35 戦利品
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今回は軽くグロ描写があります。
返事が無い。
ただのカピバラの屍のようだ。
「…………」
クラリスは何か浮かない顔で、カピバラの死体を見つめていた。
私が「乗っ取り」の発動圏内で魔物を倒す時は、常にその身体がほぼ消滅に近い状態になっているので、彼女にとっては見慣れないものなのだろう。
しかも自分自身が奪った命なのだから、何か思うとところがあるのかもしれない。
「初勝利の喜びは、ありませんか?」
「……それよりも、初めて生き物を殺しちゃった実感の方が強くて、気持ち悪いわ……」
「その気持ちは大切にしてくださいね。
女王になれば嫌でも誰かの命を奪う決断を迫られることが、幾度となくあると思います。
だけどそれに慣れてしまい、安易にその選択を選ぶようになれば、それもまた国民にとっての不幸に繋がりますから」
「そうね……」
クラリスは頷く。
これは私自身に対する自戒でもある。
私は悪人には──特に子供を傷つける相手には容赦しないつもりだが、それでも奪う命は最小限にしたいと思っている。
私の能力は簡単に国すらも滅ぼせるもので、だからこそ使用には一定の縛りが必要だ。
まあ、他人から見れば好き放題しているように見えるかもしれないが、これでも気をつけてはいるんだよ?
それはともかくとして、折角カピバラの死体が残っているので、これを無駄にする訳にはいかない。
「それでは姫様、魔物の死体を有効活用しましょう」
「え……?」
クラリスは何かを察して、その顔に不安の色を滲ませた。
「自らが奪った命に、責任を持つということですよ。
ただ殺す為だけに殺して、その死体を打ち捨てて無駄にするのは、その命に対する冒涜とも言えるでしょう。
まるで殺される為だけに生きてきたかのような、無価値な存在へと成り下がってしまいます。
だからせめて死体を有効活用して、その死に意味を与えてあげるのです」
私も死体が残った魔物なら、空間収納に保存して、後で売ったり炊き出しの食材にしたりしている。
まあ「乗っ取り」の縛りがあるので、どうしても使い物にならないほど破壊してしまうことも多いけど……。
「……あなたの言いたいことは、なんとなく分かるわ。
でも私にどうしろって言うのよ……?」
「この魔物なら、毛皮と肉は売り物になりますね」
「え……まさか……」
「解体に挑戦してみましょう」
「いやいやいや、無理無理無理っ!!」
クラリスが凄い速さで後退る。
死体に触るのは、誰だって嫌だよね。
「だけどこのままだと、この魔物達の死は無意味になりますよ。
いえ、姫様の経験値にはなっていますけどね?」
「ぐ……」
「それにこういう解体の仕事をしている国民も、少なくはないのですよ?
王女として国民の生活を知っておくのも、悪くないと思います。
苦労の割にはあまりお金にならなくて、庶民の生活の大変さが分かるでしょう」
「ぐうぅ……」
クラリスが迷っている。
彼女も庶民の生活を持ち出されると、どうにも弱いようだ。
王族としての責任感がついてきたなぁ。
「頑張ってみましょうよ、ね?」
と、私はクラリスに解体用のナイフを手渡した。
「え……ええぇ……」
クラリスは嫌そうな顔をしつつ、震える手の中のナイフを暫し凝視していた。
次にカピバラの方へと視線を移し、またもやそれを凝視する。
そしてやがて──、
「ど……どうすればいいの?」
意を決した表情で、クラリスは私の方を見た。
そのチャレンジ精神は素晴らしい。
「まずは鮮度を保つ為に、血抜きをしましょう。
私が逆さに持ち上げますので、姫様は首の動脈を切ってください」
私は比較的損傷の少ないカピバラの死体を持ち上げる。
損傷が酷いのは、クラリスが近づくだけでも嫌そうなので……。
「……ここ?
ここでいいの?」
「はい、そこをプスッと刺します」
「ひいっ、変な感触が手に伝わってくる!?
って、血がぁ、血がぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
溢れ出る血を見て、クラリスが半狂乱になっている。
実際には彼女自身が撃ち込んだ風の魔法によって生じた傷から、既に結構な量の出血があったので、頸動脈からの出血はそれほどではないのだけどね。
本当は心臓がまだ動いている内にやった方が出血の勢いはあるし、そっちの方が効率はいい。
「血抜きが終わったら、腐りやすい内臓を取り出しましょう。
肛門の手前から下腹部にそって喉まで、内臓を傷つけないように加減しつつ刃を入れます」
「きゃああああぁぁぁぁぁ!?
なんか長いのが出てきたぁぁぁぁぁぁっ!?」
クラリスの悲鳴をBGMに、グロい場面が続く。
お姫様育ちには、なかなかのショッキング映像だろうな……。
だが──、
「頑張ってください、姫様。
孤児の中には、こういうのを生で食べなければならないほど、飢えで追い込まれている子もいました。
それから比べれば、解体するだけなら大したことありませんよ」
「分かっているわよっ!!
次はっ!?」
そしてクラリスは挫けることなく、半泣きになりながらも解体をやり遂げた。
やはり精神的に強いな、この娘は。
「暫く……お肉は食べられないかも……」
まあ、食べさせるんですけどね。
好き嫌いは許しません。
ちなみに肉を生で食べていたというのは、私が乗っ取る前のアリゼの実体験だ。
飢えでどうしようもなくなったので、貧民街で異常繁殖していたネズミを捕まえて、そのままかぶりついていた。
当然、後で腹を壊して生命を縮めていたが……。
それでも、質の悪い伝染病にかからなかっただけ、運が良かったのだろうな……。
そうなっていたら、私と出会う前にこの世から去っていただろうし、結果的にレイチェルが生まれる機会も無かったかもしれない。
ともかく、今日は頑張ったクラリスの為に、何かご褒美を考えてもいいのかもしれない。
さて……何にしようかな?
次回は温泉回の予定。