閑話 新米冒険者は見た
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うち──キエル・グランジの案内で、討伐隊がゴブリンの住処に辿り着いた時、そこにはあの赤毛1匹だけが待ち構えていた。
赤毛は確かに強力な個体だけど、さすがにこれだけの数の熟練冒険者を相手に、勝ち目は無いと思う。
……いや、じゃあなんで赤毛は、1匹だけで待ち構えていたんだ?
勝てる算段が、あるからじゃないのか?
うちが嫌な予感を覚えた時、討伐隊の半数くらいがいきなり倒れた。
あの時と同じだ!
一応ギルドには「たぶん麻痺か何かを使うのがいる」って報告していたし、熟練の冒険者ならある程度の対策はしていたと思うんだけど……。
それでもこんなにやられてしまうって……!!
それだけ赤毛の能力が、高いってことなのか!?
幸いうちは案内役だけだったので戦闘には参加せず、後ろの方で待機しているだけだった。
だから麻痺の影響は受けなかったけど、いきなり半数がやられた今、何か手伝った方がいいのだろうか……?
そう考えていると、赤毛が雄叫びを上げた。
「う……うそ……」
今度は、討伐隊の殆どが倒れた。
そして、雄叫びを聞いたうちも、足に力が入らなくなり、蹲ってしまう。
こんなの、ほぼ全滅じゃない……!
い、いや、まだギルドでもトップの冒険者の5人が健在だ。
か、彼らならなんとかしてくれ──
「ええぇーっ!?」
赤毛の攻撃で、即1人が倒されたっ!?
しかもあの人、町で最強だと名高い、ギブソンさんじゃないの!?
も……もう駄目だ……お終いだ……。
うちは絶望しそうになったけど、こんなのはまだ序の口だった。
まさかの原始竜が、ゴブリンの群れを追って出現したのだ。
原始竜とはその名の通り原始的な竜で、空も飛べず、魔法も使えず、地面を這い回ることしかできない大きなトカゲみたいな存在だという。
それならば、冒険者だけでも撃退は不可能ではない。
だけど長い年月を生きた原始竜の中には、特定の条件を満たすと、より竜に近い姿に進化する個体もいるという。
そして、目の前の原始竜は直立しており、明らかに進化している。
「ひいいぃぃぃぃぃぃっ!?
なんで、こんなところにぃ!?」
進化した原始竜って、いくつもの村や町を滅ぼし、国が軍隊を出してようやく倒したという話もあるほどの怪物でしょぉ!?
そんなのに襲われたら、うちらはもう死ぬしかないよ……!
絶望的な状況だった。
しかしその絶望を上回る驚愕が、そこにあった。
あの赤毛が、原始竜を殴り倒したのだ。
なにその力!?
それじゃあ、さっきギブソンさんを倒した時は、手加減していたってこと!?
実際、赤毛が本気だったら、ギブソンさんは即死していたと思う。
あいつは……そんなに危険な奴ではないのか……?
私を逃がしてくれたのも、純粋に親切心からだったの……?
訳が分からなかったけど、今は赤毛が原始竜を倒してくれることを期待するしかないようだった。
しかしそれは甘い考えだった。
起き上がった原始竜が、火炎息を撃ち出す体勢に入ったのだ。
竜の息攻撃って、一撃で1つの都市が崩壊するほどの威力があると、聞いたことがある。
それをここで撃ち出されたら、うちらは余波だけでも蒸し焼きになるかもしれない。
赤毛もその危険性を悟ったのか、火炎息が撃ち出されるのを阻止しようとしているようだったが、結局それは徒労に終わってしまった。
その抵抗もむなしく、視界の全てが眩い光で、満たされてしまったのだから。
そして直後にうちらを襲う激しい衝撃と、火傷をするかと思えるほどの熱──。
「え……?」
竜の火炎息を受けたら、衝撃や熱なんて感じる暇も無く死んでいるはずだ。
それを感じることができたということは、つまりうちらは生きている。
周囲を見回してみても、爆風で吹き飛ばされた者はいるようだけど、死んでいる人はいないようだった。
一体、何が起こった──!?
その時、凄まじい叫び声が聞こえてきた。
赤毛だ、あの赤毛が叫んでいる。
つまり、赤毛も無事だった──いや、赤毛は両腕を失っていた。
おそらく赤毛が腕を犠牲にして、原始竜の火炎息を止めてくれたのだ。
しかし都市すらも破壊するという攻撃を相殺するとは、どれほどの力なのだろう?
だがどのみち両腕を失った赤毛には、もう勝ち目は無いのではなかろうか。
そしてうちらも、もう終わりだ。
きっとこの場にいる冒険者の全員は勿論、町の皆も原始竜に食い散らかされる。
そんな考え得る最悪の事態を想像して、うちは戦慄した。
だけど、その終わりの時は、いつまでも訪れなかった。
もう負けたと思っていた赤毛が風属性の魔法を使ったのか、原始竜の全身が切り刻まれたのだ。
「…………っ!?」
鼓膜が痛くなるような爆音と、衝撃がこちらまで伝わってくる。
なんという力……っ!!
これは本当に、ゴブリンに可能な力なの!?
「……こんなの、伝説の勇者レベルだ……っ!!」
誰かがそう言った。
うちもそうだと思う。
どうすれば、あんなに強くなることができるのだろう……!
不覚にもうちは、純粋な憧れを感じてしまった。
だけど赤毛は、それだけ大きな力を使った所為で力尽きたのか、その場に倒れ臥してしまった。
そして赤毛が仕留めきれなかった原始竜は、この場から逃げるように、よろよろと歩き出す。
でも、何かおかしい。
原始竜が負った傷は、消えているように見えた。
そんなに強力な再生能力があるのか?
だけどその再生能力で疲弊したとしても、何故逃げる必要があるのだ?
疲弊しているのならなおのこと、目の前にあるうちらという餌を無視するのはおかしい。
今は少しでもエネルギーが欲しいはずなのに……!
やがて原始竜は力尽きたかのように倒れ、みんなは「助かった」と喜んでいたけど、うちは何か釈然としない気持ちのままだった。
そのままうちが呆然としていると、その場にどよめきが広がる。
「あいつは……!」
あのゴブリンの上位種が現れたのだ。
まだ討伐隊の殆どの者は、戦闘不能の状態から完全に立ち直っていない。
もしもあいつに暴れられたら、少なくない犠牲者がでるだろう。
しかしゴブリンの上位種は暴れることなく、静かに赤毛に歩み寄ると、その身体を抱え上げて、そのまま北の方へと姿を消した。
結局、それ以来ゴブリンを見た者は、誰もいない。
こうして、サンバートルの町が滅びるかどうかの危機は、うちら人間が何もできないまま、勝手に終わった。
一時は原始竜の死骸から得られる素材によって、冒険者達の懐は潤ったが、それは時が経てば忘れられてしまうような出来事だ。
特に全く無関係だった町の人間達にとっては、直後に起こった領主の館での大火災の方が、余っ程大きな事件だっただろう。
領主を始め、沢山の人間が死んだし……。
だけどあの赤毛との遭遇は、うちにとっては人生を変える切っ掛けになるほどの、大きな経験だったと思う。
結果としてうちは、色々あって故郷を捨てることになったけどね……。
キエルについては、いずれ再登場するので、それまでお待ちください。
次から2章の後半に入るのですが、まだ全部書き終えていないので、毎日更新をすることは不可能になります。そんな訳で土曜深夜は元々お休みですが、次回は3日ほど後になるかと。
以後の更新も数日おきになると思います。