23 とある開拓民が見た戦場
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そしておかげさまで、総合評価が5000ポイントを突破しました。分厚い壁でしたが、これを乗り越える事ができたのも、皆様の応援があってこそです。感謝の極み!
おらの名前は──まあどうでもいいか……。
サンバートルの開拓地で働く、何処にでもいるような平凡な元奴隷の男だ。
そんなおらが戦場にいるのは、何か悪い冗談のようだけども、貧しいから仕方が無かったんだ。
おらが開墾した土地はおらの物になる。
しかしその土地は、すぐには金にならない。
農地にするにしても、作物が売り物になるのには、年単位で先の話だからな。
しかも手に入れた土地だって、最初の3年は免税されるけど、いずれは課税対象になるんだ。
それを考えたら、蓄えに余裕なんて、全く無かった。
だからおらは、領主様によるゴブリン討伐軍への参加呼びかけに応じた。
なにかしらの理由をつけて拒否することもできたけれど、報酬が出るっていうんでな。
ゴブリンと戦ったことは無かったが、イノシシなどの獣を狩ったことはあるから、なんとかなると思っていたんだ。
しかしいざ領軍に参加してみれば、なかなか大変だった。
おら達はゴブリンが潜んでいるという場所まで、道なき道を数十kmも歩かされた。
当然、支給された武器や食料などの重い荷物を持って──だ。
これにはキツイ開拓の仕事をしていて体力に自信があったおらでも、さすがに音を上げそうになった。
実際に道中は山あり谷ありで、転落したり獣に襲われたりで、大怪我をした者も沢山いたし、森の中では天幕を設置する場所も少なく、野宿を強いられたこともあった。
緊張と睡眠不足も相俟って、おら達はふらふらになっていたんだ。
だが幸いにも、目的地の手前には畑が広がっており、領軍はそこに陣地を作った。
おら達はそこに設置された天幕で、ようやくゆっくり休むことができるようになったのさ。
ただ、陣地を作る為に踏み荒らされた畑を見ると、なんとも言えない気持ちになるなぁ……。
おらだって畑を作っているから、自分の畑がこんな風にされたら……と思うと、何かこちらの方が悪いことをしているかのような気分になる……。
いや、相手は町の人間を攫った悪いゴブリン達だ。
連中に遠慮してやる必要なんて、無ぇんだよな……。
しかしゴブリンとは言うが、連中が立てこもっている町というのは、随分と立派に見えるなぁ……。
本当にゴブリンが作ったのか?
そして本当にあんなのを攻め落とすことが、おら達にできるんだろうか……?
そんな不安を抱えながら休んでいると、「ゴブリンの町から使者が来た」と、騒ぎが起こった。
しかしその使者は人間と獣人だという。
彼らも何処かから攫われた人間で、洗脳でもされているのではないかと、噂になっていた。
だから彼らは、そのまま保護されてしまったらしい。
まあ、このままゴブリン達のところへ帰してしまったら、再び救い出すチャンスは無いかもしれんしなぁ……。
しかし暫くすると、今度はゴブリン達が「使者を解放しろ」と、乗り込んできた。
……よく分からんが、使い捨てのつもりで、人間と獣人を送り込んだんじゃないのか?
それなのに、わざわざ危険を冒して敵地に乗り込んでくるなんて、ゴブリンって馬鹿なのだろうかね?
それとも、本気で使者のことを仲間だと思っているのか?
おら……ちょっと分からなくなってきたなぁ。
このゴブリン討伐は、本当に正しいのだろうか?……ってな。
そんなことで迷っていると、また新たな乱入者が現れた。
それは綺麗な女子の2人組だったけれど、片方はこの国の女王だという。
ははは……そんな馬鹿な。
こんな場所に女王様がいるなんて……って、領主様が土下座しているぅぅ──っ!?
ということは、本物の女王様!?
おらも慌てて土下座したぞ……。
その後、女王様の命令でゴブリンの町の攻略は中止になり、おら達はこの場に待機することになった。
まあ……戦わないで済むのなら、その方がいいような気もするが、この遠征に参加したことへの報酬は、ちゃんと払われるのだろうか……?
いずれにしても戦いが無いのならば、今夜はゆっくりと眠れる……と思っていたのだが、まさかあんなことになるなんて、想像していなかったなぁ……。
それは皆が寝静まっていた頃、いきなり領主様が戦闘態勢を整えるように命令を出した。
そして程なくして、数え切れない数の魔物の襲撃が始まる。
おらはその圧倒的な数を見て、これは死んだな……と思った。
だけど騎士や冒険者達が最前線に立ち、魔物の侵攻を押しとどめてくれた。
勿論、魔物の数は圧倒的で、彼らを突破してくる者達も多くいたけどな。
おら達のような徴兵された戦いの素人は、それらの魔物を相手にすることになったんだ。
しかし最前線よりは敵の数が少ないとはいえ、初めて戦う魔物の凶暴な姿に、おらは生きた心地がしなかった。
そして徐々に最前線を突破してくる魔物の数が増え始め、これは長くもたないな……と思い始めた時、最前線の方が光るのをおらは見たんだ。
雷が落ちた……?
いや、あれは魔法なのかね?
実際、最前線の方では何回も光が見えた。
雷があんなに連続して落ちるとは、とても思えないもんなぁ……。
そして最前線を突破してくる魔物の数が、劇的に減ったことで、やはりあれは味方の魔法攻撃だったのだ──と、おらは確信した。
直後、最前線の方からは、
「女王陛下が作ってくれたチャンスを逃すなっ!!
体勢を立て直せっ!!」
という声が聞こえてきた。
は!? 今のを女王陛下がやったのか!?
凄ぇ……。
綺麗で強くて、生まれついての王族で……って、こんな完璧な人もいるんだなぁ……。
元奴隷のおらとは大違いだ。
なんだか妬ましくもあるけど、おら達を奴隷から解放してくれたのも女王様だって言うから、悪くは言えないなぁ……。
むしろ感謝せねばならんのかね?
なんにしてもこれで、生き残れる可能性が少しは出てきただよ。
無事にサンバートルの町に帰ることができたら、真面目に一生懸命働いて、女王様の為に沢山納税してもいいかもな……。
……と、油断したのがいけなかった。
気がついたら、巨大な狼が大口を開けてこちらに迫ってくるのが見え──
「あ」
……はっ!?
おら、どうしていた!?
「おや、気がついたようですね。
もう大丈夫でしょう」
綺麗な女性が、おらの顔を覗き込んでいた。
「ああ……ここは天国か……?
女神様がいる……」
おらの言葉に、その女性は不機嫌そうな顔になる。
「あんなのと一緒にしないでください。
あなたはただ助かっただけですよ。
それでは私は、他の人の治療にいきますので」
そう言い残して、その女性はこの場から立ち去った。
周囲を見回してみると、戦いはまだ続いているようで、あちこちから叫び声が聞こえてくる。
だけどおらはもう、戦うことはできそうにないなぁ……。
血を流しすぎた所為か、身体に力が入らない……。
いや、それ以上に、1度死にかけた所為で、魔物が怖くて仕方がないんだな……。
だからおらは、必死の想いで物陰に隠れた。
その後、物凄い爆発音が聞こえてきたり、衝撃が伝わってきたりしたけど、おらは怖くてずっと目を閉じ、耳を手で塞いでいたんだ。
そしていつの間にか戦いは終わり、おらは生きて自分の土地に帰ることができた。
また貧しい生活が待っているけれど、それでも戦場よりはましだな……と思うようになった。
これからも開拓の仕事を頑張ろうと思う。
それとあとで聞いた話だけど、あの女神様は女王様の側近らしい。
女王様はちゃんと、おら達のような名も無き民にも救いの手を差し伸べてくれるんだなぁ……と、感動したなぁ。
おらは初めて、この国に生まれて良かった……と、そう思った。
次回は明後日の予定です。




