1 ようやく出会った
ブックマーク、ありがとうございました。
こんにちは、くまです。
片仮名だと、クマ。
漢字ならば、熊。
英語にして、ベアー。
偉大な先達に敬礼!
……ともかく、今の私の身体はクマです。
グリフォン? とっくに乗り換えたよ、そんな身体は。
だってあれから5年は経っているし。
まあ、この世界の1年が地球と同じ長さなのかは分からないけれど、冬が来て春になるのが5回くらいあったから、5年は経過したんじゃないかな。
……そして、1度も人間には出会えていない。
もう、延々と大自然の風景が続くばかりで、人里なんかありゃしない。
もしかして無限ループのトラップにでも引っかかっているんじゃないかと思いもしたが、そんな訳でもないようだし……。
進む方向が悪いのか、それともそもそも人類がこの世界に存在しないのか……。
やめてくれ私、その想像は私に効く。
寂しさのあまり、泣くぞ、おい。
そんな訳で、人間になって百合百合するという当初の目標は、全く叶う気配が無かった。
その一方で、能力の強化はかなり進んだ。
グリフォンが持っていた風魔法のおかげで、多少弱い動物の身体に乗り移っても、遠距離からの攻撃で獲物を仕留めることができるようになったので、狩りはかなり楽になった。
ここ最近は命の危険を感じることも無くなったし、この異世界で生きるだけなら、余裕すら感じる。
だけどやっぱり、人間のように文化的な生活を手に入れたいものだ。
あと、「乗っ取り」の能力について、またいくつか分かったことがある。
1つは、対象の身体がある程度破壊されていると、発動しないということだ。
乗っ取りの成功時には、身体に生じていたダメージを回復させるという美味しい効果もあるが、致命傷すら回復させるその能力でも、限界があるということのようだ。
特に頭部が完全に破壊されるか、胴体から切り離されていると駄目みたい。
おそらく、脳とかの重要器官の再生には、相当なエネルギーを使うのだろう。
まあ、乗っ取った瞬間に、回復しきれなかったダメージで死にかけるというのも笑えないので、こういう制限はありがたくもあるが。
そしてもう1つは、複数の相手を同時に倒した場合も、「乗っ取り」は発動しないようだ。
複数の「乗っ取り」対象が存在すると、どれに乗り移ればいいのか、能力の方が混乱するのかもしれない。
ただ、これは複数の標的の死ぬ瞬間が少しでもずれると発動してしまうから、タイミングはシビアだけどね。
あとは以前から判明している、能力発動の有効時間や、射程距離を上手く組み合わせて利用すれば、同じ身体を維持したまま戦い続けることも、不可能ではないということになる。
さすがに人間の身体を手に入れたら、コロコロと身体を取っ替え引っ替えしたくはないので、今からどうやって能力を発動させずに済むのか、色々と考えてはいる。
いや、まずは人間の身体を手に入れることが、最大の問題なんだけどねぇ……。
人間の身体を手に入れる為には、その相手を殺す必要があるんだけど、殺人はちょっとなぁ……。
まあ、どうしようもないほどの悪人が相手なら、罪悪感も多少は和らぐかもしれないが、そもそもそんな悪人の身体は気分的に欲しくない。
それに悪人だと、指名手配になっていたり、誰かから命を狙われていたりする可能性もあるから、身に覚えの無いことで追われるようなことになるのは嫌だ。
となると、病気かケガでもう助かりそうにもない人から身体を貰うのが、1番問題が無さそうなのだが、都合良くそんな人がいるかな……。
いたとしても、やっぱり罪悪感は凄そうだから、色々と覚悟がいるな……。
ともかく、人間を求めて南下していく私。
そして数日後、待望の存在とようやく会敵!
……うん、存念ながら敵なんだ。
それは人間──ではなく、これはゴブリン……かな?
なんか小柄で緑色の肌をした、人型の生き物だった。
そいつらが、6匹ほど集まって何かしているのを見かけた。
人間ではないのは残念だけど、初めて遭遇した人型のモンスターだから、ちょっと嬉しい。
そう、異世界のくせに、お馴染みのゴブリンやオークが今まで出てこなかったんだよ。
今までは存在すら疑問視していたけど、やっぱりいたんだなぁ……。
それにゴブリンやオークは、人間の女性を襲って子供を産ませるのが異世界での定番。
つまりゴブリンが増える環境があるということは、近くに人間もいるってことなんじゃないか?
逆説的に、今までは人間が近くにいなかったから、ゴブリンも見かけなかった……ということなのかもしれない。
ふふふふ……。
これは是非ともゴブリンの身体を乗っ取って、その記憶から情報を得なければ!
いくぞ、ゴブリンども!!
……って、テンションを上げないと、食料を得る目的ではない無益な殺生は気が乗らないなぁ。
特に人型が相手だと気が重い。
前にサルを倒した時も、妙に胸が痛んだ。
というかね、次の身体に乗り換えた時に、残った身体を食べる気にはあまりならないから、勿体ないんだよ、人型は……。
でも、人間の情報は欲しいし、道具を使えるような人型の身体は魅力だ。
そんな訳で、頑張って殺ろう!
ガ……ガオー!!
「!?」
ゴブリン達は、突然出現した巨大熊に動揺している。
逃げだそうとする者や、戦おうとする者など、行動はバラバラだ。
あんまり群れとしての統制は、とれていないな。
まあ身体を奪うだけなら、1匹倒せばいいだけなので、逃げる奴は放っておこう。
立ち向かってくる奴については、まずその実力を見せて貰おうか。
しかし、ゴブリンが持っている武器は、原始的な石器だ。
これでは熊の分厚い毛皮と強靱な筋肉の壁を突き通して、私にダメージを与えることはできないだろう。
しかもスキルのようなものも、特に使ってこないな。
さすがゲームによっては、最弱に甘んじているモンスターだ。
これならば、今の私の敵ではない。
ふははははは、無駄無駄無駄ぁ!!
縦回転する熊犬でも連れてこなければ、この赤毛熊には勝てんよ!
そしてゴブリン達もその実力差を悟り、次々と逃げ出す。
後は最後に残った勇敢なのか、どんくさいのかよく分からない奴を倒せばいいだけだ。
熊パーンチ!!(実質爪)
「ギャッ!!」
ゴブリンは私の一撃で呆気なくその命を散らし、その残った身体は、私にありがたく使われることになるのであった。