1 後継者問題
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私、アリゼの出産が終わってから、1ヶ月ほどが経過した。
次女のアリゼナータ──略してアリタは、すくすくと成長しているが、さすがに1ヶ月ではまだまだ普通の赤ちゃんとそう変わらない。
まあ、レイチェルの時と同様に、常人離れした身体能力の片鱗は見えてきてはいるが、さすがにまだ喋り出したりするようなことはなかった。
特徴的なことと言えば、黒髪が伸びてきたことくらいだ。
さすがに今度は私に似ているので、初対面の人からでも母娘として見てもらえるだろう。
そんなただの赤子とも言えるアリタに、クラリスは授乳の真似事をしてみたい──と、未だ小さな胸をアリタに吸わせたが、当然母乳が出るはずもなく、アリタに泣かれたのには笑った。
でもこういうアリタの反応を見ると、まだまだ人格的には赤ちゃんのままなのだということが実感できる。
レイチェルによると、前世の記憶などがハッキリしてくるのは、もう少し後なのだとか。
そのレイチェルも「妹ができた」と、喜んでいる。
そんな彼女は今、庭で子ギツネと一緒に走り回って遊んでいた。
子ギツネ──一応私の三女ということになるが、彼女の復活は私にとっても予想外だった。
おそらく寿命を全うできなかったという悔いが、心の何処かに残っていたのかもしれないし、そういう無意識の想いが、「分裂」のスキルに働きかけたのかもしれない。
実際、もしもあのままキツネとして生き延びて、妹ちゃんとの生活が続いていたらどうなっていたのか……と、夢想したこともある。
なんだかんだで、あの家族との生活は嫌いではなかったのだな……と、今なら思える。
で、その三女についてだが、さすがに対外的には我が家のペットという扱いにするしかない。
私が生んだと言っても信じて貰えないだろうし、信じられたらそれはそれで親子共々化け物扱いされるだろう。
だからと言って、本当のことを言えないのは心苦しい。
自分の娘なのに、人前では娘としては扱ってやれないことについては、慚愧に堪えない想いだ。
だからこそこの子には、愛情だけはしっかりと注いでやるつもりである。
毎日の毛繕いは欠かせない。
そんな子ギツネの名前については、色々と思い浮かんだ。
ゴン・ヘレン・クズノハ・タマモ・ヨウコ・センコ・テンコ・クラマ・ハゴロモ……等々。
キツネ由来の名前はいくらでも思いつくが、せめて人間らしい名前をつけてやりたいとも思い却下した。
散々悩んだが、結局私の名前をもじって、「リゼ」と名付けた。
リゼは生後1週間ほどで歩き出し、通常のキツネの子よりも早い成長を見せている。
元々野生動物は厳しい自然環境の中で生き抜く為に、赤ん坊でも成長が早い種が多いけど、これはそれをはるかに上回る。
おそらく身体能力もかなり高いだろうし、じゃれついただけでも人間に大怪我をさせる可能性があるな……。
ヤバイですね。
その辺はしっかり躾けなければならないが、意思の疎通ができているのかどうかは、まだちょっと自信が無い。
オーラの色で、ある程度はリゼの感情を把握できるが、話しかけても言葉を理解しているのかしていないのか……。
もう少し成長すれば、「念話」のスキルで意思疎通は完璧にできるようになるとは思うけれど、現時点ではなんとも言えないなぁ……。
そして意思疎通ができるようになれば、本人の希望次第で「変形」のスキルを使って人間の姿にしてやるということも考えている。
ただし、成長過程の子供にそのスキルを使うと、その後の成長にどのような影響があるのかがまだ分からないので、やるとしたら成長が止まってからだな……。
さて、この頃になると、私とクラリスとの間に、ちょっとした問題が生じていた。
子供達の今後についてである。
クラリスはアリタを養子として迎入れて、正式に後継者として育てたいと考えているようだ。
「早く後継者を作れ……って、各所から縁談が持ち込まれて鬱陶しいのよ。
同性同士での婚姻を認めるように法改正して、アリゼとの関係を正式に発表できればいいのだけど、あなたって表には出たくないのでしょう?
だったらせめて養子でも取らなければ、抑えがきかないわ」
そんなクラリスの話も、分からないではない。
国の安定を考えたら、女王の後継者の育成は急務だ。
私としては将来的に、議院内閣制を導入するつもりだが、それは数十年単位で先の話なので、この時点で後継者が要らないという話にはならない。
しかし──、
「アリタは……前世では王族のことを快く思っていなかったので、どうでしょう……。
できれば自分の意思で決めさせたいと、私は思っているのですが……」
「でもそれだと、何年も先の話になるわよね?
それまで、どうするのか──という話よ」
私達の意見は、なかなか噛み合わなかった。
「養子だというのであれば、孤児から選ぶというのはどうですか?」
「それも悪くないのよ?
あなたの学院の生徒にも、優秀な子は多いし。
だけどあなたの娘ならば、私にとってもそうなのよ。
私としては、自分の娘に跡を継がせたいと思っているわ」
う~ん、クラリスの気持ちは分かるんだけど、元々庶民の私としては、王族入りなんて面倒臭いだけで、魅力的には思えないんだよなぁ……。
実際にアリタがどう思うかは分からないけれど、親の立場としては賛成とは言えない。
そんな風に、子供の教育方針で揉める夫婦の如く、少しギスギスしていた私とクラリスだったけど、思わぬところから助け船が出された。
「私が養子になってもいいですけど?」
レイチェルが、名乗りを上げたのだ。
「レイチェル!
本当!?」
「ハイなのです」
クラリスは顔に喜色を浮かべたが、私は複雑だった。
「でも……あなたは、それでいいのですか?
重い責任を背負うことに、なるのですよ?」
「私は……いつかこうなると思っていたので。
クラリスお姉ちゃんとは顔もよく似ていますし、クリスおばさんと私のお母さんもよく似ています。
だから私は、クラリスお姉ちゃんとは血が繋がっている……と思っていたのです」
ああ……やっぱり聡いレイチェルは、前世でクラリスの従姉妹だったということを薄々気付いていたのか。
だけど……。
「だけど、血筋がそうだからと言って、それを義務に感じる必要は無いのですよ?
自由にやりたいことをやってもいいのです」
「それですよ!」
「え?」
「私もクラリスお姉ちゃんを手伝って、この国を改革したいのです。
前の人生が酷かったから、もうあんなことが起きないように、馬鹿な貴族達を徹底的に締め上げたいと思っていたのですよ。
その為には、女王の娘という地位があった方が、便利なのです。
このママから受け継いだ大きな力を、発揮できる場所が欲しかったのです!」
「そ……そうですか」
意外と過激なことを考えていたんだな……。
それだけ過去に貴族から受けた仕打ちへの恨みが、深いということなのだろうか……。
だとすれば、やり過ぎて独裁者みたいなことにならないか心配だわ。
「だけど国の運営方針については、私とクラリスの話し合いで決めていきます。
レイチェルが勝手に動いて、何か問題が生じるようなことは許しません。
それでもいいのならば、あなたはやりたいことに邁進しなさい」
「ありがとうママ!」
レイチェルは笑顔を浮かべた。
そして思い通りに事が運んで、クラリスも上機嫌だ。
「さあ、レイチェル!
私のことも、お母様と呼んでもいいのよ!」
「公の場ではともかく、それは嫌なのです」
「なんでよっ!?」
「クラリスお姉ちゃんは、お姉ちゃんなので」
そんな最愛の二人のやりとりを見ていても、私の心はスッキリとはしなかった。
正直言って、レイチェルが王女になることについては、不安の方が大きい。
だけど本人の気持ちを無視したくないという、複雑な気持ちだ。
「キュー?」
私を心配したのか、リゼが膝の上に乗ってきて、私の顔を見上げた。
「ふふ……リゼはいい子ですね」
と、彼女の頭を撫でる。
ああ……このモフモフ……癒やされる。
妹ちゃんを思い出すなぁ。
リゼによって元気づけられた私は、まあ……なるようになるしかないか──と、そう思うことにした。
後日、レイチェルがクラリスの養女になることことが、公式に発表された。
レイチェルはクラリスの遠い親戚筋だということにされたが、あまりにも顔が似ている為、「女王の隠し子なのではないか?」という噂が一部で飛び交ったという。
王太后クリスの子だということならまだしも、クラリスの子だとしたら10才くらいで生んだことになるんだけど……。
噂とは無責任なものだな……と、実感した出来事だった。
次回は明後日の予定です。