44 王女様の訪問
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「それで……アリゼは、いつからこの部屋に住むのかしら?」
クラリスからの、同棲のお誘いである。
しかし──、
「いえ、折角作った家を無駄にするのは勿体ないので、ここには住みませんが……」
「あなたのことを受け入れてあげたのに、私の方が拒絶された!?」
愕然とするクラリス。
だが、拒絶ではないから心配するな。
「姫様の気持ちは本当に嬉しいんですよ?
でも、ここだと色々と不便なもので……」
……嬉しいが、それとこれとは話が別だ。
だってこの王女の部屋よりも、私が前世の知識を活用して作った家の方が、居住環境がいいんだもの。
あと、レイチェルの他にもメイドのケシィーも住んでいるので、彼女を放っておく訳にもいかないし。
私に忠誠を誓っている彼女は、絶対についてこようとするはずだ。
さすがに王女の部屋に侍女の私はともかく、正体不明の子供や獣人メイドが入り込んでいるのは駄目だろう。
誰かに目撃されたら、確実に問題になる。
だからといって、見つからないように身をひそめて生活するのは息苦しい。
だから──、
「ですから、我が家に姫様が泊まりにくれば、よろしいのではないでしょうか?
今までも毎日のように城から抜け出しても、気付かれていませんでしたし」
「それだわ!」
そんな訳で、クラリスが我が家に泊まりに来ることになった。
それから夕方までは、クラリスの部屋で普通に過ごした。
今日のクラリスは初潮の影響で体調が万全ではないので、ダンジョンでの訓練は無しにして、彼女の体調を見ながらの授業を行う。
その内容は、保健体育が主だった。
クラリスさん、またオーラがピンク色になっていますよ?
まったく……新しく手に入れた性知識で、何を妄想したのやら。
そして夕方になり、私の業務が終わって帰る時間になると、いつも通り幻術でクラリスのダミーを作って部屋に置き、本人は私と一緒に転移する。
「あら、綺麗な家ね。
大きさは、うちの城ほどではないけど」
そりゃ、城と比べればそうだ。
でも私とレイチェルとケシィーの3人で暮らすには、大きすぎるくらいだと思う。
たぶん日本の住宅事情から比べれば、豪邸の部類に入るだろう。
「まあ……まだ建ててから3年ほどしか経っていませんしね。
それに浄化の魔法は、定期的にかけています」
「というか……デザインがあまり見たことがない感じなんだけど?」
「私が設計しました。
隣の学院の校舎や寮もそうですよ」
「アリゼが!?
本当になんでもできるのねぇ……。
ああ……確かに、こっちの建物も素敵だわ」
うむ、クラリスにも好評のようだな。
このタイプの建築物件は今後売り出していく計画なので、早くも成功の手応えを感じる。
ちなみに1階は段差が無い、バリアフリー設計だ。
さすがにエレベーターはまだ実用化していないので、2階には階段を使う必要があるけどね。
「学院は後日、視察していただきたいと思います。
カーシャにも会えますよ」
貧民街でクラリスを助けたトカゲ型獣人の女の子・カーシャは、身分違いながらもクラリスにとっては友と呼べる存在である。
そのカーシャと会えると聞いて、クラリスは顔を輝かせた。
「カーシャ!
元気にしているの、あの子?」
「ええ、冒険者か騎士になりたい……と、剣の練習をしていますね」
「へ~、あの子も頑張っているのね」
そんな話をしていると、玄関のドアが開いた。
ケシィーが出迎えに出てきたようだ。
彼女は犬型獣人だから、臭いで家に近づく者を察知することができるらしく、番犬ならぬ番メイドの役割も果たしている。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「はい、ただいまです」
「メイドがメイドを出迎えている……」
その光景が珍しいのか、クラリスは半笑いの表情になっていた。
それに気付いたケシィーは、彼女に対して頭を下げる。
「いらっしゃいませ、クラリス王女殿下。
私は当家のメイドをしております、ケシィーと申します。
以後お見知りおきを……」
「あら、私のことを知っているのね?」
「ご主人様から、よくお話は伺っております。
さ、立ち話もなんですから、家の中へどうぞ」
ケシィーの案内で玄関へと向かう。
その途中、クラリスは小声で質問をしてきた。
「ご主人様……って、まさか奴隷ではないわよね?」
やっぱり誤解されやすいよなぁ。
ちなうんですちなうんです、ケシィーが主従関係にこだわっているだけなんです。
「彼女は私に忠誠を誓っているので、自主的にそう呼んでいるだけです。
姫様も私のことを、そう呼んでもいいのですよ?」
「なんでよっ!?
いえ……あなたの方が上なのは認めるけど……。
……案外悪くないのかしら?」
何故、冗談を真に受けるんです?
まんざらでもなさそうなあたり、支配されたい願望でもあるのだろうか。
まあそういうプレイは、もっと関係を深めてからね。
そして玄関へ入ると、我が家特有の決まりごとがある。
「どうぞ靴を脱いで、スリッパに履き替えてください。
土足は厳禁となっております」
「へ? そうなの?
変なの……」
クラリスはそう言うが、元日本人の感覚としては、靴に土などの汚れをつけた状態で室内に入るのは、不衛生に感じて看過できないのだ。
それからリビングへ向かうと、そこにはレイチェルがいた。
いつもなら「ママー!」と飛びついてくるのだが、今日は初めて見る来客を警戒しているのか、なんだか大人しい。
「レイチェル、お客様ですよ。
挨拶なさい」
「あ、今晩は、レイチェルなのです」
「クラリスよ。
私のことは、お母様と呼んでもいいわよ?
アリゼの娘なら、私の娘も同然だわ!」
「…………」
レイチェル、助けを求めるような目で、こちらを見られても困る。
クラリスも将来的にはそうなるかもしれないとしても、まだ気が早いぞ。