5 引っ越しと人間の動きと
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さて、早速ゴブリン達の引っ越しの準備が始まった。
しかし、この作業も楽ではない。
なにせ50匹ほどもいる大所帯だ。
食料などの必需品をまとめるだけでも、かなりの労力が必要だ。
不本意ながら、どうしても必要な物以外は廃棄していくしかないだろう。
もう……引っ越し屋でもあれば、楽なんだけどねぇ……。
でもまあ前世のように、諸々の行政手続きや、インターネットの接続工事とかが必要無いだけ、まだ簡単かもしれない。
……ヤバイ、思い出したらネットをしたくなってきた……。
前世の便利さは思い出すと逆に辛くなるので、なるべく考えないようにしているけど、ふいに思い出すと急に鬱状態になるわ……。
いや、今はそんな場合ではない!
もたもたしていたら、人間達がゴブリン狩りを始めるかもしれないし。
まあ、一応何名か偵察役を選んで、人間の町を監視させているけどさ。
異変があったら、すぐに報告が──
「王!!
人間ガ動キダシタ!!」
……フラグを即回収するのは、やめて欲しい。
しかし早いな。
まだあの少女を解放してから、3日と経っていないのに。
で、報告を聞くに、動き出した人間の数は、30人ほどのようだ。
町の規模から考えると、冒険者の精鋭を全投入って感じかな?
うん、完全に殲滅しにかかっているな。
よろしい、ならば戦争だ。
ただし、あくまで逃げることに徹した撤退戦で……ということになる。
今の私が本気で戦えば勝てるような気がするけれど、それでは人間に死人が出かねないし、そんな形で人間の身体を乗っ取っても嬉しくないからなぁ……。
だから双方に犠牲が出ないように、私が殿を務めて、ゴブリンの群れが逃げ切るまで防御に徹する。
ふふ……奇しくも、熊から仲間を逃がす為に最期まで残った、この身体の前の持ち主みたいじゃないか。
もしかしたら彼の魂が、こういう選択を私にさせているのかもしれないなぁ……。
よし、身体を奪った償いに、せめて遺志は継いでやろう!
「それじゃあ、全員移動開始!!
私はここで、人間を食い止める!」
私の号令を受けて、ゴブリン達は移動を始めた。
ただ、元ゴブリン王だけは残ろうとしている。
私だけでは危険だと思ったのかもしれない。
その忠誠心?はありがたいが……、
「駄目、絶対!」
元ゴブリン王なら、人間を相手にしても簡単には負けないかもしれないが、手加減できるとも思えないので、人間を殺してしまう可能性がある。
だから、無理矢理先にいかせた。
ぶっちゃけ、邪魔。
ほどなくして、私の索敵能力に、接近する集団の存在を感知することができた。
報告通り、約30人──正確には33人だな。
彼らが姿を現すまでに、私は心の準備を整える。
「!」
やがて武装した人間の集団が、ゴブリン達の巣だった洞窟の前に現れた。
先頭には案内役なのか、あの少女の姿もある。
折角逃がしてあげたのに、恩を仇で返しやがって……とは思わない。
私だって、家の近くに害獣の群れが住み着いていたら、行政に駆除をしてもらうように相談くらいする。
そうしないと、安心して生活できないのだから仕方が無い。
それにゴブリン達も、少女に危害を加えようとしていたから、ゴブリン達が悪くないとも言えないんだよねぇ……。
だから共生することが無理なら、お互いの生息圏が重ならないようにするしか、平和的な解決は無いだろう。
人間同士だって、「話せば分かる」なんていうのは、相手によっては全く通じない幻想だしね。
世の中には言葉は通じても、価値観が合わなければ「関わらないのが1番いい」というほど、分かり合えない相手というのは確実に存在する。
完全に別の種族同士なら、なおのことだ。
取りあえず今回は、ゴブリンの側が大幅に譲歩して、この土地から出て行く。
それで勘弁して欲しい。
……まあ、言葉が通じないので、人間はこちらの意図なんか汲んではくれないだろうけど。
事実、人間の方は、戦う気満々だ。
そんな訳で、私も実力行使に出ますよ。
……でも、どの程度の実力を出せばいいのだろう?
あまり力を見せつけると、更に危険視されて、より規模が大きな討伐隊が編成されるなんてことはないのかしら?
まあ、こんな辺境っぽいところに、大規模な兵団を送るような余裕が人間側にあるのかは疑問だが……。
それに、今の人類文明には、瞬時に正しい情報を遠方に送る技術は無いのかもしれないので、多少暴れても誤報として取り合われない可能性もあるかな?
いや……なるべく無害な存在をアピールした方が無難か……。
そんな訳で、ほい、麻痺毒散布。
これで無力化できるのなら楽なんだけど……。
うわっ、矢が飛んできた!?
麻痺で半数以上は無力化したけど、偶然なのかなんなのか、麻痺毒が届かない位置にいた者や、自力で麻痺に抵抗した者は、まだまだ戦うつもりのようだ。
抵抗は本人の耐性スキルなのか、それとも装備の所為なのか……。
ふむ……どのみち麻痺毒が通用しないとなると──、
「ヴェアアアアアア──────ッ!!」
私は吠える。
これは昔手に入れた狼のスキルで、魔力を乗せた音波によって、相手を金縛りにするものだ。
聴覚から脳に魔力を伝わせて、運動神経を麻痺させる感じかな?
魔力への抵抗値が低い相手に対しては、特効の状態異常技なんだけど……。
しかも効果範囲もかなり広いので、偶然範囲外にいたなんてことはまず有り得ない。
しかしそれでも、5人ほど抵抗に成功している。
人間もなかなかやるなぁ。
じゃあ、もう直接殴って止めるしかないか。
人間はまだ銃を発明していないようなので、武器の性能の所為で負けるということはまだ無いはずだ。
あとは魔法にさえ注意していれば問題無いと思うが、装備を見る限り、魔法使いっぽい者はもうとっくに無力化されているな。
たぶん熟練の魔法使いは貴重な戦力なので、こんな辺境には殆どいないのだと思う。
むしろ魔法なら、私の方が使えるのではなかろうか。
だけど攻撃魔法は強力すぎて、人間相手には使えないのがもどかしい。
ともかく私は、標的との距離を瞬時に詰めて、腹に重い掌底の一撃を叩き込む。
「ボディが甘いぜ!」
すると相手はあっさりと、倒れ込んで悶絶した。
まだ気絶はしていないけど、胃液を吐き出して嘔吐いている様子を見るに、しばらく戦えないだろう。
しかしどうも私は、力に頼った戦い方になりがちだな。
前世では運動が得意ではなかったから、格闘技とかを習わなかったのが悔やまれる。
こんなことなら合気道とか、もっと穏便に相手を抑え込めるような技術を習っておけばよかった。
まあ、それを今更悔やんでも仕方がないけれど。
今はやれることをやるだけ──と、次の標的に狙いを定める。
……って、アレ?
……なんか索敵に、新たな気配が引っかかったんだけど?
しかも、かなりの数。
一瞬、人間の増援なのかとも思ったが、どうやら気配はゴブリン達が逃げた方角からのようだ。
あいつらが戻って来た?
何で!?
まさか、私に加勢する為──!?
その時、ゴブリン達の気配がする方向に、何か別の気配があることを察知する。
直後、木々が揺れて、何やら巨大な物体が顔を出した。
それは、少々予想外すぎるもので──、
「ちょっ、恐竜じゃん!?」
ティラノサウルスっぽい怪物が、ゴブリン達を追って現れたのだ。
「王!
我々ヲ故郷カラ追イ出シタ怪物ガ、追ッテキタ!」
え……?
ゴブリン達は私に脅威を感じて、南に逃げたんじゃなかったの?
ちなみに初期案では、ゴブリンは人間を攫った時点で全滅させられる予定だったんやで。しかし「私」がぶち切れるには、まだちょっと凶行が足りないな……と、思い直した。