42 ダンジョン実習に向けて
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学園生活は特に問題無く続いているけど、秋も深まってそろそろ実技訓練時に着用するブルマーだと寒い。
そんな訳で学園指定の体操着が、今はジャージなるものへと切り替わっている。
私としては太股を露出させなくても良いというだけでも恥ずかしくなくてありがたいけれど、それを抜きにしても、普通に着心地がいいよね、これ……。
自室での普段着としても愛用したいくらいだ。
「それも母が作らせたものですよ」
姫様がそう言っていたけど、メイド長は一体いくつこのような発明をしているのだろうか?
たった一人のメイド長のおかげで、私達の生活水準はかなり向上しているような気がする。
捉えどころが無い人だけど、やっぱりとんでもない偉人だよねぇ……。
でも国民の大半はそんなメイド長の偉業を知らないし、メイド長自身も吹聴するつもりは無いらしい。
メイド長が自身の実績を発表して権利を主張したら、たぶん莫大な富と名声を手に入れることができると思うんだけど、欲の無い人だな……と思う。
まあ、現状でも非公式ながらも女王様の恋人だし、ダンジョンや教団なども管理しているので、凄い権力や財力を持っているのは確かなんだろうけれど……。
で、そのメイド長が、とある日の夕食の時に、ある計画を発表した。
この家では女王様もメイドも一緒になって食事をすることになっているけど、当然私もその場にいる。
女王様と同じ食卓で食べるのは、凄く緊張するよ……。
「今度学園で、ダンジョンでの実戦訓練を行いたいと思います。
みなさんの意見を聞かせてください」
「あ~、あれね……。
魔法もろくに使えない頃に、アリゼに放り込まれて酷い目に遭ったわ」
「冒険の日々が、懐かしいのです」
女王様と姫様が反応する。
あれ? ダンジョンでの戦闘経験なんてあるの?
そんな疑問が顔に出たのか、
「この中でダンジョンでの戦闘経験が無いのは、アリタ様くらいだと思いますよ。
陛下もご主人様の訓練によって、自身の身を守れるようになっております」
ケシィーさんはそう言った。
ダンジョンでの訓練は私も経験しているけど、まさか陛下さえも受けていたなんて……。
陛下にそんなことを強制できるメイド長って、一体なんなの?
「しかし危険は無いのですか……?
貴族の方々に万が一何かあったら……」
そんな私の疑問に、
「私がやっているのに、貴族の子ができないなんて理屈は無いでしょう。
いざという時に、国民を守る為に戦うのが貴族の義務──。
それに備えて、命懸けの戦いを経験しておくのも悪くないと思うわ」
女王様はそう答えた。
ひぃっ、あなた様には聞いてなかったんですけど……!
「クラリスの言う通り、この訓練の目的はまさにそれです。
それにナウーリャ教団から治癒魔法が使える者の派遣も予定していますし、メイド隊による秘密裏での支援体制が整ったからこその企画です。
死者は出ないと思いますよ」
ああ、先輩達が投入されるのか。
じゃあ、低層の魔物相手なら問題無いかな。
「それで、生徒には何人かでパーティーを組んでもらう予定ですが、レイチェルのように強い者はソロで挑んでもらいたいと思います」
「ふっ……別に最下層まで踏破してしまっても、構わないのでしょう?」
「そもそもレイチェルは、転移で直行できるじゃないですか。
成績は倒した魔物の素材価値で決めますので、階層は考慮しませんよ?」
「じゃあ、なおのこと私に有利なのです。
効率のいい狩り場は熟知しているのですよ」
自信満々に姫様はそんなことを言っていたけど、本当に大丈夫なのだろうか?
姫様が強いことは分かっているけど、1人では不測の事態には対処できないだろうし……。
フォローするメイド隊だって完璧じゃないだから、心配だなぁ……。
あと、女王様が、
「素材……解体……小腸……うっ、胃が!」
と、口を押さえていたけど、どんなトラウマが……って、ちょっと何があったのか理解できてしまった私も、食欲が少し失せちゃったよ……。
そして最初のジャージの話に戻るのだけど、相変わらず実技訓練の後は、王女専用の更衣室で着替えをしている。
う~ん……メイド服ではなく、このままジャージで過ごしたい。
ジャージを制服にしてほしいとメイド長に頼んだら……駄目だ、あの人なら夏場の制服をブルマにしかねない。
後ろ髪を引かれる想いでジャージからメイド服へと着替えて、私は更衣室から出る。
ここから姫様に合流するまでは、私が一人だけになるタイミングだ。
そんな訳で、教室へ向かう途中に待ち伏せされていましたよ。
誰かというと、例のリュミエルだ。
何なの? また投げ飛ばされたいの?
「おい……お前……フグッ!?」
あ……思わず「結界」の術で、物理的に接近を止めちゃった。
うん、こうして一定の距離さえ取っていれば、四天王やダンジョンの魔物から比べたら全然怖くないな……。
「お互いに、あまり近づかない方が良いと思います」
「ぬう……この無礼者め……!
いや……今回は聞きたいことがあったのだ」
お? なんだかちょっと殊勝な態度……?
「なんでしょうか……?」
「どうすれば、殿下とお近づきになれるのだろうか……?」
あ~……まだ無駄な努力を続けるつもりなんだ。
彼も焦っているなぁ……。
そもそも姫様に近づく男なんて、私のライバルなんだから助けるつもりは無いよ!
でも彼に対しては、正しいアドバイスを与えても問題は無いかな。
「……姫様に近づかないのが1番かと。
姫様は男性嫌いなので、近づけば近づくほど心証が悪くなります」
せめて私くらい完璧な女装をしないと、近づくのは無理だ。
「なっ……!?
それでは、状況が何も改善しないではないか!」
「ですから、姫様に近づかないまま、学業などで優秀な結果を出せば良いと思います。
その評判が姫様の耳に届くほどならば、姫様はしっかりと評価を改めてくれるでしょう。
その積み重ねで、悪い印象をひっくり返すことはできるはずです」
「ぐぬぅ……!」
しかし私のアドバイスを聞いても、リュミエルの顔は明るくならなかった。
むしろ更に難しい問題の壁に突き当たったかのように、難しい顔をしている。
うん……どう見ても、地味な努力とかが嫌いなタイプだもんなぁ。
おそらくリュミエルは、他人を利用して楽をすることが身に染みついているのだと思う。
権力で人を動かし、その成果を自分のものにするのが当たり前だと思っているタイプだ。
貴族としてはそれが普通だったのかもしれないけれど、姫様はそういう貴族も嫌っているので、男であること云々以前の問題だと言える。
「ほ、他には何か無いのか?
たとえば、何か弱み……とか?
金ならいくらでもだすぞ?」
それを聞いてどうする気だ、こいつ……!
「金貨500枚──」
「な……!?」
リュミエルが息を呑む。
たぶん彼には動かせない金額だったのだろう。
「私はそれだけの褒賞を、姫様からいただいたことがあります。
姫様を裏切るのならば、最低でもこれ以上の金額が必要になりますね。
まあ……今の話は聞かなかったことにしましょう」
そう言い残して私は、リュミエルに背を向ける。
「ま……待て!」
リュミエルがまだ引き留めようとしていたが、これ以上話しても無駄だろう。
そして「結界」で私に近づくこともできないので、何か危害を加えられることは無いはずだ。
でも……まあ──、
今見聞きしたことは、あとで姫様に報告しておこう。
リュミエルにはああ言ったけど、聞かなかったことにできるような内容ではないなぁ……。




