80 小さな悪魔
今日から更新を再開します。休載中でもブックマークや☆での評価、感想をいただき、大変励みになりました。ありがとうございます。
今回はレイチェル視点から、アリゼ視点に変わります。
「お嬢様、お客様がいらしたようです」
「はい、私の索敵にもかかっているのです。
たかだか50人程度とは、ノルン学園も舐められたものですね」
私はレイチェル・キンガリー。
偉大なるママの娘としてこの世に生を受けていますが、元々は辺境の村娘だったようなのです。
「ようなのです」というのは、その前世のものらしい記憶があっても、何処か他人事のように感じている部分もあるからです。
私が生まれた直後の人格は未熟で、前世の記憶はただの情報でしかなく、その意味もよく分かりませんでした。
それが成長と共に様々なことを学習し、記憶の意味も理解できるようになっていきましたが、結局私の人格は生まれてから新たに形成されたもので、必ずしも以前のレイチェルと同じものではないのです。
そもそも、ママや他の人間の記憶も相当混ざっていますし、かつてのレイチェルの記憶を持った別人というのが正しいのかもしれないのですよ。
ただし魂は以前と同じようなので、そういう意味では同一人物なのでしょうけれど……。
いずれにしても非業の死を遂げた以前のレイチェルに、やり直しの機会を与えてくれたママには感謝しているのです。
以前の記憶は辛いことばかりだったけれど、この新しい人生の記憶は楽しいことばかりなのですから──。
だからママには大きな恩があります。
大好きなのです。
そんなママの邪魔をする奴らは、絶対に許しません!
今、私とケシィーは、学院を囲む塀の上にいます。
クラリスお姉ちゃんが本格的に国王と敵対したということで、国王の手下が学院に手を出してくる可能性は予想されていました。
その予想通り、50人ほどの敵意を持った者達が、接近してきています。
人質でも取れば、ママをどうにかできると思っているのかもしれませんが、浅はかな考えですね。
ちなみにリーザお姉ちゃんは家に置いてきました。
ハッキリ言ってこの戦いにはついていけないので、お留守番なのですよ。
チャ●ズポジションなのです。
「さあ、行きますよ、ケシー!」
「はい、お嬢様」
私とケシィーは、敵に襲いかかりました。
彼らはやはり騎士で、王の手の者だということが分かります。
相手が本職の騎士となると、多勢に無勢ではさすがにケシィーだと分が悪いので、私が撃ち漏らした者の相手をしてもらいます。
それでも一対一ならば、その辺の騎士には絶対に負けないのですよ。
そして私はというと──、
「ひっ、なんだっ!?」
「剣が折れ──、いや、切断された!?」
「馬鹿な、鎧を紙切れの如く──!?」
魔法剣で相手の武器と鎧のみを斬ります。
これが技術的にどれだけ高度なのか──それを理解できた者は、あっさりと戦意を手放しました。
でも、中には物分かりの悪い人もいるようですね。
武装を失ってもまだ、素手で戦おうとしています。
私が幼女の姿だからと、見くびっているようでしょう。
しかし既に私の実力を見せているのに、それが信じられないのとは愚かなことです。
そういう人には、心が折れるまで手足を斬ってから回復魔法で治して、また斬るという無限ループの刑なのですよ。
私も前世であらゆる責め苦を経験しているので、どうすれば人に苦痛を与えることができるのか、それは熟知しているのです。
私はママのように、蜘蛛糸で無力化するような優しい対応はしません!
「あ……悪魔だ……!」
誰かが言いました。
こんな可愛い幼女に向かって失礼な。
「お嬢様に対する無礼は許しません」
あ、ケシィーが私の代わりに殴ってくれました。
本当によくできたメイドさんなのです。
こうして、学院を襲撃しようとしていた騎士達は、あっさりと制圧されたのでした。
ピキューン!
学院の方は片付いたような気がする──そんな直感が働いた。
まあ、レイチェルに任せておけば、何も問題はないだろう。
我が自慢の娘だしね。
一方クラリスの部屋の前には、無数の近衛兵が集まっている。
「姫様……これは姫様の魔法で一網打尽にできるのでは?」
「ああ、そうね。
やってみるわ」
「死人が出ないように、威力を抑えるのですよ?」
「分かっているわよ」
「子供達は、撃ち漏らしを倒してください。
さあ、準備を!」
「「「は、はいっ!」」」
そしてみんなの準備が整った頃合いを見計らって、私は扉を開ける。
「はい、開けますので下がってくださーい!」
扉を開けると、無数の騎士が室内になだれ込もうとしたが、その前にクラリスの電撃魔法が彼らの中を突き抜ける。
「「「「「ぎゃっ!?」」」」」
電撃を受けた者達は、次々と倒れた。
それでも30人くらいか。
だが倒れるほどではないにしても、明らかにダメージを受けている者も少なくはない。
もう一押しで、行動不能に陥れることは可能だろう。
「今です!」
「おうっ!」
私の号令を受けて、まずリチアとカーシャが飛び出し、近衛兵達に斬りかかった。
続いてコロロが魔法で援護をする。
この時点で相手の前衛は、総崩れとなっていた。
そして敵が無力化されたところまで、私がクラリスとクリスの母娘、そして護衛役のキャスカを連れて進んで行く。
キャスカは素手なので、鎧を着た近衛兵に対しては不利のように見えるが、合気柔術を教えておいたので、投げ技や関節技という対人戦闘特化の成長を遂げている。
カーシャ達が倒し切れなかった者がクラリス達に近づいてきても、少人数ならばキャスカに任せておけば問題ない。
私は万が一に備えて、味方陣営に防御力上昇の魔法を施しておきますかね。
これで斬撃の直撃を受けても、最悪でも軽傷で済むだろう。
あとは倒れた者を蜘蛛糸で拘束しておけば、後で復活してきても問題はない。
「な……なんだこいつら……!?」
近衛兵達は、子供達の思わぬ手強さに困惑している。
しかも彼らにとって、彼女らは本命の目標ではない。
そして本命であるクラリスの高い実力は、先程見せている。
まだ強敵が後に控えているのに、自分達は圧倒されている──これは焦るだろうな。
まあ、クラリスは当面戦わせないけどね。
「姫様は、お父様との対決に備えて、魔力の温存を」
「ええ、あなた達に頼らせてもらうわ。
信頼しているわよ」
うむ、なんでも自分でやってしまうような者は、指導者には向いていない。
その者に頼り切ってしまえば、いざその者がいなくなってしまった時に、組織が動かなくなってしまうからね。
クラリスはやはり指導者に向いている──そう改めて思いつつ、我らは無数の近衛兵が倒れ伏した廊下を進んでいくのだった。
親族の葬儀や諸々の手続きはある程度終えて落ち着いてきましたが、まだ話のストックが少ないので、当面は隔日更新でやっていこうと思います。なるべく早く、毎日更新に復帰できるよう頑張ります。