56 心惹かれて
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アイリス・クラウ・オーラントでございます。
ダンジョンから戻ってきた私達ですが、今晩は町の宿で休むことにしました。
さすがに今日はもう、ダンジョンへ再挑戦する気力はございませんわ……。
そんな訳で私達は今、宿の食堂で夕食をいただいております。
「あら……庶民の食事も、案外美味しいのですね……」
このような宿屋では、私達貴族が普段食べている高級食材と比ぶるべくもない粗末なものを、使っていると思っていたのですが……。
するとリーザ様は、
「ここはダンジョンからの素材が、豊富で新鮮じゃからのぉ」
と、仰いました。
「えっ、これは魔物の肉ですの!?」
「なんの為の、素材採取だと思っておるのじゃ……」
私はその事実に驚愕しました。
でも確かに今回の実習では、魔物から素材を採取しておりましたが、その素材の行き先など考えたこともありませんでしたわね……。
正直言って、魔物の肉など気味が悪いのですが……今日の私達のように、誰かが命懸けで採取したものだと思うと、無碍にはできませんわ……。
それを実感させることが、この実習の目的の1つでもあるのでしょうか……?
「だが、昔はもっと雑な味じゃったな。
今は洗練されたというか……。
聖女様が色々な調理法を、考案してくれたおかげじゃな」
「えっ……聖女様というと、今日もいたあのメイドの御方ですよね?」
「うむ、料理どころか、今この国に新しく出てきたものは、大抵聖女様の考案じゃぞ。
それで庶民の暮らしも、かなり良くなっておるじゃろ?」
レイチェル殿下の実母は、この国の実質的な支配者だとは聞いておりますが、実際にそれだけの働きはしているのですね……。
それにしても先程から、エリ様が静かなのですが……。
「よく……食べますわね……」
エリ様は黙々と、食事に集中しております。
既に5人分の量は、食べているのではないかしら……。
あの細い体の何処に、入っていくのでしょうね……?
でも……見た目はこんなに可憐なのに、ダンジョンでは凄く頼りになりましたわ……。
いえ、ダンジョンだけではなく、普段から魔法を習うなどでお世話になっておりますし……。
それにエリ様のスキルの助けがあれば、無力だと思っていた私でも戦えるのだ──と、思うことができました……。
打算的かもしれませんが……エリ様のようなメイドを、傍に置ける殿下が心底羨ましいですわ……。
しかし殿下からメイドを奪う訳にはいきませんし……。
どうにかしてエリ様を、傍に置く手段はないのでしょうかね……。
「なんじゃ、おぬし。
エリの顔をじっと見つめて」
「えっ、なんでもないですわ!」
私はリーザ様に指摘されて、慌てて視線を逸らします。
嫌ですわ、人様のお顔に見とれてしまうなんて……。
そんなまるで恋でもしているようなことを……
……恋?
いえ、同じ女性相手にまさかですわね……。
翌朝、私達は朝食を摂っておりました。
これから改めてダンジョンに挑戦するので、緊張してしまいます。
その所為か、あまり食欲が湧きませんわ……。
でも空腹では戦えませんし、無理をしてでも食べなければ……。
そんな訳で私は、ゆっくと料理を口に運んでおりました。
こういう時は大食漢のエリ様や、脳天気なリーザ様が羨ましいですわね……。
ともかくそんな風に食事をしていると、私達に声をかけてくる女性がいました。
「やあ、君達は新人の冒険者かな?」
年齢は15才くらいの、小柄で黒髪の女性でした。
「え、ええ、まあそんなところです」
エリ様は詳しく学園のことを説明するのが面倒臭いのか、そう言って濁しました。
そもそも学園の者だとここで明かせば、自らが貴族の関係者だと吹聴するようなもの……。
防犯上のことを考えると、エリ様の対応も仕方がありませんわね。
「じゃあ、これおごりね」
と、私達のテーブルの上に、彼女はとある物体を置きました。
あら、これは最近王都でも流行りの、パフェなるものですわね?
「えっ、そんな。
悪いですよ!?」
エリ様は断ろうとしていましたが、
「いや、いいって、いいって。
女の冒険者は少ないから、新人の女冒険者には優しくすることにしているんだ」
と、彼女も引き下がりません。
そして、
「私はニナって言うんだ。
ダンジョンで会ったら、よろしくね!」
と、言い残して去って行きました。
……私達、本当は冒険者ではないので、なんだか騙してしまったような形になってしまいましたねぇ……。
罪悪感が凄いですわ……。
「おお、美味そうじゃのぉ!」
まあ、リーザ様はそんなことを気にしてはいないようですが……。
「……折角ですから、いただきましょうか?
一応、解毒と浄化の魔法はかけておきますね」
私達はそのパフェを、三等分していただきました。
正直言って、凄く美味しかったです。
このパフェもあのメイド長の考案だと聞いて、彼女とお近づきになることを、真剣に考えてしまいましたわ。
その後私達は、ダンジョンへと再び入りました。
昨日はあのリゼという殿下の妹に邪魔されてしまいましたが、今日は何事も無く終わって欲しいものですわ……。
しかしエリ様は、
「メイド長の関係者には強い人が沢山いるので、またああいうのに遭遇することがあるかもしれません……」
と、言っておりました。
それはなんとか避けたいですわね……。
「まあ、私の同僚が、生徒に死者が出ないように巡回しているらしいので、最悪の事態はそうそう起こらないと思いますよ。
今も後ろの方から誰かが着いてきているような気配がするので、もしかしたら見守ってくれているのかもしれません」
「そ、そうですか」
私が後ろを見ても、ダンジョンの通路以外には何も見えないのですけど……。
「だが、人間の声は聞こえぬぞ?
女神様は『まあ、なんとかなる』とは言っておるが……」
「それ……確実に何かが起こるってことではないですか……。
あれぇ……魔物でも着いてきているのかな?」
エリ様は警戒の度合いを高めましたが、索敵のスキルが無い私には結局何もすることができませんわね……。
それから暫く歩いていると、
「えっ?」
ドサッ──と、何かが落ちる音が聞こえました。
私が音の方へ振り向くと、そこには何故かリーザ様が倒れていたのです。




