりと弾かれた。
私が手にしていたのは、母さんが置いていったミスリルを「変形」のスキルで加工した剣だけど、その辺の武器屋で売っている物よりも、はるかに良い出来になっているという自負がある。
実際、弾き返された剣身には、傷1つ付いていない。
しかし剣が直撃したはずのアイ姉の後頭部にも、傷は1つも付いていなかった。
アイ姉の「擬態」スキルは、あらゆる物に変化することができるけれど、皮膚を鋼鉄に変化させた場合、その質感だけではなく、硬度すらも再現することが可能だ。
つまり鋼鉄を斬る技量が無ければ、傷を付けることもできないということになる。
…………無理だ。
いくら修行でも、こんな絶望的な実力差がある相手をどうすればいいんだ。
「あはははは!
貧弱ひんじゃくーっ!!」
アイ姉の反撃が来る。
あっこれ、避けるの無理ゲー……。




