50 戦うメイドさん
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私の名はケシィー・ブラウン。
「ブラウン」という姓は、初代当主の体毛の色が由来だと、今は亡き両親から聞いています。
私の体毛の色もブラウンなので、名は体を表していますね。
そして「ケシィー」は、我々犬型獣人を守護してくれるという言い伝えがある、犬の妖精「クー・シー」が由来らしく、結構由緒ある名前なのだそうです。
故郷での私の家系は、そこそこの地位にあったと記憶しています。
まあ……その故郷も、人間の奴隷狩りによって滅びましたがね……。
ただ……それも今となっては、どうでもいいことなのかもしれません。
今の私は、偉大なるご主人様の僕──それだけで満足です。
しかし……ご主人様のメイドとして充実した日々を送っていましたが、さすがに王女の御前で子供と試合をしなければならないという、この状況はよく分かりません。
私……対人戦闘の経験は無いのですけどねぇ……。
あくまでメイドですから。
だけどご主人様からの命令であれば、やらなければならないでしょう。
見ていてください、ご主人様。
ケシィーはやり遂げて見せます。
しかしどうしたものでしょうか?
先程から対戦相手のタマリという少年が、剣で斬りかかってきているのですが、正直言ってその動きは遅いですね。
確か……お年は14才で、身体も私よりも大きいくらいなのですが、やはりまだまだ子供……身体能力は未熟なのでしょう。
攻撃を入れられるような隙はいくらでもありますが、痛い思いをさせても可哀想ですし、穏便に終わらせることにしましょう。
私はタマリ少年の攻撃を躱して密着し、彼の首を右手で鷲掴みにしました。
そして少し力を入れつつ、
「降参してください」
と、告げます。
「こ、降参します」
タマリ少年はあっさりと負けを認めました。
素直で宜しい。
「勝者、ケシィー!
凄まじい身のこなしで、タマリ選手に何もさせませんでした。
メイドさんとは思えないような実力を隠し持っていましたが、院長はご存じでしたか?」
「私が食材を確保する為に、ケシィーを伴ってダンジョンへ行くこともありますので、そこで鍛えられたのだと思います。
実質的には上位ランク冒険者相当の、実力はあるはずですよ」
おや、そうだったのですか。
ご主人様とのお出かけが楽しくて、ダンジョンで鍛えられているという自覚はあまりありませんでした。
この後の2回戦では、リチアさんとの対戦となります。
この戦いは負けられませんね。
彼女はご主人様にセクハラ行為を働いたり、レイチェルお嬢様に邪な視線を向けたりする危険人物です。
ご主人様は甘いのでなあなあで済ませていますが、この機会に私が制裁を加えたいと思います。
しかし相手は元Aランク冒険者……。
私の実力でどうにかできる相手なのでしょうか……。
それは分かりませんが、ご主人様の為に命懸けで頑張ります!
「いやぁ~……激しい戦いでしたね、院長。
剣を持つリチア選手が有利なのかと思いきや、ケシィー選手は俊敏な動きでリチア選手を翻弄していました。
この展開は予想外でしたね」
「獣人は元々身体能力が高いのですが、ケシィーの場合はダンジョンで索敵も任せていたので、敵の気配を読む能力に長けています。
それが良い方向に働いたのでしょうね」
「そして最後は壮絶な殴り合い……!
冒険者生活が長いリチア選手の地力が勝るかのように見えましたが、ケシィー選手の奥の手である『噛みつき』攻撃が見事に決まりました。
まさかのメイドさんが、元冒険者に逆転勝ちです!」
「牙や爪も獣人にとっては強力な武器であることを、失念していたリチアさんの油断ですね。
実戦ならば想定しておいてしかるべきことですが、ただの試合だと侮っていたのでしょう。
なんだかんだで冒険者を引退してからのブランクが長かったというのも、大きいのかもしれません」
そんなご主人様とシシルナさんの、実況解説が聞こえてきました。
私は試合場の上で、仰向けになって倒れています。
舌を出したまま、「ハッハッ」と荒い呼吸が止まりません。
はしたないですが、犬型獣人は殆ど汗をかけないので、こうやって排熱しないと体温が上がりすぎてしまうのです。
それくらい激しく動きました。
もう全力を出し切ったので、次の決勝戦で戦う余力は残されていないでしょうね……。
やはり腐っても元Aランク……リチアさんは強かったです。
そんな彼女に勝てただけで、良しとしましょう。
まあ……優勝して、ご主人様からのご褒美は欲しかったですけどね……。
ああ……魅惑の毛繕いのフルコース……。
ご主人様は優しいので、お願いすればご褒美にしてくれるでしょうか?
そんなことを夢見心地で考えていると──、
「はあ……やっぱり院長の周りは、常識外れのが集まるようだな……。
私の負けだ、メイドさん……」
やはり私と同じように倒れているリチアさんが、素直に負けを認めました。
……幼女癖さえ悪くなければ、案外まともな人なんですけどねぇ、この人……。
「そうですね……。
もしもお嬢様に何かしようものなら、このケシィーが再び立ちはだかりますので、よく肝に銘じておいてください」
「はは……手厳しい。
ところで少しお願いがあるのだが……」
「なんでしょう?」
聞くだけは聞いてあげます。
「君の戦闘スタイルは、キャスカに合っているような気がするんだ。
だから暇な時でもいいから、ちょっと戦い方を教えてあげてくれないか?」
キャスカ……第1試合でリチアさんと戦った、シシルナさんの妹さんですね。
確かにあの拳での攻撃は、悪くなかったように思います。
その才能を伸ばしてあげるというのは、吝かではないですが……。
「……考えておきます」
「ありがとう!」
リチアさんは嬉しそうな顔をしました。
こういうところを見ると、真剣に子供の将来のことを考えている、いい先生のように見えるのですけどね……。
「あと、子供達にメイドさんの仕事を教えてあげてくれないかな!
メイドの技術があれば就職に有利だし!」
「そうですね……」
まあそれは、リチアさんに言われるまでもなく、ご主人様が計画していそうですがね。
でもメイドは雇い主から虐待を受けることも多いので、慎重になっていると思われます。
「それに可愛い子がメイド服を着ているのは、最高だよね!」
「……また噛みますよ?」
やっぱり駄目ですね、この人……。
「ケシィー」の由来が「クー・シー」なのは、このエピソードを書いている途中で思いついた後付け設定です。
ちなみにケシィーの顔つきのイメージは、ダックスフンド系。