53 実質的な決勝戦
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さて、いよいよレイチェルとクラリスの試合である。
「さあ、ついにクラリス王女殿下の登場です。
まさかの飛び入り参加には驚かされましたが、院長からの師事を受けているとのことなので、その実力は確かなものだと思われます。
一方レイチェル選手は、3歳にして既に学院最強の呼び声も高いですが、実際に彼女が本気で戦っている姿を見た者は誰もいません。
子供の中には彼女と互角の実力者が存在しない為ですが、母親である院長は実力を把握していますか?」
シシルナちゃん、よく喋るなぁ……。
実況に対して、思わぬ才能を持っていたようだ。
「レイチェルの全力は、さすがに私も分かりませんねぇ……。
小さい子には、危ないことはさせられませんので……。
ただ、私にできることは、大抵できると考えてもいいと思います」
「院長にできることを全て……!
娘に全てを教え込んだということですか?
なんという英才教育……!」
「まあそんなところですね」
シシルナが緊張した顔で、唾を飲み込む。
まあ、実際には記憶を共有していた所為だが、さすがにそんなことは言えないしな……。
「ただ今日のレイチェルは、私が教えたことがない剣術を主体にして戦うようです。
おそらく未熟な部分も、あることでしょう。
付け入る隙があるとすれば、そこでしょうね」
……と、ハンデとして、クラリスに攻略の糸口を教えておく。
とはいえ、レイチェルが本気で魔法を使い出したら、どうしようもないと思うが……。
なのでレイチェルと事前の打ち合わせをして、熱線などの高威力の攻撃や、蜘蛛糸や毒などのいかにも魔物由来のスキルは禁止ということにしておいた。
もう、これを使った時点で、レイチェルは反則負けである。
「さあ、それでは試合開始です!」
シシルナの掛け声で、宿命の従姉妹対決は始まった。
しかし試合場で対峙する両者は、動かない。
魔法主体の戦闘スタイルであるクラリスは、下手に動いても勝ち目が無いので当然だが、レイチェルも様子見をしているようだ。
暫く睨み合った両者だったが、最初に動いたのはクラリスだった。
まあ、動いたとは言っても、右手の人差し指と中指を揃え、「クンッ」と下から上に跳ね上げただけだが。
ナ●パかな?
そんなクラリスの指先から放たれた魔力は、遠隔で魔法を発動させる。
「!!」
レイチェルの足下から、火山の噴火の如く炎が吹き上がった。
一瞬、レイチェルが炎に飲み込まれた──そのように見えた者も多いと思う。
「こっ、これはーっ!?
院長、大丈夫なんですか?」
「ええ、レイチェルはしっかりと回避していますよ」
それができないようなら、私がクラリスの魔法が発動する前に止めている。
「それよりも姫様の魔法の発動は予備動作が少なく、相手に気取られにくいものとなっています。
これだけでも、相当熟練した使い手だということが分かりますね」
だが、本番はこれからだ。
魔法を回避したレイチェルは、剣を構えてクラリスへと突進した。
なかなか速いな。
その辺の冒険者なら、反応できずに間合いに入られて、斬撃を受けていたかもしれない。
しかしクラリスもダンジョンで突撃してくる魔物の姿は何度も見ているし、その対策方法も知っている
「はっ!」
クラリスは自身の前面に炎の壁を形成した。
それは試合場の幅とほぼ同じ規模なので、レイチェルが前に進む限りは、確実に炎の中に突っ込んでしまう。
勿論、レイチェルならば飛び越えることは可能だが、空中ではクラリスの魔法の良い標的となってしまうだろう。
だからレイチェルは自身を「結界」で包んで、炎の突破を試みる。
しかしクラリスもこの炎の壁を突破してくる魔物は経験済みであり、レイチェルの行動も想定の範囲内である。
「きゃっ!?」
レイチェルが炎の壁を突破した瞬間、何かに衝突して弾かれる。
クラリスが形成した「結界」の壁だ。
炎の壁の魔力に隠されていた為、気付くのが遅れたようである。
ふむ……レイチェルが記憶やスキルを私から受け継いでいるとはいえ、やはり
スキルのレベルは落ちているな。
私の索敵能力なら、事前に察知することはできただろう。
というか私の冒険者時代の攻撃だったら、一撃で敵を屠ってしまうので、クラリスのような手段を使う必要は無かった。
だからレイチェルも経験不足で、想定していなかった手だったという訳だ。
ともかく「結界」に弾かれて、地面に転がるレイチェル。
これはクラリスにとっては好機だ。
畳み掛けるようにクラリスは、攻撃魔法を連発する。
石の槍に風の刃、そして爆発。
激しい連続攻撃である。
「あ~っと、王女殿下の猛攻!?
終始殿下が優勢に試合を運んでいるように見えます!」
「いえ……姫様もレイチェルに接近されたら、勝ち目がないことを理解しているのでしょうね。
ですから一気に畳み掛けようと、必死です。
つまりこれでレイチェルを仕留めきれなければ、逆転の可能性も出てくる訳です」
「そ、そうなのですか……!?」
そうなのです。
それにクラリスだって、こんな魔法の連続使用をして、いつまでも魔力が続くはずはないしな……。
最初から短期決戦のつもりだろうし、だからこそこの猛攻だ。
そんなクラリスの魔法攻撃をレイチェルは「結界」でガードするが、その威力を完全に相殺しきれていない。
「結界」に直撃した魔法より生じた反動は、少なからずレイチェルの小さな身体にも伝わり、その身体を弾くことになる。
場合によっては転倒することもあるだろう。
だからレイチェルは、「結界」での防御をやめ、動き回って回避することにしたようだが、クラリスは土魔法で地面に凹凸を作って、それを阻害する。
「えっ!?」
悪い足場に動きを制限されたレイチェルは、再びクラリスの魔法攻撃の標的にされた。
「うん、姫様の魔法の使い方は、かなり上手いですね」
威力こそ圧倒的とは言えないが、調子には乗らずに着実に相手を追い込む戦法はなかなかのものだ。
レイチェルをこれだけ翻弄できるのならば、大抵の人間ならば敵にはならないだろう。
これならば、そろそろ国王との対決も考えてもいいのかもしれないな。
とはいえ、そろそろレイチェルも本気を出す頃合いだ。
さすがにクラリスの攻撃は、鬱陶しすぎるだろうからね……。
「う~……。
はっ!」
レイチェルは剣を振る。
その音速を超えた剣から放たれた衝撃波は、クラリスの攻撃魔法をかき消した。
そして再び放たれた衝撃波は、クラリスにも襲いかかる。
「ちょっ!?」
クラリスは魔法攻撃を中断して、「結界」で防御するが、その隙にレイチェルは間合いを詰めようと走り出した。
それに気付いたクラリスは、自らを守っていた「結界」を、レイチェルに向けて飛ばす。
これに当てることで、レイチェルの接近を防ごうという訳である。
クラリスの判断は悪くない。
しかし──、
「ふぁっ……!?」
私にも予想外のことが起こった。
クラリスの「結界」が斬られたのだ。
それも綺麗に両断されている。
勿論、レイチェルの力ならば、「結界」を破壊することはできる。
だが、あの子の剣技は未熟で、強引に力で破壊するのが精々であるはずだった。
それなのに「結界」は、定規で線を引いたかの如く、真っ直ぐに切断されている。
この切れ味はちょっとおかしい。
だけどその切れ味の理由は、一目瞭然だった。
レイチェルの剣は、炎を纏っていたからだ。
炎の属性を付与することによって、攻撃力を大幅に上げているのだ。
これはまさに「魔法剣」だな。
……っておい、私ですら使ったことがない技だぞ!?




