89 二人の女王
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私は王座に座らされた。
抵抗しようと思えばできたけど、クラリスは今、動きにくい正装を着ている為、下手に抵抗すると彼女の方がバランスを崩して転倒とかしかねない。
この戴冠式の場で、女王に恥を掻かせるのは拙いよね?
だからクラリスに腕を引かれ、されるがままに王座に座らされたが……。
あれ? ここって王様が座る場所だよね!?
本来ならば、王ではない者がここに座るなんてことは、有り得ないことだよね?
場合によっては、死罪に問われることもあるんじゃね?
そんな王座に侍女を座らせたクラリスの奇行を見て、この謁見の間に集った貴族や騎士達はさぞかし混乱していることだろう──と思ったが、そうでもなく、室内は静かだった。
おや? 皆さんご納得で?
その事実に困惑する私を無視して、クラリスは口を開く。
「皆の者、よく聞け!
私は王座を受け継いだが、これは貸し与えられたものであり、私は名代だと思っている。
真に偉大な王の代わりに働く、代理人である──と!
しかしだからこそ私は、この王座を託してくれた御方の信頼に、全力で応えなければならない!
私はこの乱れた国を立て直す為に、全力で闘う!
どうか皆も、私に力を貸して欲しい!
我らと同じ道を共に進むのであれば、悪いようにはしないわ。
たとえ大きな困難があったとしても、我らの背後には偉大な御方がいるのだから、恐れるな!
ただし、甘えてばかりいれば、我々は見捨てられるだろう。
だから日々精進し、己が職務に邁進し、そしてついでに国を潤せ!
さすればこのローラント王国の繁栄は、約束されるだろう!!」
そんなクラリスの演説が終わった後、謁見の間は静まり返っていた。
しかし、小さな拍手の音が聞こえてくる。
王太后クリスの拍手。
続いて侍女のグラス、オーラント公爵──と、次々に拍手は連鎖していき、謁見の間は拍手喝采に包まれた。
それから忠誠を誓うように膝をつく者が現れ、それに倣うかのように全員が続く。
まあ、全ての者が本心から忠誠を誓っている訳ではないことは、オーラの色からも分かる。
だけど本気で忠誠を誓っている者も確実にいるし、この場の空気を生み出したクラリスのカリスマは素晴らしい。
でも、その忠誠の何割かは、私に捧げられていますよね?
どう考えてもこれ、非公式に私が女王に祭り上げられた状態だと思うのだが……。
表だって女王をやるつもりはないけど、ほぼ公認の状態になっているのはちょっとやりにくいなぁ……。
でもまあ……私もクラリスの背負った重い責任を半分背負って、楽にしてあげるか……。
それは吝かではない。
ただ──、
「陛下、陛下。
これ、ここだけの話だと、ここにいる者達に厳命しておいてくださいね?」
私は立ち上がり、代わりにクラリスを王座に座らせる。
公式に女王として、私が国民の前に出るつもりは無いからね。
私はあくまで影の支配者なのだ。
戴冠式の後も記念の晩餐会があり、忙しい時間が続いた。
中には新たな女王とお近づきになろうと、強引に接近してくる貴族もいたが、露骨に下心を持つ者はオーラで分かる。
そういう輩は、グラスに排除させた。
排除とは言っても、元国王としての交渉力なのか、穏便に済ませてくれることも多かったが。
いい仕事ぶりなので、転移魔法を教えてダンジョンから城に通わせることも考えようかな。
ただ、そんなグラスに惚れ込んで、別の問題を起こしそうな男もいたが。
でも今や半魔族の彼女は、この国では私とレイチェルの次くらいには強いと思うので、自分でどうにかするだろう。
「グラスちゃ~ん、浮気はいけないわよ~」
「なっ、誰が男なんかと……!
というか、お前よくも……」
クリス、お前が言うな。
でも、女同士になった後の方が夫婦──いや婦々仲がよくなるというのも面白いものだ。
それと会場には、カーシャ・コロロ・キャスカも来ている。
彼女らは前王の戦いで功績を挙げたので、正式にクラリスの親衛隊として採用された。
しかし元々は孤児だし、更にはまだ子供ということもあって、この華やかな会場には身の置き場が無さそうだ。
実際、礼儀作法も全然なっていないし。
それでも将来有望ということもあって、多くの者から声をかけられている。
一方この国では、亜人への差別意識が根強い為、カーシャとコロロに向けられる視線の中には厳しいものもあった。
コロロはまだ女性受けしそうな愛らしさがあるけど、カーシャのトカゲそのものの姿を、魔物のようだと感じている者も少なくはないようだ。
だがクラリスが積極的にカーシャ達と親しげな態度を取ることで、そのような差別的な態度を許さないような空気を作ろうとしている。
まだまだ色々とままならないことはあると思うけど、きっと未来は開かれている。
子供達にはこれからも頑張って欲しい。
そして晩餐会が終わると、私とクラリスは居室に戻ってきていた。
今まで王女の居室だった部屋を、引き続き使用することになっている。
なんだかんだで使い慣れているし、そもそもクラリスは私の家に泊まることが多いので、城での部屋は何処でもいいとも言える。
ならばわざわざ手間暇をかけて、引っ越しをする必要も無いだろう。
私は今、ベッドにクラリスと並んで座り、ぼんやりとしていた。
なんだか疲れた。
ようやくクラリスを女王にしたという達成感はあるが、一方でまだ実感が乏しいような気もする。
そもそも女王になることがゴールではなく、これから国を立て直す大仕事もある。
どちらかというと、途方に暮れているような感覚もあった。
それでも、今日のこの日を迎えられたことが嬉しい。
「陛下、今日は頑張りましたね。
なにかご褒美をあげましょうか?」
「そうね、二人きりの時は『陛下』ではなく、名前で呼んでちょうだい。
私達は……その……恋人同士なんだから」
クラリスは少し恥ずかしそうに言った。
「分かりました、クラリス。
……これでいいですか?」
「ええ」
クラリスは満足そうに頷く。
だけど彼女のオーラの様子が、ちょっとおかしい。
おや……これは興奮している?
「それと女王になったら、しようと思っていたことがあるの。
ちょっと大それたことだけどね。
それでもいいかしら?」
「へぇ……でも女王になったのですから、今日くらいは多少の我が儘を言ってもいいんじゃないですか?」
常識の範囲内でなら……ね。
「言ったわね?」
クラリスの眼光が鋭くなる。
なにその獲物を狙う獣のような目は!?
「今日はね……私達が恋人として、もう一段階上に行こうと思っていたの。
だからね、アリゼの身体を自由にさせてね!」
「へ?」
私は一瞬、クラリスの言葉の意味が分からなかった。
いや、分かっていたけど、経験値が足りなくて、思考が追いつかなかった。
そんな思考停止をしている隙に、クラリスはキスをしてくる。
舌が入る、濃厚な奴だ。
あれ……私、もしかして性的に食べられそう!?
私が教えた性教育が、今まさに活用されようとしている!?
相手がクラリスならば嫌ではないけれど、そういうことをする覚悟は全然してなかった。
ど、どうしよう……っ!?
しかし私をベッドに押し倒そうとしているクラリスは、なにやら手間取っている。
そして身体もわずかに震えていた。
彼女も経験値が足りなくて、どうしたらいいのか分からないのだろう。
それでも勇気を出して──あるいは強い衝動に突き動かされて、その強い想いを私にぶつけようとしている。
はあ……これじゃあ、年上の私がしっかりしなきゃな……。
もう覚悟は決めた!
クラリスのやりたいようにすればいいさ!
「クラリス……慌てないでください。
私は逃げませんから……。
ずっとお側にいますよ」
「アリゼ……んっ」
興奮からか呼吸が荒いクラリスの口に、私は再び唇を重ね、そして彼女の身体を優しく抱きしめた。
今ここから、私達の新しい関係は始まる──。
……気がついたら朝になっていた。
なんだか色々と激しすぎて、途中から記憶が無い。
まさかリアルに、朝チュンを経験する日が来ようとは……。
しかも女の子の身体があんなに気持ちよくなれるなんて、初めて知ったわ……。
こんなの、絶対にクセになるじゃん。
暫くの間は、クラリスと爛れた夜の生活が続くかも……。
次回は明後日の予定です。そして第4章のエピローグです。




