表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

144/392

49 憧れに追いつく為に

 ブックマーク・感想をありがとうございました!

 ボクはキャスカ・パルナ。

 ノルン学院での生活を始めてから、もうすぐ4年になるかな。


 ボクには憧れている人がいる。

 学院で体育の教員をしている、リチアさんという人だ。


 リチアさんは、ボクのヒーローだ。

 人身売買組織に(さら)われたボクを、あの人は助け出してくれた。

 もしも奴隷にされて売られていたら、その時点でボクの人生は終わりだっただろう。


 それにあいつらは、お姉ちゃんを傷つけて……。

 それを見てしまったボクは、恐怖と絶望で泣くことしかできなかった。

 そんなボクをリチアさんは救い出し、人生そのものも助けてくれたんだ。


 だからボクにとってのリチアさんは、ヒーローなのさ。

 そのヒーローに少しでも近づきたくて、ボクは努力した。

 リチアさんのように髪を短くし、スカートをやめてズボンを穿き、剣の修練に打ち込むようになったんだ。


 ただ……引っ込み思案な性格だったボクは、快活で勇ましいリチアさんのようには、なかなかなれなかった。

 剣の実力も、どれほど近づけたのかな……。

 ボクは思うような自分になれないことを、もどかしく思っていた。


 そんな時、御前試合にリチアさんが参加するという話を聞いた。

 それならばボクも参加して、どれだけリチアさんに近づけたのか、それを確かめたくなった。

 

「えっ……キャスカ(あなた)も、参加する気なの!?」


 シシルナお姉ちゃんは、少し嫌な顔をした。

 どうやらボクには、あまり危ないことをし欲しくないと思っているようだ。

 本当はもっとお(しと)やかになって欲しい──とも、考えているみたい。

 だから自分のことを「ボク」と言うと、お姉ちゃんはあまりいい顔をしない。


「うん……リチアさんも、参加するっていうし」


「また……リチアさんか……。

 あなた、あの人にこだわりすぎよ?」


 お姉ちゃんは(あき)れ顔になった。


「……お姉ちゃんだって、昔はあんなに格好いいとか言っていたのに……」


「……あの人は長く付き合ってみると、そう単純な人じゃないって分かるのよ……。

 あれは深入りしては、駄目なタイプの人だわ……」


「なんだよ、それ……」


「リチアさんも、あまり理想を押しつけられると、息苦しいと思うのよ?

 あの人は院長のように、小馬鹿にした態度で付き合うのが、丁度いいと思うの」


 お姉ちゃんはリチアさんと同僚だから、ボクよりもあの人のことを多く知っているのかもしれない。

 結局ボクはあの人にとっては、沢山いる生徒の1人にしか過ぎないのだろうし、本当の彼女を知ることができるほど、親しい関係でもない。

 だけど他人(ひと)の言葉なんかで、この憧れは止められないんだ。


 だから……だからボクは、この御前試合に参加する。

 リチアさんが少しでもボクを見てくれるようになってほしいから、今のボクを全部見せたいと思う。

 幸い第1試合からいきなりリチアさんに当たったし、ボクはここで全力を出し尽くすことにした。




「はあっ、はあっ」


 呼吸が苦しい。

 試合が始まってから、まだ数分くらいしか経っていないのかもしれないけど、それがボクにはとても長く感じた。

 ボクがいくら剣を打ち込んでも、リチアさんには全く通じない。


 それでもボクは、剣を打ち込む。

 何度も、何度も……。

 だけどリチアさんの余裕の態度を、崩すことができなかった。


「ああ……っ、キャスカ、がんばれーっ!!」


 ……お姉ちゃんうるさい。


「リチアさんは、実戦で剣術の指南をしているつもりなのでしょうね。

 それくらい実力差があります。

 だからこそ彼女から学ぶところは、沢山あると思いますがね」


 院長の解説が聞こえてきた。

 たぶんその通りなんだろう。

 遠い……遠いなぁ。


 でも遠い目標だからこそ、ボクはまだまだ追いかけることができる。

 終わりが無いからこそ、ボクとリチアさんの繋がりは消えない。

 それが嬉しい。


 だけど追いつけないまま、終わるつもりはないんだよ!

 以前リチアさんは言っていた。


「私の真似をしているばかりじゃ、私には届かないよ」


 と──。

 確かにボクはリチアさんにはなれないから、どんなに真似をしても本人以上に彼女の技を使いこなすことはできないだろう。

 それならばボクは、自分に何ができるのか──それを必死で考えた。


 今ボクにできるのは、リチアさんの不意を突くこと──それが限界だろう。

 ボクが振る剣は、リチアさんから見れば遅い。

 そもそも子供のボクには、剣はまだ重いのだから、それが当然なんだ。


 だからボクは、振り下ろす剣を途中で手放した。

 それがリチアさんに向かって、飛んでいく。


「!!」


 リチアさんもこれは予想外だったらしく、少し慌てたように回避する。

 隙ができた──と、ボクは感じた。

 ボクは右の(こぶし)を握り込み、リチアさんのお腹に目掛けて突き入れる。

 剣の重さが無い分、スピードは上がっていると思う。


「くっ……!」


 だけどボクの拳は、リチアさんの脇腹をかすめただけだ。

 そしてリチアさんの剣は、ボクの首筋に当てられていた。


「私が介入するまでもなく、寸止めされていますね。

 リチアさんが止めなければ、ここで勝負は決まっていました」


「……ボクの負けです」


 院長が勝敗を告げる前に、ボクから敗北を認めた。

 どのみちこれ以上は、ボクに戦う(すべ)は残っていない。


「最後の攻撃は良かったよ。

 君には剣だけではなく、格闘家……という道もあるんじゃないかな?」

 

「リチアさん……!」


 ボクの目から涙が溢れ出す。

 リチアさんに褒められた嬉しさと、結局は少しも手が届かなかった悔しさで、その涙は止めることができなかった。


「頑張ったね」


 リチアさんは、ボクのことを抱きしめてくれた。

 ああ……優しいなぁ……。


「くぉらーっ、リチアーっ!!

 私の妹に何しているんだーっ!?」


「リチアさんには、子供との過度の接触を禁止する取り決めがなされているはずです。

 これは減給処分ですね」


 ……お姉ちゃん、うるさい。

 あと、院長まで何を言っているのだろうか……?


 なんだかよく分からなかったけど、今はこの幸せを噛み締めよう。

 シシルナさん、リチアの本性を知って、打ちのめされた過去があるようです。もしかしたら付き合っていた時期があったのかも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  変態とはいうが、特殊性癖の持ち主ってだけで危険人物って訳でもないんだからそこまで冷遇しなくても……無理か。
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! リチアさん、皆に慕われるヒーローですね!変態なのにw しかし、特殊の趣味だからといって悪い訳じゃないですから、幻滅したり嫌いに成ったりする必要は無いだと思い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ