69 後の病院である
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元気ですかー?
元気があれば何でもできる!
でもそんな元気な人は、このナウーリャ教の王都支部へ治療を受けにはこない。
今この教会には、20人以上の病人がいる。
「お腹が痛いです……」
「下痢や嘔吐はありましたか?」
「はい……」
「それでは食中毒の可能性が高いですね。
今、治療しますね」
私は訪れた患者さんの治療に、大忙しである。
これらの患者さんの来訪は、多くの怪我人を一瞬にして癒やした私の評判が、口コミで広がった結果……ではなく、私が人を使って「教会で病気の治療もしてくれる」という噂を流してもらった結果だ。
まあ病気については、今まで怪我の治療しかしたことがないシスターさん達では対応できないのだが、私ならばどうにかできる。
例えばこの世界では、食中毒の患者に解毒の魔法をかければ、回復することがあるというのは、経験則から知られているらしい。
だがそれでは、食中毒の全てには対応できない。
細菌が原因の場合は、浄化の魔法も併用して細菌を消す必要があるのだ。
しかし浄化の魔法は、術者が汚れだと認識したものを綺麗にする──要するに消毒する魔法だが、そもそもこの世界の人間は細菌の存在を認識していないので、まずはそこを術者に認識させる必要がある。
ただし細菌を認識したからと言って、全ての細菌を消してしまうようではいけない。
細菌の中には身体にとって有益なものも存在する為、それらが完全に死滅しないように、術の範囲を症状が酷い箇所に絞って、低出力でかけるなどの気配りも必要である。
なかなか扱いが難しいのだが、これを理解してもらわなければ、この治療法は扱えない。
だがこれらは、風邪など他の感染症にも応用が利く。
シスターさん達がこの技術を身につけてくれれば、ここで治療できる病気の幅はかなり広がるだろう。
「……ですから細菌が原因の症状に対しては、浄化の魔法で対応します。
接触者には感染の可能性もありますから、患者さんだけではなく、自分自身や患者のご家族も浄化して、常に清潔な状態を保った方がいいでしょう。
ただしあまり清潔にし過ぎると、人体が元々持っている抵抗力が減ったり、今までいた菌によって繁殖が抑えられていた別の菌が繁殖して悪さをすることもあったりするので、加減は必要です」
「はあ……そうなのですね。
その細菌という目に見えない生き物がいるというのはまだ信じられませんが、あなたの治療で結果が出ている以上、信じない訳にはいきませんね……」
一応私の実力を認めているシスターさん達は、素直に私から技術を学ぼうとしてくれている。
だが中には嫉妬からなのか、反発して学ぼうとしない者もいた。
だけど私がこの教団を乗っ取ったら、宗教色は可能な限り薄めて治療院としての役割に特化させていくつもりだから、ここで学んでおかなきゃ後々居場所がなくなるよ?
なお、外科手術や特殊な薬が必要な重い病気の治療は、さすがに対応していない。
というか、あえてしない。
私ならば癌の摘出手術をすることだって、不可能ではない。
エコー検査で腫瘍の位置を特定して、転移魔法で腫瘍の周辺だけ抜き取り、後は回復魔法で欠損部を再生させる──このような治療もできることはできるのだ。
だけどこの治療法は、私にしかできない。
それなのに患者が何十、何百人とこの教会に押し寄せてきたら、私1人では対応できなくなる。
そもそも癌レベルになると、大きな腫瘍は取り除けても、転移してしまった小さな癌細胞は私にも見つけることはできない。
そして再発の危険性が無くなる何年も先まで、患者を見守るのは無理だ。
私はいつまでもここで働くつもりはないので、最後まで面倒を見られないのならば、最初から手は出さない。
だからあくまで、シスターさん達が真似できる範囲でしか治療はしないし、技術も教えないことにしている。
後は彼女達が自ら研究を重ね、技術を発展させてくれることを期待しよう。
勿論その為の手助けならできる限りしたいと思うし、学院ではもうちょっと専門的な医学知識を教えているので、その知識を身につけた子供達を、卒業後にここで働かせるというのも有りだろう。
まあ……それも、この教団がまともになってからの話だが。
そろそろ仮入信期間の10日目になるが、その時に仕掛けようかな。
仮入信の最終日──。
私はシスター・キャロラインから、とある一室へと呼び出された。
密室で美人シスターと二人きり……。
なんか興奮してきた……!!
「さあ……まずはお茶でも飲んで、楽にしてくださいな」
「ありがとうございます」
私はキャロラインら勧められたお茶を、口に含んだ。
「あら、美味しいですね」
私の反応に、キャロラインがホッとした顔をする。
「ええ、アリセーヌさんはこの教会に対して、多大な貢献をしていただいたので、少々高い茶葉を奮発しましたよ」
「それはそれは……。
それで、お話というのは……?」
「ええ……アリセーヌさん仮入信は今日までということになっていますが、できればこのまま本入信……ということにしていただければ……。
あなたのその能力があれば、より多くの人々が救えると思います」
「そうですか……。
しかし正直言って、少し迷っています。
この身を神への信仰に捧げるよりも、個人で治療院を開業して、治療に専念した方が効率的に人を救えるのではないか……と」
私の言葉に、キャロラインの顔色が変わる。
なにやら焦っている様子だ。
「そ、そんな、考え直してください。
我が教団ならば、人々の身体だけではなく、心の苦しみを取り除く手助けもできます。
それにアリセーヌさんほどの能力があるのならば、聖女の称号を得て多くの信徒を導くことも可能でしょう。
そうすれば、あなた1人で動くよりも大きなことができるはずです」
……おや? キャロラインのオーラを見る限り、本気で私の能力を人々の為に役立てたいという気持ちもあるのだな。
だがその一方で、罪悪感も抱えている。
自身が罪を犯しているからこそ、私の能力でそれの埋め合わせをしたいということなのだろう。
「そうですね……。
前向きに考えてもいいかもしれません。
でも、条件があります」
「な、なんでしょうか?」
「麻薬の販売を、やめてくれませんか?」
「!?」
私の要求を受けて、キャロラインの目は驚愕に見開かれた。
明日は更新を休む可能性が高いです。