88 戴冠式
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ついにきました、クラリスが女王として戴冠する日──。
そしてこの日は、クラリスの誕生日でもある。
彼女は14才になり、そして女王に即位する。
ここは女王の控え室だ。
そこでクラリスはぐったりとしていた。
彼女は今し方、王都内を馬車──ただし顔が見えるように屋根の無い物で──パレードをしてきたばかりだ。
「はぁ~疲れた。
なんだか思っていたよりも、緊張したわね……」
まあ、想定外のこともあったしね。
道には多くの国民が集い、新たな女王の顔を一目見ようとしていた。
そんな国民からの反応だが、悪政を敷いた前王を打倒したクラリスに対しては比較的好意的ではあったが、まだ幼いと言ってもいい彼女に対して、不安を感じている者もいるようだ。
更には──、
「っ!?」
群衆の中から投げつけられた石が、クラリスの額に直撃する。
やはり国民の中には、王家そのものに恨みを持っている者も少なくはないのだ。
「何者だっ!?」
護衛の騎士達は騒然となったが、クラリスはそれを手で制した。
まあ、私がガードしなかった時点で、大した威力が無いのは分かっていたしね。
もしもクラリスの命に関わるようなものだとしたら、当然未然に防いでいたし、私は「明日の朝刊に載ったぞ、テメーッ!!」ってくらいにぶち切れて、とっくに犯人を抹殺していたことだろう。
それにクラリスだって、その気になれば自前の「結界」で石を弾いていたはずだ。
つまり彼女は、「結界」を使うまでもないと判断し、あえてその石を身に受けた。
「前王の失策に対する民の怒りが、娘の私に向けられるのは当然だと理解している!
だから今の行為を、罪に問うつもりはないわ!
その代わり、まずは私の働きを見て欲しい!
私は少しでも民の暮らしを楽にする為に、全力で働いていくことをここに誓おう!
その働きを見た上でまだ納得がいかないのならば、その時はもう一度石を投げてくれても構わないわ!」
そんなクラリスの宣言への答えは、人々の大歓声という形で示された。
その後のパレードも滞りなく進み、概ね新たな女王は民に受け入れられたと見ていいだろう。
あのアクシデントを切り返したクラリスの手腕は、大したものだ。
私にはああいう真似はできないから、やはり女王にはクラリスこそが相応しいと思う。
「さあ姫様……いえ、陛下、そろそろ着替えましょうか」
パレードで王都を一周したクラリスは、太陽に照らされて多少なりとも汗をかいているし、吹き付けられた風に運ばれた埃にもまみれている。
これからクラリスは戴冠の儀式を受けて正式に女王になるのだから、着替えて身ぎれいにする必要があるだろう。
「ああ……綺麗ですよ、陛下……」
戴冠式用の正装に着替えたクラリスは、美しかった。
まさに女王としての威厳と、少女と成人女性の中間の瑞々しい活力を併せ持っている。
彼女がここまでくるまでの長い道のりを思い返して、思わず目が潤みそうになった。
最初はただのクソガキだったからな、この娘……。
「あなたも綺麗よ、アリゼ」
私もいつものメイド服ではなく、正装を纏っている。
さすがに女王の側近として戴冠式に参加するのに、メイド服のままでは拙いからね。
「んっ……」
クラリスが私の正面に立ち、そっと目を閉じて顎を上げたので、私は彼女の唇に唇を重ねた。
彼女が緊張した時には、このようにキスをせがんでくる。
こうして繋がることで、私が常に側にいることを感じて安心したいのだろう。
そのまま暫くの間唇を重ねていたが、やがてどちらからともしれず唇を離す。
「これで緊張は和らぎましたか……?」
「ええ……これからしっかりと、女王を演じて見せるわ……!」
そしていよいよ戴冠式が始まる──。
戴冠式は、謁見の間で行われることになっていた。
ダグラスとの戦いで一部が破壊されていたが、ここ半月くらいで修繕されているので、まるで新築のように綺麗だ。
謁見の間の中には、既に主だった貴族や上級騎士が待機している。
中には王太后になるクリスと、その侍女のフリをしたグラスの姿もあった。
謁見の間の入り口から王座までの床には、赤いカーペットが敷かれており、そこが女王となるクラリスの進む道になるのだ。
そして王座の前にはオーラント公爵が控えており、彼がクラリスに王冠を与える役となる。
本当ならば教皇みたいな聖職者にやらせた方が、「神に承認された王」ということで権威付けにはなるのだろうけれど、そもそも私は宗教団体に権威を持たせるつもりはないので、特定の宗教関係者を重用することは有り得ない。
……というか、現状で1番有力な宗教関係者って、リーザだからなぁ……。
いくら女神の声を聞くことができるからって、あのポンコツ教祖がこんな国事行為に参加するのに相応しい格があるとは思えないので却下だ。
それに女神が、変な横やりを入れてきたら困るし。
その点オーラント公爵は、クラリスの親戚筋であり、彼女の次くらいに王位継承権を持っている大貴族なので丁度いい。
そのオーラント公爵に向かって、クラリスは赤いカーペットの上を進む。
私は横に並び、彼女の手を引いて支えている。
女王の儀式用のドレスは、ゴテゴテと沢山の装飾が着いていて重いし、スカートの裾も床に引きずるほど長いので歩きにくいからね。
というか、なんだか花嫁の入場のようだな……。
いや、クラリスは絶対に嫁には出さないが。
生涯私のパートナーなので!
そしてオーラント公爵の前に辿り着いたクラリスは、跪く。
これは公爵に対して跪いているのではなく、彼が手にしている王冠に対して跪いている形だ。
それだけ王冠──というよりは、王という責務はそれを継ぐ個人よりも重いということなのだろう。
まあ、あくまでそれは理念であり、蔑ろにされることも多いだろうけれど。
それから二人は、儀礼的なやりとりをした後──、
「汝国王として、国と民を守る為に身命を尽くすと誓うか?」
「……誓います!」
「ならば建国王ダリウスより脈々と受け継ぎしこの王冠を、汝に託そう。
ここに第43代ローラント国王、クラリス・ドーラ・ローラントの治世の始まりを宣言する!」
クラリスの頭ら王冠がかぶせられ、戴冠の儀式は終了した。
彼女が女王になる為に後押ししてきた私としては、感慨深くて泣きそうになるわ……。
だが、これで全てが終わった訳ではない。
あとはクラリスが王座に座れば、彼女は実質的な女王となる。
私はクラリスの手を取って五段ほどの短い階段を上り、王座のある壇上へと導いた。
「さあ、陛下どうぞ」
私がクラリスに王座へ座るように促すと、彼女は悪戯を思いついたような笑顔になった。
そして彼女は私の手を引き──、
「そこに座っていなさい。
これは王命よ!」
私を王座に座らせるのだった。
……はあっ!?
次回は明後日の予定です。