47 学院視察
ブックマーク・☆での評価・感想をありがとうございました!
クラリスが泊まりに来た日から、10日ほどが経った。
この日は学院に、その王女が視察しにくることになっている。
これはお忍びではなく、公式の訪問だ。
その事実は、色々な意味を持つことになる。
王女が孤児院や学校に強い関心を持っているということが周知されれば、行政の方でもこの方面に力を入れやすくなるし、王女が訪問した学院ともなれば箔がつき、寄付金なども増えることだろう。
更に裏社会に対しては、私とクラリスの強い結びつきを示すことにもなる。
この学院に手を出すことは私だけではなく、次期女王を敵に回すことになりかねないという、警告となるはずだ。
ともかく公式訪問なので、私とクラリスは城から馬車に乗り、学院まで移動する。
転移魔法が使える私としては無駄に感じるし、馬車の乗り心地も悪いけど仕方がない。
というか、今朝までクラリスは、学院の敷地内の私の家にいたんだけど……。
ホント、無駄だ。
なお護衛は私がいれば必要ないのだが、王女に全く護衛がつかないのもおかしいので、馬車の御者役に騎士が2人だけ随行している。
私達は馬車の乗り心地に辟易しつつ、サスペンションの開発と、コンクリートによる舗装道路の普及を急がなければなぁ……とか、アスファルトは石油が採掘できるようにならないと難しい……とか、そんなことを話し合っていた。
その話が終わる頃には、学院に到着した。
学院は王都の郊外に近い場所にあり、地価も安かった為、かなり広い敷地を利用している。
校舎や寮だけではなく、体育館やグラウンドもある。
晴れた日ならば、グラウンドでは子供達が走り回っているのだが、さすがに王女が視察に来るということで、疎らにしか人影は見当たらない。
それは後ほどここでイベントが催されるので、その準備をしている人員だ。
クラリスの到着に気付いて、皆が一斉に頭を下げる。
「そんなに畏まらなくてもいいわよ。
さあ、普段の学院の様子を、見せてもらおうかしら!」
「はい、午前中は通常と同じ時間割にて、授業をするように通達しております。
院内は学院長である私が、ご案内いたします」
そんな私の言葉に、事情をよく知らない下級騎士でしかない護衛の2人は、怪訝そうな表情をしていた。
そもそも、何故孤児院なんか視察しなければならないのか──と、面倒臭そうな態度が滲み出ている。
つまり孤児のことには何も興味が無いのだ。
だが彼らの顔は、立派な校舎の内部を見た時点で驚きに変わった。
ただの孤児院にしては、いやに豪華なのではないか──と、認識が変わったことだろう。
更に子供達が受けている授業の内容を見て、彼らは衝撃を受ける。
ぶっちゃけ彼らよりも高度な教育を、孤児達が受けていたからだ。
「あら、ここはこの前アリゼに習ったところね?」
「!?」
そんなクラリスの言葉に、護衛達は驚愕の表情となる。
当初は全然駄目だったクラリスの勉強も、私とマンツーマンで受けた授業によって、かなり進展した。
今では小さな子供向けの授業内容は追い越している。
勿論、小さな子供向けとは言っても学院内の基準にすぎず、実際には大人でも同レベルの教養を身につけいる者は少ないだろう。
つまり今のクラリスは、一般人以上の教養を既に身につけており、もう能力的には社会に出しても恥ずかしくない状態になっている。
まあ、人格はまだまだ未熟な部分もあるが、かつて誰からも期待されていなかった引きこもり姫の姿はもうどこにもない。
更に護衛達を驚かせたのは、昼食として出された給食の質の高さだ。
彼らにとってその味は、ご馳走と言えるレベルだったのではなかろうか。
それを孤児が日頃から食べているのだから、自分達が普段食べている物は何なのか……と、理不尽なものを感じているのかもしれない。
「ふふん、凄いでしょう?
私はこの学院と同じ生活レベルを、国全体に広めたいと思っているわ」
「そ、それは素晴らしいことです……」
クラリスの言葉に、護衛達はそう答えるしかなかった。
ただ、本音では反発心があるのも、オーラの色から分かる。
片方はそうでもないが、もう片方は敵意にも近いレベルだ。
まあ、そりゃそうだろう。
庶民の生活が向上すれば、彼らのような特権階級の立場が弱まるのだから。
私の前世の知識を利用した技術は、庶民層から広めていくつもりだが、それがこの国での最先端となるはずだ。
そうなればいくら高い地位や経済力があったとしも、庶民以上の生活を手に入れることは難しくなるし、ましてや技術の独占は不可能である。
結果的に身分制度は、形骸化していくかもしれない。
勿論それには長い時間がかかるだろうし、反発や争いも皆無ではないだろうけれど……。
いずれにしても、護衛達の反応は予想通りだ。
特に片割れの方の強い反発心は、都合がいい。
彼だけは、我々に敵対する立場に立ってくれなければ、私が困る。
だが、全ては視察の後の話だ。
これからまだ、本番となるイベントが残っている。
そこで彼らは、自らが持つ常識が、根底から破壊されることになるだろう。
「さあ、午後からは、子供や教員による御前試合です」
天下一武●会展開である。
「本日はクラリス王女殿下の歓迎の為に、トーナメント制の御前試合を開催いたします。
武器は自由、魔法もありで、まさに学院の最強を決めるものとなります。
まあ……不参加の院長を除いて……ということになりますので、皆さんご安心ください。
なお、司会は副院長の私シシルナが、務めさせていただきます」
お久しぶりのシシルナちゃんである。
彼女もこの私の身体とほぼ同い年の18才になるが、まだ幼いと言えば幼い。
だけど事務能力が高く、今や院長の仕事の大部分を彼女に任せている。
勿論、他の職員に助けられている部分も多いが、頼もしい限りだ。
「それではまず、開会の挨拶を。
院長、お願いします」
整列する子供達の前に設置された台の上に、私は上がった。
そんな私の姿を見た子供達の間から、囁き声が聞こえる。
「なんでメイド服?」
「趣味かな?」
仕事着です。
まあ、この服装は気に入っているが。
「みなさん、ごきげんよう」
そんな私の声に、子供達の間からも「ごきげんよう」と返事が返ってくる。
「そしてクラリス王女殿下のご訪問を、心から歓迎いたします」
私がクラリスの方を向いて礼をすると、簡易的に設置した貴賓席に座っていたクラリスも立ち上がり、右手を挙げて応じた。
「本日の試合は、希望者のみの参加ではありますが、この学院で学んだことの結果が見えてくるものです。
参加していない者達でも、修練次第ではこれだけのことができるようになるのだということを、実感することができるでしょう。
これを今後の学びの糧としてもらいたい。
なお成績優秀者には、ご褒美として私が可能な範囲でお願いを聞いてあげたいと思います」
私の発言を受けて、子供達の間から「えーっ!?」という声が上がった。
成績優秀者に対するご褒美については今初めて発表したので、まさに「聞いてないよー!?」ってことなのだろう。
そして「それなら参加すれば良かった……」という声が聞こえてくる。
あと、「毛繕いのフルコースをお願いしたのに……」と欲望を垂れ流した声も。
はっはっは、こういうご褒美は、積極的に行動した者にだけ与えられる特権なのだよ。
そして参加が決まっている者達は、モチベーションを上げている様子だった。
「毛繕い……」
カーシャが呟いていたが、それでいいの……?
でも拳を握って、闘志を新たにしているようである。
これは熱いバトルが期待できそうだな。




