79 竜 人
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元々カーシャは、トカゲの獣人だと思われていた。
リザードマンという、時には魔物にも分類される種族だ。
だが、彼女の頭部には、ある日髪が生え始めた。
リザードマンに、頭髪は無いという。
だからこの時点ではまだ、カーシャは特殊なリザードマンなのだと私は思っていた。
だけどそれから更に数年が経過すると、今度は彼女の頭部に角と、そして背中には翼が生え始めた。
ここに至ってようやく我々は、「あれっ、なんか違うぞ!?」という認識になったのである。
そんな訳で、鑑定士にカーシャを鑑定してもらった結果、彼女は「竜人」という種族であることが分かった。
竜人は竜が人間と交わって生まれた者の子孫で、やはり魔物に分類されることもある種族である。
ただし竜の血を引いているだけあって、その能力は凄まじく高い。
そんなカーシャが何故王都の貧民街にいたのかはよく分からないけど、もしも正体が露見していたら奴隷商が見逃すはずもなく、かなりの高額で売買されていただろう。
結果として彼女はクラリスと出会うこともなく、今のような地位が得られなかったのは勿論、もしかしたら命すらも無くなっていたかもしれない。
そういう意味では、カーシャがリザードマンに間違えられていたことは幸運だったと言える。
なお、カーシャは「人化」というスキルを持っていて、現在は人間の姿をしている。
180cm近い長身で精悍な顔つきをしている為、よく男に間違えられるらしいが、それ故に女性人気も高いと聞いている。
私はそっちの方向でも凄く期待しているが、それ以外で彼女に期待することと言えばは、やはり戦闘力だろう。
女王陛下の親衛隊長として、「最強」と呼ばれるほどの実力はほしい。
竜を倒したとなれば、その名声に一歩近づくことになる。
だからカーシャは、竜に対して強い闘志を漲らせているのだ。
そしてなによりカーシャには同じ竜の血を引く者同士、どちらが上なのか──それを試してみたいという想いもあるのだろう。
「院長、クラリス。
ここはまず、あたし1人でやらせてくれないか?」
「いいですよ」
「ええ、我が親衛隊長。
思いっきりやりなさい!」
「応っ!!」
クラリスの答えを聞いた瞬間、カーシャは竜に斬りかかった。
たぶん素人目には、いつ剣を抜いたのかすら分からなかっただろう。
それだけ速い斬撃──。
ガアアァァァァ!!
竜が吠える。
それは怒りか、それとも苦痛によるものか。
竜の身体は、確かにカーシャの一撃によって斬り裂かれていた。
ただし、深手というほどではない。
やはり竜の強靱な肉体を斬り裂くのは、本来ならば困難なことだった。
むしろダメージを与えることができただけでも、賞賛すべきことだろう。
それに──、
「いやあ、剣の扱いと気による強化が上手いですねぇ」
女王の親衛隊長が使っている剣だ。
さぞかし名のある剣匠による作なのだろう。
だがそれを差し引いても、竜の身体を斬り付けてなお折れないのは、剣を振るう者の技術が優れているからこそだ。
とはいえカーシャの剣が、竜に致命傷を与えていないのも事実。
それは彼女が、何度斬り付けても変わらない。
そもそもあの竜は、多少の傷ならば回復させることができる「自動回復」のスキルを持っているようだ。
受けたダメージが、次々に回復している。
勿論、「自動回復」にも限界はあるし、回復量を上回るダメージを与え続ければ、いつかは倒せるが……。
「カーシャ、本気を出さないと埒があきませんよ?」
「わ、分かってるよ!」
そう答えるなり、カーシャの姿が変わっていく。
「えっ、ええっ!?」
ああ、エリは知らないんだっけ。
カーシャは人間の姿から、元の竜人の姿に戻った訳だが、始めて見ると衝撃的かもしれない。
なんにしても、変身でパワーアップは燃えるシチュエーションだが、それでもぶっちゃけ彼女1人だけで勝つことは難しいと思う。
他の魔物が相手ならば圧勝パターンだが、さすがに竜が相手だと事情は異なる。
少なくともキエルとマルガだって、竜にトドメを刺すまでには5時間くらいかかったし、カーシャがいくら2人よりも強かったとしても、やはり数時間はかかるんじゃないかなぁ……。
そうなるとたぶん、クラリスが飽きる。
「ねえ……そろそろ私も参加していいかしら?」
あ、もう駄目か。
昔から比べるとかなりマシになったけど、気が短い方だからなぁ。
「せめてあともう少し、見守ってあげましょうよ……」
「え~?」
「でも、エリの『吸精』による支援は、もう始めてもいいのかもしれませんね」
「あ、はい!」
たぶんクラリスが参戦したとしても、竜の攻略にはかなりの時間がかかる。
そもそも竜は、先程から息攻撃を使っていないから、まだまだ遊び半分だと考えてもいいだろう。
本気で息攻撃を連発されたら、この空間の全てが火の海になってしまい、戦いを続けるどころの状況ではなくなってしまう。
だが、エリの「吸精」で竜を弱体化させれば、息攻撃の頻度は減らせるはずだし、こちらの有利な状況で戦いを進められる。
そんな訳で、我々の勝利は約束されている──はずだったのだが、1時間が経過しても、勝敗は決まらなかった。
やはり最強の魔物である竜は、容易い相手ではないな……。
「はぁはぁ……もう疲れたんですけど……」
クラリスが音を上げ始めた。
一方、竜も弱ってはいるが、まだ命には別状がない。
う~ん、そろそろ私が介入するか。
「はい、ストップ。
ストップです!
ここからは私が対処します」
「えっ、院長、待って!?
もうちょっと、もうちょっとで倒せるから!」
カーシャは食い下がるが、いつまでも女王がこんなところで遊んでいる訳にもいかないしなぁ……。
「駄目です、私に任せない」
「そんなぁ……」
ガックリと肩を落とすカーシャ。
残念だろうが、まあ君にとって悪いようにはしないよ。
明日は定休日です。




