52 初めての姉妹喧嘩
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天井から、巨大なスライムが落ちてくる──。
これは魔法攻撃で迎撃することは勿論、躱すことも難しいでしょうねぇ……。
あまりにも質量が大きすぎるのです。
当然、「結界」で周囲を覆っても、閉じ込められるだけで不利ですね……!
これはもう、転移で脱出するしかないでしょう。
でも、どうせ転移魔法を使うのならば、道を作りましょうか。
『ぬあっ!?』
私は目の前の通路を塞ぐスライムに対して、転移魔法を使いました。
ただし全体にではなく、中心をくりぬくように転移させたのです。
かつてママが転移魔法を駆使して、生物の体内の病巣だけを切り取る技術を研究していましたが、それを攻撃に転用したのがこれです。
この空間ごと対象を切り取る術を視認することは、常人にはできません。
だから魔力の動きを読める者か、常時魔法的な防御で自らの周囲を覆っている者でなければ、対処は不可能なのです。
私はそこに生じた穴の中を、跳躍してくぐり抜けます。
脱出と同時に、スライムにダメージも与えたと思うのですが……駄目ですね。
まだ動いていますし、さほど効いてはいないような気がします。
これ以上相手にしていられません。
さっさと次の階層へ進みましょう!
しかし──、
私が駆け足で進む通路の先に、人影が現れました。
桃色の髪をした、小さな女の子の姿なのです。
見た目の年齢は私とそんなに変わらないので、まだ姉とは認めたくないのですが……。
「……っ!
ようやく本体の登場ですか……!」
「いやぁ、凄い凄い。
よくぞあれを、切り抜けることができたね。
お母さんくらいしか、突破できる人間はいないと思っていたよ」
「私もママの能力を受け継いでいるのです。
ママができることは、私もできて当然なのですよ……!」
「いやぁ……羨ましいね。
私は初期の……数えるほどしか、お母さんとスキルを共有していないからね……。
でもね、姉よりも優れた妹なぞ存在しねぇ……ってことを思い知らせてあげるよ!」
次の瞬間、小さな女の子にしか見えなかった彼女が突き出した右掌から、膨大な量のスライムが溢れ出し、あっという間に通路を満たしていきました。
先程まで見てきたスライムは、彼女にとって欠片にしかすぎなかった──それを嫌でも実感させられるほどの、圧倒的な物量なのです。
「なぁっ!?
どこのジャ●様ですかっ!?」
あっという間にスライムに飲み込まれた私は、この時点で勝ち目が無いと悟って、脱出に全力を傾けることにしたのです。
「だ、大丈夫ですか、レイチェルお嬢様!?」
私はダンジョンの最下層に転移しました。
もう転移で逃げるしか、他に手がなかったのです。
心配そうに待機していたメイド隊が、駆け寄ってきます。
私の状態は酷い物でした。
怪我こそありませんが、全身は粘液でドロドロになっているし、服も大半が溶かされていたのです。
一刻も早く、この汚れを落としたい……。
このダンジョンに、温泉施設があって助かりました。
「お風呂に入ります。
着替えを用意しておいてください」
「は、はい」
その後私は身体を洗い、湯船に浸かっていました。
すると浴場に入ってくる何者かの、気配があったのです。
そちらへ視線を向けると、桃色の髪の少女がいました。
全裸で。
……いや、もしかしたら普段の服装も擬態で、常に全裸なのかもしれませんが。
いずれにしても、外見だけなら本当に可愛いのですけどね……。
「……なにをしにきたのですか?」
「いやぁ~……。
ちょっとやり過ぎたと思って、謝りにさ。
ゴメンね?」
と言いつつ彼女は湯船に入り、私の隣に座りました。
「……身体くらい、洗ってから入ってきてください」
「私の皮膚なんて、あってないようなものだから問題無いよ。
汚れたら内側に取り込んで、浄化しているから常に綺麗な状態さ」
「まあ……そうでしょうね」
スライムのような不定形の存在の肉体には、表も裏も無いのでしょうし、本来なら触れれば溶かされるような物質で身体が構成されているのですから、汚れもすぐに溶けるのでしょうね。
「しかしやり過ぎたとは、よく言うのです。
あれだけ手加減しておいて……!」
実際先程の戦いで、私が怪我をするような攻撃は一切受けていなかった……。
それでも圧倒されるとは……。
それはつまり、私と彼女の間に大幅な実力差があるということなのです。
「それでも私は、少しやり過ぎたと思っているんだよ。
君に対しては、嫉妬心が無いと言えば嘘になる。
だから、つい……ね」
「嫉妬……ですか?」
意外な言葉でした。
「私だけお母さんに育てられた経験が、まったく無いからね。
他の姉妹達にある思い出が、私には無いんだよ……」
「ああ……」
そうですね……。
私と妹達は生まれる前までの記憶を、ママとは共有しています。
しかし早い段階でママから分かれた彼女には、この世界にママが来てから経験したことを殆ど共有できていないのでしょう。
そしてだからこそ、私がこの人をまだ家族だと認められないことの一因になっているのです。
妹ちゃんはともかく、この人については全然記憶に無いので、いきなり「姉」だと言われても困るのですよ。
……まあ、実力的には、ママの長女に相応しい物を持っているのかもしれませんが……。
「……そんなのは、これから作って行けばいいのです。
ママもその為に、あなたを呼んだのでしょうし……」
そんな私の言葉を受け、彼女はニンマリとした笑みを浮かべて抱きついてきました。
「おんやぁ~?
レイチェル、もしかしてちょっとデレてる~?」
「デレていません!
ウザイです!」
私は彼女を引き剥がそうとしましたが、なかなか剥がれませんでした。
本当にもうっ、この粘着物質は……!!
こんな奴、絶対に姉とは呼んであげません!
アイの髪の色は、最初に描写したものから変更しました。




