2 楽しいゴブリン一家
ブックマークありがとうございました。
さて、新しく手に入れたゴブリンの身体に残った記憶を探ってみると、残念ながらこのゴブリンが人間に出会ったことは無かった。
それどころかここ2~3年で生まれたばかりの若い個体らしく、あまり有益な記憶も持っていないようだ。
ただ、どうやら親の世代なら出会ったことがあるらしい……と、噂程度に聞いたという情報ならあった。
そしてゴブリンが人間の女性と繁殖するという私の予想は間違いではないようだが、ゴブリンにも普通に雌がいるので、そちらとの繁殖するケースの方が多いらしく、ここ最近は人間との接触が無いようだ。
有益な情報が少ないのは残念だが、人間が存在するということが分かっただけでも、良しとするか。
それにしてもこのゴブリン、逃げ出す仲間の為に殿を自ら買って出たらしい。
結果的にはア熊の力を身につけた私を相手に無謀な行為だったけど、その自己犠牲の精神は尊い。
これはちょっと、ゴブリンのイメージが変わるなぁ。
そんな風に私が感心していると、先に逃げたはずのゴブリン達が戻って来た。
様子を見に来ただけなのか、仲間を助けに来たのかは分からない。
「オ~イ、大丈夫ダッタカ~!?」
「!?」
きぇぇぇぇぇぇぇあぁぁぁぁぁぁ!!
しゃべったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
え? え? 喋った?
というか、言葉が理解できる!
あ~……もしかして、この身体に残っている記憶から、能力がゴブリン語を検索して自動翻訳してくれているのか?
となると、人間の身体を手にいれた時も、自動的に喋ることができるようになるってことか。
この乗っ取り能力、副次的な効果の方がすげー便利かも……。
「ドウシタ?
熊ハドウナッタ?」
……っと、取りあえずは、怪しまれないように誤魔化すか。
「お、おう、攻撃の当たり所が悪かったのか、勝手に倒れた……ぞ?」
「マジデ!?」
「ああ……あっちで倒れている」
「オオ、本当ダ!!」
熊の死体を見たゴブリン達は、大喜びではしゃいでいた。
「コレハ、今夜ハ熊鍋ダナ!」
「皆デ協力シテ運ボウゼ!」
余程大物の食料が得られたことが嬉しいのだろう。
だけど、それだけではなかった。
「デモ……オ前が生キテイテ、本当ニ良カッタ。
ソレガ1番嬉シイ」
「怖クテ先ニ逃ゲテシマッテ、ゴメンナ?」
と、私のことを気遣ってくれた。
ゴブリンって、こんなに仲間意識が強い種族だったんだなぁ。
うう……、今までずーっと独りだった私は、こういう人情には耐性が無いんだよ……。
こいつらのことが、大好きになってしまいそうだ。
……でも、こいつらの仲間を殺してその身体を奪っちゃった私には、そんな資格は無いな……。
せめて迷惑をかけないように、ひっそりと仲間のフリをしておこう。
そんな訳で、ゴブリン達と協力して熊を運びつつ、彼らの巣へと帰ることになった。
クマは出荷よー!!
そして巣として使っている洞窟に帰り着くと、大変な歓迎を受けた。
それも当然で、巣にいるゴブリンの数は50匹近かった。
この数を食べさせるには、熊のような大きな動物の肉は、ありがたいのだろうな。
だから熊肉を持ち帰った私達のグループは賞賛され、群れの王とも言える存在からも褒められた。
で、夕食には私達を主役とした宴会が開かれ、焼いた熊肉が振る舞われることとなった。
それは血抜きもロクにされていない為に、人間の料理から比べれば不味いとしか言いようがない代物だったけど、今までは生肉などの素材そのままで食べてきた私には、実際の味よりも何倍も美味しく感じられた。
う、美味いぞぉぉぉぉ~!!
ああ……これがグルメ漫画なら、服が破れ散っているな……。
まあ今の私は、獣の毛皮を腰に巻いただけで、ほぼ全裸ですけどね。
とにかく久しぶりの文化的な食事に、涙が出てきた。
「オイオイ、ナニ泣イテルンダヨ?」
ゴブリンの1匹が話しかけてきた。
「ああ、あまりの美味しさに感動してな……」
「プッ、ナンダヨ、ソレ」
くっ、笑われた。
仕方が無いだろ、この世界で初めて食べた焼き肉だぞ?
それだけ嬉しかったんだよ。
だけど私の喜びは、それで終わらなかった。
「ジャア、コレヲ飲ンダラ、大泣キスルナ」
そのゴブリンは、木の器に入った液体を私に差し出した。
「何これ?」
「今日ハ、オ祝イダカラナ。
特別ニ貴重ナ酒ヲ飲ム許可ガ出タゾ!」
さけ……?
……酒!?
マジか!?
でも、私って生まれて5年くらいだけど大丈夫?
勿論、精神年齢は前世を含めると成人だけど、このゴブリンの身体が成人なのかどうかも分からないし……。
いや、異世界のゴブリンにアルコールに関する法律なんて無いから、気にしなくていいかぁ。
それにしてもゴブリンの酒というと、製法は口噛み酒かな……?
美少女のならともかく、ゴブリンの唾液が混じっているのかと思うと、ちょっと抵抗はあるけど、これまでの生肉や虫なんかも食べるような食生活を考えると、今更大した問題ではないな。
ありがたく飲ませてもらおう。
んぐっんぐっんぐっ……。
あ……喉を潤すこの感じ、なんだか懐かしい。
「ぷしゅー!
美味いっ!!」
冷えていればなお良かったけど、贅沢は言っていられない。
これだけで充分に泣ける味だよ。
「オオ……本当ニ、マタ泣イテル……!」
私がボロボロと涙をこぼしていることに、ゴブリン達が若干引いていたが、私にとってはそれだけ大事だったんだからいいだろ。
ああ……こんなに嬉しいのは久しぶりだ!
そんな訳で、暫くゴブリンに混じって生活するのも、悪くないと思ったんだ。
まだ、この時は……。
それから1ヶ月くらい経っただろうか。
私がゴブリンとしての生活に慣れた頃、事件は起きた。
その時の私は、巣で道具を作っていた。
私が狩りに出ると、乗っ取りが発動してしまう可能性が高くなるので、今の生活を維持するのなら、巣に籠もっていた方がいい。
そんな訳で、私はもっぱら巣の中でできる雑事を引き受けて、日がな一日暮らしていた。
前世の知識を利用して、ゴブリン達の文化レベルを、多少引き上げることにも成功したぞ。
で、作業をしていると、なにやら洞窟の外の方が騒がしい。
何事か──と、見に行ってみると、
「オイ、凄イ獲物ヲ捕マエタナ!」
「初メテ見タ!」
「ヘッヘッヘ……コリャ、楽シミダ!」
と、仲間のゴブリン達が、大いに盛り上がっていた。
ふ~ん、あの熊以上の大物なのかな?
でも、そんなのはゴブリンが倒せる訳が無いし、珍しい動物かな?
……いや、実はこの時点で、ちょっと嫌な予感はしていたんだ。
そして実際にゴブリン達が捕まえてきたという獲物を見て、その予感が的中してしまったことを知った。
私は「この生活も、もう終わりだ」と、失望で天を仰ぐしかなかった……。
そう、ゴブリン達が捕まえてきた獲物は──、
──人間の女の子だったのだから。
ゴブリン語のカタカナ入力、正直メンドイ。
それと、「ア熊」は「悪魔」とかけたネタですが、元ネタが昭和なので分かりにくくてスミマセン。




