プロローグ 理解者
ブックマーク・感想をありがとうございました!
今回から第6章の始まりです。
私の名はアリゼナータ。
親しい人からは略して「アリタ」と、呼ばれているよー。
今、私は11才で、クラリーゼ学園に通っている。
本当はこんな貴族が多いところには来たくなんてなかったんだけど、身内に王族がいるものだから、貴族との付き合いも完全に無視する訳にもいかず……。
だから母さんからは、
「せめて学園で、礼儀作法だけでも学んできなさい」
……って言われているんだよねぇ……。
でも、正直言って、貴族なんてどうでもいいんだよ……。
私の目標は、この世界で初のボーイズラブ漫画家なので。
そんな親に言えないような職業を目指している私が、上流階級との付き合いなんて想定していないよ……。
ただ、現状だとまだこの国では、漫画雑誌や同人誌を作れるほどの印刷技術は進んでいないので、私の夢が叶うのは、あと10年は先の話になるかなぁー……。
だから今は学園の授業もそっちのけで、ひたすら絵の練習をしている。
大体学園の授業なんて、実家のノルン学院でやっていたことと被っているから、サボっても問題は無いし。
ここは「必修」とかの単位制度を、学園に採用しなかった母さんには感謝だねぇ。
あくまでも実力主義で、テストさえ合格していれば卒業まで問題無くいけるのだから、私にとってはありがたい話だよー。
どうせなら飛び級で、一気に卒業させてほしかったけどねぇ……。
そんな訳でその日も私は、あまり人が寄りつかない……というか、人が来るはずのない学園校舎の屋根の上で、絵を描いていた。
最近はようやく紙の質が上がってきて、絵が描きやすくなってきたのが嬉しいところだ。
そして何枚も絵を描いて、疲れたら昼寝をする──それが最近の日課だ。
まだ春の強くない日光と、暖かい風を受けながらの昼寝は、なかなか気持ちがいいものだ。
だから熟睡していた私は、完全に油断していた。
「ん……」
気がつくと、すぐ傍に、人の気配がした。
私がそちらへ視線を向けると、薄い紫色の髪をまっすぐに腰まで伸ばした、女の人がいた。
私よりも何才か年上だろうか。
この学園の入学には年齢の決まりは無いので、明らかに大人の人も通っていることがある。
まあ目の前の人は、精々中学生くらいの年齢ってところだろうけれど。
その人は、私のスケッチブックを熱心に見入っていた。
「ちょっ!?
あばばばはばばっ、何勝手に見ぃ、見てっっ!?」
私は酷く狼狽して、彼女からスケッチブックを取り上げた。
回収! 回収です! 私の黒歴史帳は回収です!
だってその中には、ちょっとエロい──しかも男同士でしている絵も含まれていたのだから。
実際、それを見たであろう彼女の顔は、赤くなっていた。
やばい、死にたい……っ!!
BL漫画家になりたいとは思っていても、やっぱり描いた物を顔見知りの人間に見られるのは恥ずかしいんだよぉ。
できれば完全に匿名の状態で、作家活動をしたかったのに……。
しかしその人は、
「ごめん……風でめくれて、中身が見えていて……。
でもその絵……というか、内容に目を奪われて……。
こんな世界があるなんて、知らなかった!
もっと見せてくれないか!?」
「え……」
その人は、まさかの腐女子の才能を持っていた。
つまりこの世界で初めて現れた、私の理解者だった。
「君、キンガリーさんだろ?
レイチェル殿下以来の天才児だって噂されている」
あ~、姉さんと比べると、私なんて全然大したことないよ。
色々とサボりすぎて、たぶん姉妹の中で私が1番弱い。
「その天才に、こんな一面があるなんて思わなかったよ。
しかしその……男性同士というのは、なかなか魅惑的だな……。
……なにやら耽美というか……」
凄ぇな、この人!?
BLを知ってすぐに、「耽美」なんて言葉に辿り着くのかい……。
母さんの前世の世界では、BLという言葉が生まれる前は、「耽美」という言葉が男性同士の恋愛を指していたこともあったという。
こいつぁ、逸材だ……!
「私はシルビナ・ナタリー。
どうかよろしくしてやってくれ」
それから私達は、色々なことを話し合った。
シルビナは騎士爵の娘で、彼女自身も騎士になる為にこの学院に通っているらしい。
騎士爵って相続できないもんなぁ……。
で、シルビナは屋根の上に私がいるのに気付いて様子を見にきたそうだけど、普通は登ってこようと思ってもこられないはずなんだけどねぇ……。
それだけ彼女の身体能力が高いということになる。
騎士を目指しているのなら、将来は有望なのかもしれないなぁ。
そんなシルビナに私は、BLの話を沢山したり、絵の批評をしてもらったりと、これまでの人生で1番親しい人づきあいをしたと思う。
きっと彼女は、私にとって初めての親友なのだろうねぇ。
だけど翌年にはシルビナも学園を卒業してしまい、国の兵士となった彼女は地方で働くことになる。
そうなると直接会う機会も無くなり、手紙のやりとりくらいしかできなくなった。
勿論私の転移魔法を使えば会いに行けたかもしけないけれど、転移魔法は本当に特殊な魔法なので、シルビナからこれ以上特別視されたくなくて、使わなかったんだ。
私達は友達なんだから、その友達から「天才」とか、そんな風には見られなくなったんだよね……。
でも、やっぱり会いに行けば良かったよ……。
「次に会う時は、アリタが描いた漫画とか言うのを見せてくれよ」
シルビナとの別れ際に聞いたそれが、私が知る彼女の最後の言葉となった。
なんで……なんで、手紙の返事じゃなくて、シルビナの訃報が届くのさ……!?
ストックが全然無いので、土日の更新は休みたいと思います。




