閑話 公爵令嬢の距離感
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私アイリス・クラウ・オーラントは、オーラント公爵家の娘ですわ。
祖父は財務大臣をしており、女王陛下の信頼も厚い……とか。
そんな由緒正しき公爵家の一員である私ですが、この立場は少々自分には重い……とも感じておりますの。
事実私自身は、家柄が良いということ以外は、特に秀でた能力もありませんし……。
幸いお兄様がいるので、家督を継ぐというプレッシャーはありませんが、将来お嫁入りする時には、この公爵家出身の者に相応しい品格が求められるのですから、やはりこの両肩にのし掛かる重圧は相当なものですわね。
そして今私を悩ませているのは、この度新設されたクラリーゼ学園への入学の件ですの。
そこでは高度な学術や魔法などが、学べるとのこと。
それはまあ……私にできるのかという不安はありますが、取りあえず良いのです。
問題なのは、学園には多くの貴族の子女が通うということですわ。
貴族社会はそれはもう、ドロドロとした策謀が飛び交う世界だと聞いております。
それはおそらく、子供の世界でも同じでしょう。
そんな貴族の子女と毎日のように顔を合わせると思うと、今から胃が痛いですわね……。
ただでさえ社交界のパーティーに参加する時でさえ、いつも気が重かった私ですのに……。
しかも更に大きな問題が生じました。
学園への入学を控えていたある日、私はお祖父様に呼び出されましたの。
「ごきげんよう、お祖父様。
かれこれ5日ぶりでしょうか?
お仕事はお忙しいのですか?」
「うむ……良くもわるくもな……。
それよりもアイリス、今日は学園についての話だ」
お祖父様は普段、私の事を「アイリィ」と愛称で呼びますわ。
それにも関わらず、「アイリス」と本名で呼ぶということは、これは真面目な話であるということを示していますわね……。
「お前がもうすぐ通うことになる、クラリーゼ学院だがな……。
レイチェル王女殿下も入学することになった」
「ひえっ」
「なんて声を出すんだ、お前……」
「ああ……申し訳ないですわ」
でも王女殿下と一緒に学園に通うだなんて、大きなトラブルに巻き込まれそうで怖いのですが……。
「あの……お祖父様……。
まさかその王女殿下と親密になり、王家との繋がりを強めろ……と?」
「いや、そこは無理をする必要は無い」
へ?
どういうことですの?
「レイチェル殿下と、敵対さえしなければ良い。
下手に近づいて、無礼がある方が恐ろしい……」
「ええぇぇぇ……。
殿下に不興を買うと、女王陛下から何かしらの処罰を受ける……ということなのでしょうか?」
「いや……女王陛下は、話の分かる御方だぞ。
ただレイチェル殿下は、実質的に女王陛下よりもはるか上の実力者なので、扱いが難しいのだ……。
万が一敵対するようなことになれば、我がオーラント公爵家の断絶も有り得る」
「そんな馬鹿な……!」
女王陛下よりもまだ幼い王女殿下の方が立場が上って、そんなことが有り得るのかしら?
だってレイチェル殿下は養子で、血筋的にも有力な後ろ盾があるとは思えないし……。
「……ここだけの話だがな、レイチェル殿下の実母がこの国の実質的な支配者なのだ。
これは国の上層部では公然の秘密だが、決して吹聴するなよ?」
「え……」
「そしてその御方だけで、この国を滅ぼせるほどの実力がある。
その娘であるレイチェル殿下の実力も、実母ほどではないだろうが、恐るべきものだと言われている」
これはなんの冗談でしょう?
お祖父様の言っていることが、少しも理解できませんわ。
しかしお祖父様の顔は、真剣そのものでした。
「事実、女王陛下が前国王の討伐した際には、レイチェル殿下が50人もの近衛騎士団を倒したとも言われている。
そういう実績を評価されての、養女でもあるのだ」
え……前国王が倒された時って、5年くらい前ですわよね?
殿下は確か私よりも年下だと聞いていますから、当時は本当に幼児だった頃ですわよね?
その幼児が、50人もの近衛騎士を?
これはお祖父様の正気を、疑った方が良いのでしょうか……?
ともかくお祖父様から訳の分からない忠告を受けて、私が混乱している間に学園への入学の日が来てしまいましたわ。
私は戦々恐々としていましたが、いざレイチェル王女殿下のお姿を見ると、その不安は幾分か解消されたような気がしますわね。
あらあら、小さくて可愛らしい御方じゃないですか。
こんな可憐な御方が、女王陛下以上の力を持っているとは、やはりお祖父様のお言葉は、何か間違っているのではないでしょうか?
ただ王女殿下は、女王陛下の養女であるにも関わらず、何処となく陛下にも似ています。
これは養女という話を、そのまま鵜呑みにしない方がいいのかもしれませんわね。
王女殿下の血筋についての詳細は公式に発表されてはいませんが、女王陛下とは確かに血の繋がりがあるように見えますし、これはもしや過去に行方不明になったと聞く、王太后陛下の姉君の血筋なのでしょうか……?
だとすれば血筋としては決して悪いものではないでしょうし、不確かな血筋を理由に彼女のことを低く見るのは危険ですわね。
それにしても王女殿下の従者のメイドは、少々素行が悪いように見えるのですが……。
いえ、これも何か意味があるのかもしれません。
メイドについては、迂闊に言及しない方が良さそうですわ……。
そんな訳で何か嫌な予感がした私は、王女殿下にいきなり接触することはやめました。
正直言ってそのあまりの可愛らしさに、お友達になりたいと思ったほどですのよ?
しかしお祖父様の忠告に従え──と、本能が何故か告げているのですわ。
そしてその判断は正しかったようで、その後の実技訓練で、あのカナウというメイドが凄まじい戦闘能力を持っていることが判明しました。
その時に見せたカナウさんの実力は、私がかつて見たことがある、騎士の試合が演舞に見えるほどの迫力でしたわね……。
ど、どうやらメイドではなく、王女殿下の護衛だったようで……。
しかもそんなカナウさんの試合の相手をしていたのが、王女殿下ってどうなっているんですの!?
王女殿下が護衛と互角どころか、はるかに上回っている……って!?
刃引きしている訓練用の剣で、カナウさんの剣を切断するその技量は、ちょっと常軌を逸していますわよね!?
その後の魔法訓練も、訓練場が半分火の海になってしまい、もう何が起こっているのかすら、理解できませんでしたわ……。
そんな衝撃の実技訓練が終わった後、王女殿下は呆然としているクラスメイト達に向かって、
「これから、よろしくお願いしますね。
どうか卒業まで、仲良くして欲しいのです」
と、今更のように挨拶をしました。
これが警告だと分からなかった者は、おそらく誰1人としていなかったと思いますわ。
もしも王女殿下に対しておかしな真似をすれば、今し方見せたその凄まじい力が、自分達に向かって振るわれるかもしれないのですから……。
だから、仲良くしておいた方が得だぞ──と。
これは恐怖以外の何物でもないでしょう。
実際、カナウさんの粗雑な態度を見て、「あのような者が従者とは、王女の程度が知れる」と陰口をたたいていた者達は、蒼白になっていました。
何せ王女様は挨拶する際に、その者達の顔をじっと見つめていたのですから……。
どういう訳か、陰口を完全に把握しているようでした。
ああ……これはお祖父様のお言葉に、嘘偽りはなかったようですわね……。
疑って申し訳ありませんでした……っ!!
以後私は、王女殿下と適度な距離感を保つことを心がけましたわ。
まず最初は、毎朝の挨拶を欠かさない程度で……。
そこから徐々に親しくなっていけば、それでいいのではないかと……。
そんなことを考えていた私ですが、王女殿下との距離が縮まる切っ掛けが、後に現れました。
それは中途で編入してきた、エリというメイドです。
凄く可愛らしい御方でしたが、王女殿下の従者としては、少し頼りないように見えました。
実際に実力の方も、王女殿下やカナウさんから比べると大したことはないようですし、従者としての仕事も不慣れであるようです。
だからなにか手助けが必要ならば……と、話しかけたのですわ。
それが結果的に王女殿下との距離を縮めることにもなるのですが、この時はまだ、あんなことになるとは予想していませんでしたわね……。
そのことについては、いずれまたの機会にでも……。
次回はなるべく明後日に……。




