34 これからの北の地
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『うわ、美味しくないね、これ……』
妹のリゼを見つけた時、彼女は顔をしかめながら何かを食べていた。
嫌なら、食べなきゃいいじゃん……。
でも食べ物で苦労した経験がある私としては、「残せ」とも言えないんだよなー。
たぶんリゼもそれが分かっているから、嫌々でも食べているのだろうし……。
だけどそれならば、最初からおかしなものには手を出さなければいいのだ。
しかしリゼは、興味本位でなんでも食べてしまうから困りものだね。
「リゼ、変なものを拾い食いしちゃ駄目だって、言っているっしょー。
それよりも、もう敵もいなくなったみたいだから、帰るよー」
『はーい、アリタお姉ちゃーん!』
まだ夜中なので、早く別荘に帰って眠りたい。
今はもう、明らかに幼児が外をうろついちゃ、いけない時間でしょーに。
これも全て吸血鬼って奴の仕業なんだ。
まあ、吸血鬼の方にはレイチェル姉さんが行っているから、問題はないっしょ。
私とリゼは、吸血鬼が生み出した屍食鬼の駆逐にかり出されたけれど、それも既に終わったし。
今やこの町に、敵はいなくなった。
しかし町には、沢山の犠牲者がいるみたい……。
むしろ町はこれからが大変だと思うし、暫くの間は混乱も続くだろうねー。
ただ、ここからは政治の仕事だ。
被害者の救済や町の復興について考えるのは、領主やママ達の役割だから、私達子供にはもうやることが無いね……。
だから私は、早く帰って寝るのさ。
私の名はアイ。
悪いスライムじゃないよ(お約束)。
さて、魔物の群れによる襲撃は終わったようだ。
さすがというか、お母さん1人だけで群れの第2波を片付けちゃったね。
でもあれだけ桁外れな攻撃力だと、地表で使ったら山崩れや山火事を誘発して味方を巻き込みかねないから、使いどころが難しい強さなのかもしれないなぁ。
実際、魔物の群れを全部空中に転移させてから攻撃するという、普通なら必要の無い手順がいるあたり、強すぎるのも考え物だと感じる。
まあ、もっと早く敵の動きを察知できていれば、やれる対策はいくらでもあったんだろうけれど、実際に事が動き出しちゃうと、選択肢は限られるからなぁ……。
今後はもうちょっと普段から、警戒態勢を強化しておいた方がいいのかもしれないね。
ともかく戦いは終わった……けど、戦後処理も大変なんだよなぁ。
幸い我が町からの死者は殆どいなかったけれど、人間の軍隊では100人規模の死者が出ているようだ。
それらの遺体を抱えてサンバートルまで帰還するのは大変そうだから、お母さんの空間収納か転移魔法で運ぶ案も出ているらしい。
ただその前に、折角女王様とサンバートルの領主様がいるのだから、取り決めなければならないことがある。
その辺は我が自宅にある会議室に集まって、話し合いをすることになった。
なお、シスには会議のような難しい話は無理なので、彼女は自室で寝ている。
まず、領軍による我が町への被害は皆無に近いけど、領軍が陣地を作る際に荒らした農地には損害があった。
その賠償については……被害者遺族へのお見舞金という形にして、請求しないことにしてあげようか。
「それよりもサンバートルの町との交易を、正式に認めてもらう方がありがたいかな?」
ゴブリンが住んでいるような町との交易は、人間の常識ではありえないことかもしれない。
しかしここは、女王様の一声で決まる。
「いいわよ?
私の名において全面的に支援するわ」
さすがお母さんのお嫁さんは、話が分かるね。
ところがお母さんは、もっと突っ込んだ提案をしてきた。
「というかですね、我が国との軍事同盟を結んだ方がいいと思うのですよ」
「軍事……同盟かい?」
「はい……。
ここに魔王軍が現れたということは、近隣に魔族の拠点がある可能性もある訳ですよ。
だとすると、再び攻撃してくることも有り得ます」
そんなお母さんの言葉に、さっきから黙ったままの領主様が青い顔をした。
それはサンバートルの町が、対魔王軍の最前線になりかねないということだから、領主としてもこれまでとは違う重い役割を求められることになるだろう。
しかし領主も色々と言いたいことはあるのだろうけれど、女王様を差し置いて迂闊な発言をする訳にはいかないのだろうし、大変だねぇ……。
おそらく意見を求められた時くらいにしか、発言権は無いんじゃないかなぁ……。
そして一方的に、決定事項が告げられる……と。
ただ、今後領主様と直接交渉する機会が増える私としては、あまり他人事とは思えないかも……。
なるべく仲良くやっていきたいから、同情だけはしてあげるよ……。
具体的には何もしないけどね。
「ああ……だから我々が協力して、魔王軍に対抗しようという訳だね。
まあ、私としては味方は多い方がいいから、断る理由はないかな。
なんなら自治権を認めてさえくれれば、この町をそっちの国に編入してもいいんだよ?
元々お母さんの為の町だし」
「それじゃあこの町は、ローラント王国の防衛拠点として発展させていくという方向で考えましょう。
サンバートルは、ここに物資を送る為の中継地点ですね」
そんな感じで、これからのことが決まっていく。
それから話がある程度進んだところで、
「ところで、この町の名前はなんて言うのですか?」
お母さんが今更のように聞いてくる。
「お母さんに決めてもらうつもりだったから、決めていないんだよ」
「え、私が決めるのですか?」
「うん、是非に」
「う~ん、じゃあジュラ・テンペ──」
「はいお母さん、ストーップ!!
いくら私がスライムだからって、越えちゃいけないラインを考えてよ……」
ホント、恐ろしいことを言い出すな、この人……。
女王様と領主様は訳も分からずにきょとんとしているけど、分かる人にはアウト過ぎる……。
「では、我が国の北の果てにあるので、ホッカイドーとでも名付けますか?」
「故郷に関わる地名は、案としてはありだけど、ピンとこないね」
「捻って、カムイコタン……とか」
「う~ん……確かに九尾のキツネが眠っているけどさぁ……」
「そういえば、シスって殺生石を作れるのですか?
あと、尾のそれぞれが妖怪の分身になるとか」
「それはちょっと分からないなぁ……。
って、話が脱線している!」
そんな風に、割とどうでもいいはずの町の名付け案についての議論が、長引いていった。
そしてなかなか名前が決まらないまま時間が過ぎ、我々も少し疲れてきた頃──、
「もうアリゼがよく言っている、『百合』でいいんじゃないかしら?」
「…………!」
という、女王様の投げやりな案によって、
「それではノーザンリリィということで」
と、あっさり決まった。
これに伴い私は、「ノーザンリリィ辺境伯」という、王国での正式な地位を得たのである。
次回は明後日の予定です。




