39 高レベルだからこそ難しい
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エリです。
二学期が始まってそこそこの日数が経過したけれど、今のところは大きな問題も無く、平穏な日常が続いている。
ただ、相変わらずリュミエルが接触してくるので、姫様は地味にストレスを溜めているようだ。
私も気分は良くない。
まあ……リュミエルの方も、姫様の態度が一向に良くならないので、何か焦りを感じているように見えるが……。
変な気を起こさなければいいけれど……。
で、少し変化があったことと言えば、魔法の実技訓練の時にアイリス様を手伝うようになったことだ。
たった一人の講師では生徒全員にきめ細やかな指導はできないので、必然的にある程度の実力者が成績の悪い者へと教えることが、推奨されるようになった。
私なんかが公爵家令嬢の指導とは恐れ多いような気もするけど、姫様やカナウ先輩では他人に教えることは逆に難しいようだ。
たとえるなら当たり前に肺で呼吸をしている人間が、肺の無い魚に肺呼吸を教えるようなものなのだろうか。
この場合、姫様達にとっての「肺」は、アイリス様にとっての「魔力」と言えるかな?
姫様達の膨大な魔力から比べれば、彼女の魔力は微量と言えるほどに少ないらしい。
そして魔力が少ないからこそ、アイリス様は魔法の発動に苦労している……という感じだ。
彼女にとっては無詠唱での魔法の発動なんかは、物凄く難しいことであるらしいのだが、確かに魔力が多ければ強引に発動させることも不可能ではないんだよね……。
まあ……私の「吸精」のスキルで、他からアイリス様に魔力を移し替えてあげれば、魔力が足りないと言う問題は解決するのだろうけれど、根本的な解決にはならないからなぁ……。
いや……私のように、一気に膨大な魔力を身体に流し込めば、魔力容量が増える可能性もあけれど、それはちょっと危険過ぎるし、そもそも私の能力の秘密を教えていいのかもよく分からない。
だから今は、劇的な効果はないけれど、精密な魔力の操作方法をアイリス様に教えている。
この魔力の操作技術を高めれば、少ない魔力でも魔法の発動がしやすくなるみたいだからね。
ただ……アイリス様の成長は凄く遅い……。
それでも彼女は諦めず、真面目に努力を続けているので、その高貴な家の令嬢とは思えない態度には好感を覚える。
「はい、そんな感じです。
この辺でちょっと休みましょう」
「ありがとうございますわ、エリ様」
本当に偉ぶらなくて、いい娘だなぁ……。
平民の私にも、素直に感謝をしてくれる。
その時──、
「済みませんね、アイリス様。
私に上手く教えることが、できれば良かったのですが……」
姫様が割り込んできた。
姫様は人に上手く教えることができないことを、少し気にしているようだ。
そういえば姫様の母親のメイド長は、魔法などの技術を教えるのが上手いし、私がアイリス様に教えているのもその受け売りなんだよね。
信じられない話だけど、メイド長も昔は物凄く弱かったとかで、その時に基礎的なものを必死で身につけたのが役に立っているらしい。
逆に姫様は、幼い頃から天才的な実力を発揮していた所為で、基礎的な部分があまり身についていないということのようだ。
姫様はその母親との差に、少し劣等感を覚えているのかもしれないなぁ……。
「い、いえ、私の技量が低すぎて、殿下の領域に追いつけないのが悪いのですわ。
それに創薬の授業などでは、大変助けられておりますから、お気になさらずに……!」
そう、ポーションの作り方を教えることならば、姫様も問題無くできる。
あれは材料の分量や手順さえ分かっていれば作れる──というか、それを守らないと作れないので、魔法のように感覚的なものでどうにかできてしまうものとは勝手が違う。
姫様の頭にはその辺の知識も完璧に入っているから、それを教えることだけならば問題無いようだ。
ただ一方でエリクサーのような、超絶的な技術や膨大な魔力を必要とするものも、姫様は作ることができるらしいけど、そっちを人に教えるのはやっぱり無理らしい。
ようするに、常人の枠を越えたものが必要になると、途端に駄目になる……ということみたい。
大きな力を持っていても、万能ではないのだな……と改めて思った。
学園の授業の中には、私にも当然苦手なものがある。
その最たるものが、「礼儀作法」だ。
なにせ私が受けているのは女子向けのものなのだから、なにか不必要なものをやらされているのではないかという想いが強い。
実際、将来男子の身分に戻った時には不必要になるし、男子の作法を学んでいないことで苦労することになりそうだ……。
……まあ、本当に男子として生きていける日が来るのかどうかは、ちょっと分からないが……。
他にも「性教育」なんてものもあるけれど、あっちはちょっと意味合いが違ってくる。
苦手と言うよりは、単に恥ずかしいのだ。
授業中に顔が赤くなってしまい、非常に困る。
で、「礼儀作法」の中には、貴族の間で行われる社交パーティーに必要なダンスの授業もあるのだが、私にはどうもリズム感が無いらしく、あまり上手くできない。
そもそも男嫌いの私と姫様は、男子生徒を相手に女性役として踊ることができないのだ。
そんな訳で、男性役ができる女子が必要な訳だけど、その相手役をダンスだけは得意だと言うアイリス様がしてくれている。
「そう、そうですわね。
あまり足下を見ないように」
「は、はい」
この時ばかりは、アイリス様も頼れるお姉さんという印象になる。
確か私よりも、2歳ほど年上だったかな?
それでも年齢的にはまだ子供と言えるんだけど、既にお胸がそこそこのサイズで、踊る為に密着していると、私に当たりそうになって困る。
それになんだかいい匂いもして、必要以上に緊張してしまうなぁ……。
「エリ、そろそろ私と交代するのです!」
「は、はい!」
その時、また姫様が割り込んできた。
なんだか最近、アイリス様と一緒にいる時にこういうことが多いような気がするんだけど、まさか嫉妬しているなんてことはないよねぇ……?
さすがにそれは、自惚れ過ぎかな……?
しかしその「まさか」だと判明するのは、ずーっと後の話だった。




